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章間② カッフーン症


「――――つきましては、今後街道警備により人員割かなければならないとのことです。次に農業団体から……」


 エロイッサム城の大会議室にて。

 定期的に行われているこの会議には、エロス王や文官の他にも騎士団長のペレネやメイド長らも参加しており、合わせて十二名が集まっている。


 会議の内容は予算案の修正、兵士の運用など多岐に渡る。私も騎士団長としてこの会議に参加することになったが、口を挟むことはなかなかできない。兵のことならまだしも、政治的な話はちんぷんかんぷんだ。

 それにしても今日の出席者の集中がどこか散漫している。落ち着かない風に、互いの顔を見合わせたりしている。理由は私にも想像が付く。いつもなら話題を脱線させるエロス王が、今日に限ってはやけに神妙そうな顔をして沈黙を貫いているのだ。


 私は隣に座るマケオン法務大臣に小声で話しかける。


「どうしたんでしょうか、今日のエロス王。いつになく静かですが……」

「私も長いこと仕えていますが、このような王の姿を見るのは初めてです。よほどの事情を抱えていると見るべきでしょうな」


 こくり、と頷く。確かにこれはただならぬ予感がする……。

 それでもエロス王は必要最低限の発言しかしないまま、会議もいよいよ終わりに差し掛かってきた。


 議長を務めていたマケオン殿がお開きにしようと立ち上がったのを、エロス王が片手で制し逆に腰を持ち上げた。


「……最後に一つ、伐採事業についてなんだが」

「その事業に関しては、特に話し合うほどの問題もなかったはずですが……」

「否だ。諸君らに覚えはないかもしれんが、もうじきカッフーン症の時期に入るだろう?」


 カッフーン症とは、杉や檜といった植物から発生する花粉によって鼻水、くしゃみなどの症状が引き起こす病気のことである。カッフーン症にかかる者とかからない者がいて、私は後者に当たる。

 だが騎士団の中にもカッフーン症の団員がおり、重篤な者だと訓練に著しい悪影響を及ぼしている。


「私は別にカッフーン症ではないが、それにより苦しむ民がいるのもまた事実。決して対岸の火事ではないのだよ。国民の労働効率にも影響が出ている。国を挙げての対策が求められるだろう」

「おお……」


 誰かが感嘆の息を漏らす。今日は何故だか終始真面目なエロス王はなかなかにレアだ。昔から王の相手をしてきたマケオン殿なんて、感無量といった具合に涙ぐんでいる。

 エロス王はさらに続けて、


「故にその対応策として、花粉を撒き散らす植物を全て伐採してしまおうと思う」

「い、いくらなんでもそれは不可能では? 確かに花粉は害悪ですが、それらを伐採することで生計を立てる者も数多くいます。彼らへの補償はどうなされるおつもりですか?」

「土木作業や道路工事は人手が足りていない。そちらに割り振ればいいだろう。あるいは花粉の出ない植物を植えればよい」

「だとしても相当な反発が予想されます! そもそも杉は生えやすく、木材にするのに適した植物です。他の植物では補うことは難しいかと。お考え直しください、エロス王」


 文官たちが懸命に食い下がる。私はそういった分野に明るくないから、一概にどうとは言えないが、確かにエロス王の意見は些か強引過ぎるように思う。

 王自身もそう感じたのか、椅子に腰を落ち着けて冷静さを取り戻そうとする。


「……ときに、花粉とはいったいどのようなものか理解しているか?」

「は……? ええと、受粉の為におしべがめしべに飛ばすのが、花粉ですよね?」


 そうだ、とエロス王が頷く。


「先日私は市井を歩いたのだが、国民の中には既にカッフーン症に苦しむ者たちがいた。中には女学生の姿もあった。それを見て思ったのだよ」


 あっ。話が段々嫌な方に向かっている気がしてきた。

 文官たちも薄々察し始めている。マケオン殿の涙もいつの間にか引っ込み、代わりにあきれ顔を浮かべている。

 そんなことは気にも留めず、我が王の弁舌は熱を帯びていく。



「なんとけしからん! おしべが受粉……受精のために粉を出すとか、もう卑猥過ぎるだろっ! それを道行く女学生たちにぶっかけるだと!? 俺でも躊躇われる行為を奴らはいとも簡単に犯しやがる! これは国民の貞操の危機だっ! 一刻も早く花粉を根絶やしにするのだ――――!」



 今日は真面目だと思ったんだけどなぁ……。やっぱり珍しいことはそう起きないということか。

 何というか、うん。王国は今日も平和でした。



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