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第三章⑥ 王様同士の邂逅


 ――王国から馬車に乗っておよそ二日後、私は久しぶりに帝国の地を踏みしめていた。


「どうしてこうなった……?」


 いやもう、ほんとに何でか分からない。道中エロス王に何度も尋ねたけど、笑うだけで答えてくれなかった。持ち前の強引さがいつも以上に拍車をかけている印象だ。

 突飛な行動のようできちんとアポイントは取っていたらしく、第二王女の私と共にいるという事情もあってすいすい宮殿内へと入ることができた。


 帝国の威光を示すような大宮殿は堅牢で、荘厳で、圧倒的である。初めて潜る者は皆背筋が伸び、皇帝と謁見しようものなら緊張のあまり倒れた者までいる始末だ。皇帝も宮殿に負けないほど、堂々とした覇気と圧力を兼ね備えてい

 魂をヤスリで削られるような雰囲気にもかかわらず、エロス王はいつもと変わらない飄々とした態度のまま、スゴイデス八世と相対していた。


「――――して、今日は何用であるか?」


 皇帝――父が相変わらず低く威厳のある声で問いかけた。


 父は私たち子どもに対しても基本厳しく、そもそも日常的に顔を合わせることもできていない。実子である私でさえ父を前にして緊張することがあるくらいだ。現にエロス王の傍らに立つ私に父は一瞥しただけに留めている。

 謁見の間には護衛の兵が十人ほど揃い、父の機嫌を損ねれば即討たれてしまう状況下。対してエロス王は護衛として連れてきたツバキさんを城門に停めた馬車にて待たせている。


 そう――もし父が今なお征エロ論派であれば、この機に討ち取ろうと決断されても何ら不思議のない状況なのだ。

 それを誰より理解しているはずのエロス王は余裕のある態度を崩さない。彼は柔和な笑みを浮かべながら口を開く。


「スゴイデス王よ、こうして再び御目通りが叶ったこと、大変光栄なことと存じ上げます」


 再び……ってことは、エロス王は以前に父と会ったことがあるってこと……?

 父もその言葉に対し僅かに頷いた。


「我がエロイッサム王国へと足を運んだとき、貴殿は確か四つであったか。よく覚えていたものだ」

「忘れられるはずがありますまい。実を申しますと、あのときの威厳ある立ち振る舞いを心の師としていたのです。もっとも未だこの齢になっても追いつけませなんだが」


 同等の身分同士ということもあって思いのほか和やかな雰囲気である。ともあれ理不尽に殺されることはなさそうだ。

 しかし今のはあくまで社交辞令。ジャブのようなもの。本題を切り出した際にどうなるかまでは分からない。


 いくつか言葉を交わし場を温めたところで、いよいよエロス王が訪問の主旨へと入った。


「――今日の謁見、実はスゴイデス王への挨拶にとお伺いした次第であります」


 ぴくり、と父が眉根を寄せた。


「挨拶、だと……? 話が見えんな。ただの挨拶のタイミングにしては不自然すぎる。となれば宣戦布告に近いそれと捉えてしまうが」

「あるいは、それに相違なく」


 ちょっとぉっ!? 宣戦布告ってなんで喧嘩売りに来てんのよーっ! 

 いきなり剣呑な雰囲気へと早変わりし、壁際に立つ兵士たちが臨戦態勢を取る。逸る彼らを父が片手で制して、エロス王に話の続きを促す。


 エロス王が心を落ち着かせる風に大きく息を吸った。図太いこの人でも緊張することがあるんだ、と場違いながら感心する。

 謁見の間が静寂に包まれる。それは嵐の前触れとも言うべき緊迫感を備えていた。


 エロス王は父の目をしっかりと見据えて、帝国全土に轟かせるような大声で言った。




「――――娘さんをっ! 私にくださいっっっ!!」




 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい???


 恐らくエロス王を除いたこの場にいる全員が同じ思いだったように感じる。

 滅多に表情を崩さないあの父ですら、瞬きの回数がやたらと増えている。

 全員が思考麻痺しているのを良いことに、エロス王がさらに言葉を重ねていく。


「王国には結婚する前に互いの親元を訪ねる風習がありまして、それを王がないがしろにするわけにもいきません。今日までご挨拶が遅れてしまい誠に失礼致しました」

「え……あの、ちょっ」


 予想だにしなかった展開を前に言葉の出ない私の右手を、彼はぎゅっと握り締める。


「このように! 私たちは仲を深めることができました。それもスゴイデス王……いえ、この場ではお義父さまと言わせていただきますが、お義父さまの気遣いがあってこそ。是非とも近いうちに執り行う結婚式に参列していただきたく此度は参上しました」


 まったくもって出任せである。愛し合ってもいないし、結婚式を執り行うなんて話訊いたこともない。いや、いずれは父の意向通り結婚しなければならないとしても、だ。あまりに性急すぎる。

 けれどここでエロス王の嘘を追及してしまえば、それはそれで面倒な問題に陥るのは明白だ。


 ――何よりこれは、私を守る一手であると分かってしまったから。


 私の読み通り、エロス王はトーンダウンして「ただ、」と話を繋げる。


「古今東西、美女の結婚には障害が付きものでして……セレスティア王女もその例に漏れず。私たちの仲を引き裂こうと先日何者かから暗殺者が差し向けられたのです」

「……その件であれば既に報告は受けてある。どうやらそこな娘の関与が疑われたようだが。即ち貴殿は我が帝国がそのような暴挙に出た、と睨んでおるのだな?」

「さすがは皇帝陛下。お言葉通りでございます」


 言葉を濁すことなく正直に答えるエロス王。どこに父の地雷が潜んでいるか分からないから、微妙な発言が来るたびにひやっとするな……。

 彼は不敵に笑い、


「王女に害が及ぶのはお義父さまにとっても本意でないはず。これを機に帝国内にある不穏分子を摘発していただきたいのです。我が国単独では主犯に辿り着けずとも、グレイト帝国の力添えがあればたとえ相手が雲や霞であれど掴めましょう」


 つまり私との結婚話はあくまで理由付けに過ぎず、本命は今後二度と刺客が送り込まれないよう帝国に要求することなのだ。彼が私との結婚に本気でないことに、喜んでいいのか憤慨すればいいのか、複雑な思いを抱える。

 父は少しの間悩むような時間を置いたのち、不意に玉座から腰を持ち上げた。


「……一つ、解せんことがある」


 それはあたかも威嚇するようで……。刹那、私の脳裏にエロス王の首が落とされるイメージが過ぎった。

 間違いない。選択を誤ればエロス王はここで殺される。


「帝国内に征エロ論をしきりに唱える輩がいるのは承知している。……しかし、我もその一員ではないと、どうして断言できる? そして我が征エロ論派であれば今この瞬間ほど、貴殿の首を落とすのに相応しいものはなかろう」


 そうだ、結局のところ私にも父の腹の内は分かっていない。私を王国に送り込んだのだって、もしかしたら関係強化とは別の狙いがあったかもしれないのだ。


 エロイッサム王国には有能な人物が多数存在している。

『竜殺し』ペレネ=ブリュンヒルド。【火】の軍団長ジークブレード。ツバキさんを始めとする大陸一の忍び部隊など、彼ら彼女らは決して帝国の将軍たちに勝るとも劣らない。


 ――そんな彼女たちをまとめ上げるのがエロス六世という人物なのだ。彼こそ王国にとって欠かせない軸であり、万が一失えばたちまち王国は瓦解するだろう。それが私の見てきたエロイッサム王国である。

 たとえ開戦状態になろうとも、この場でエロス王さえ屠ることができれば征服など容易にできるはずだ。父が王国征服の野望を内に抱えているのなら、今を逃すはずがない。


 かくなる上は、父の意向に逆らいこの身が散ろうとも彼の命だけは守らないと……。

 私が父に物申そうと一歩前に踏み出そうとするのを、エロス王は私の手を引いてぐっと押し留めた。そして代わりに彼自身が前へと出る。


 彼と知り合ってから見飽きた、見る者の感情を明るくする笑顔を湛えながら。


「はは、それは考慮に値せぬ可能性ですな」


 絶体絶命かもしれぬ窮地であっても、彼の在り方は少しも曇らなかった。

 何故だ、と父が至極当たり前に問う。エロス王はきょとん、とした顔になって、



「――――先日の件、皇帝陛下が主導していれば未遂は既遂となり、こうして御目通りできているはずがありませんから」



 お世辞ではなく本心から口にしているのだと、隣にいる私にも何となく伝わってきた。

 改めて考えてみるとその通り、父が念入りに暗殺計画を練っていたのなら、失敗に終わることなどほとんどないだろう。失敗するのならそもそも実行しないのが父だ。



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