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第三章⑨ 皇帝の顔、父の顔

 セレスティアとエロス六世が帰り、押し潰されそうな沈黙に包まれた謁見の間。

 二人がいなくなってどれくらい経っただろうか……、しばらくしてから俺は後ろに控えていた側近に問いかけた。


「……セレスたちは、帰ったか?」

「はい。帝都から出て行ったのを確認しています。……なので、」


 俺は顔を上げて、涙で視界を歪めながら吼えた。



「うわあぁあああああん! やだやだセレスが結婚するなんてやぁだぁあああああああああああああああああっ!!」



 俺が駄々をこねていると、呆れた様子で側近のアグミオンが首を振った。


「でしたらせめてカッコ付けずに、もっとご息女とお話になられたらよろしいのに……。少なくともあちらは残念がっておりましたよ?」

「だってだって……あんなんもう惚気じゃん……! なんだってセレスを持ってく憎い野郎の惚気を聞かなきゃならないんだよおおおおおおっ!」

「持っていくって……。貴方がセレスティア王女を王国に送ったんでしょう?」

「だってだってぇ……! 長女はとっくに嫁いじまったし、三女は戦いにしか興味がなくて、四女はさすがに早すぎるしで、適当なのが次女のセレスしかいなかったんだもん!!」

「はいはい分かりましたから『だって』とか『だもん』とか『やだ』とか言うのやめてください。さすがに仕えるべき主の口からそんな台詞が出たら、今度は私自身が己が身を振り返ってしまいます……」


 皇帝にあるまじき醜態を晒しているという自覚は大いにある。しかし幸いにもこの部屋には俺とアグミオンの二人しかいないし、何よりこの場で発散させておかないと今後に支障が出かねない。

 懐から一枚の写真を取り出す。そこにはまだ六歳の頃のセレスが無邪気に笑っている姿が映し出されていた。はあ……セレスってマジエンジェル。


 俺は父としては落第点だったかもしれない。政務ばかりにかまけて家族のために時間を費やしてやれなかった。王族として恥ずかしくないよう育てるため、心を鬼にして厳しく接し続けた。その度に夜な夜な枕に顔を埋めて「ごめんよ」と懺悔したものだ。

 アグミオンは何度か頷きながら、


「それでもきちんと『結婚おめでとう』と言えたではありませんか。第二王女もお喜びになられていましたよ?」

「娘の結婚を喜ばない父がどこにいる。……けどさあ、何でよりにもよってあのうつけ王なんだよ! 内心『エロス王の変態性に嫌気が差して、帝国に帰ってきてくれるかも』と期待してたのにぃっ!」

「喜んでないじゃないですか……」

「うぅううぅぅうううう……!」


 引っ込みかけた涙がまたもや滲み出てくる。あ、やべ……また号泣しそう。


 あんな野郎にセレスはもったいない。

 もっと真摯で、真っ当にセレスを愛してくれる相手が他にもいるはずだ。


 ――しかし、セレスのあんな朗らかな表情、俺は久しく見てこなかった。それを引き出すことができたのは、エロス六世の影響もあるのだろう。

 ああ、くそ。相応しくない。もったいない。そう思っているのに……あの男を認めている自分がいる。本当に忌々しい。


「アグミオン」


 俺は玉座に座り直して言う。


「はい」

「至急征エロ論派の連中を割り出して、首謀者たちを俺の前へと連れてこい。己が益のために王族に手を出したことの重さ、その身を以て手ずから教えてやる」

「直ちに」


 アグミオンが早足で謁見の間を後にした。不穏分子のあぶり出しなど三日もあれば終わることだろう。おおよその目星は付けているしな。今まで害がなかったから見逃してやってが……。

 恐らくエロス六世も同様だろうが……王様というのは身内に甘いが、一度敵と見定めた奴らにはとことん冷酷だということを、思い出させてやる必要があるみたいだ。


 再度セレスの顔を脳裏に思い浮かべる。涙は出てこなくなっていた。



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