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第二章⑧ 強襲(後)

 男はティーセットを扱うよりもよほど慣れた手付きで懐からナイフを取り出し、躊躇なく俺の首元に突き立ててくる。


 ――――しかし甘い。これなら毒なんぞ盛らずに最初から奇襲を仕掛けた方が効果的だったろうに。出会ってすぐに暗殺者と見抜かれた以上対処は容易くなる。

 俺は迫ってくるナイフではなく、持ち手の手首目がけて裏拳気味に拳を振るい外側へと押し流す。そうして開いた鳩尾へと掌底を思い切り叩き込んだ。


「がぁっ!?」


 ひゅー、と奇妙な呼吸音ののち、使用人に成りすましていた男は頭から倒れ伏した。


「ふん。生憎俺の死に様は腹上死と決めているんでね。ましてや男の手によって殺されるものか」


 決まったぁああああああああああああっ!! 常日頃暇があったら考えていた『決め台詞一〇〇』がここで役に立つとは! 世の中準備って大事だよなあ。

 にもかかわらず対面に座っていたセレスティアは俺の名言をスルーして、現状に戸惑いを見せている。みっともなく叫び声を上げないだけ立派か。


「まさか暗殺者が潜んでいたなんて……! それよりも貴方、ひょっとしてそのことに気付いていたの?」

「ああ、こいつがティーセット持ってきたときから既に見抜いてたよ」

「いったいどうやって……」

「一言で言えば、この城で俺の元に男の使用人を向かわせる阿呆はいない!」

「凄く腑に落ちたわ……!」


 俺がお茶の用意を頼んだメイドがよしんば何らかの事情で来られなくなったとしても、代役として男を選ぶはずがないのだ。これが信頼関係というやつだな(違う)!

 それに相手が一人くらいならペレネ直伝の護身術で倒せるし。本当に危険なときの対策だって常にしてある。


 俺は余裕のあまりそよ風に乗せてこう呟きを落とす。


「ふ。俺の命を取りたいのなら、せめて五人がかりで挑むべきだったな……」


 そしてその呼びかけに応えるかのようにして、草陰から四つの人影が一斉に飛び出してきた。揃いも揃ってナイフを手に溢れんばかりの殺気を俺に注いできている。

 いや本当に五人がかりで来てんなよ! 今のは『先にあの世で待っていてくれ……』的なやつで返しを期待したセリフじゃないのに! いちいち軽口に反応するからお前らはモテんのだ!


 せめて剣があれば……俺一人で何とかできるはずだが、ない物ねだりをしても仕方ない。俺は両手を構え、四方から襲い掛かってくる暗殺者たちに備えた。

 一番手の男が右手に持ったナイフを一直線に突いてくる。それを俺は首の動きだけで躱し、その右腕に覆い被せるようにして男の耳へと掌底をぶつけた。的確に鼓膜を破ることで僅かに動きを止め、次に左掌で敵の鼻を折る。これで一人!


 だが一瞬で倒せたとはいえその間残り三人の相手ができない。加えてその内の一人はセレスティアを狙っている。

 これで俺の相手は二人になったものの、とてもじゃないが彼女のヘルプまで手が回らない。ペレネのように戦うことを主としないセレスティアではプロの暗殺者相手に勝てるとは到底思えない。


 ――――故に。


「セレスティア王女の護衛を最優先しろっ!」


 俺はすぐ傍に息を潜めていた『彼女』に向けて命を発した。


 それと同時に黒塗りのクナイがセレスティアを狙っていた凶刃を寸分違わず撃ち落とした。矢継早に二刀目が飛来し、今度はその暗殺者の脳天を撃ち抜いた。

 何事か! と暗殺者二人の気が散る。二人の隙を突いて小柄な黒装束の少女が瞬く間に頸動脈を斬り付けた。鮮血が飛び、力感なく暗殺者たちが膝から崩れ落ちる。


 為したことはグロテスクだが、一連の流れには「鮮やか」と讃えたいほどの美しさがあった。その張本人が俺のすぐ傍で片膝を突いて頭を垂れる。


「――――我が身の至らなさにより御身を危機に晒しました。その罰、いかようなりとも」


 この少女――ツバキは形式ではなく本心からそう思っていると分かる、真に迫った口調でそう言った。

 結果がどうあれ主を危険に晒したことは事実。忍びたるもの脅威は前もって処しておくべきとするなら、ツバキの仕事は未熟と言わざるを得ないだろう。


 彼女が仕えるべき主として接してくるのなら、俺もまた王として応えざるを得まい。


「良い。頭を上げよ」

「はっ」

「優秀な忍びなれば、周囲に伏した刺客の存在に気付き事前に排していたことだろう。そこは精進の余地ありだが……我が許嫁を護ってくれたことについては感謝する。以後さらなる貢献に期待する」


 満足そうに俺からの言葉を噛み締めるツバキ。こいつは生真面目&完璧主義者だからなあ、百点を取らないと気が済まないらしい。いくら俺が『よくやった』と口頭で褒めたところで自省するのなら、俺からあえて言ってやった方が喜ぶだろう。M気質かな?

 ツバキが敵側の手先を確保に動いたところで、俺はセレスティアの様子を窺うことにした。怪我をした素振りがないとはいえ精神面がどうなのかまでは分からない。


「怪我はないか?」


 そう問いかけたものの彼女は周囲に倒れた暗殺者たちの姿を見て青ざめていた。中には絶命している者もいるのだから無理もないが。

 今度は彼女の肩に手を置いて呼びかけると、さすがに俺の方へと意識を向けてくれた。


「えっ。ああ、何? どうしたの?」

「大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」


 セレスティアは自身の額に手を当てて、


「え……そう、かな? あまりに突発的なことで驚いて疲れてしまったのかしら」

「すまないな。うちの警備に抜かりがあったようだ。今から他に刺客が紛れていないか精査してみよう」

「……私は何も心配しておりませんよ。先ほども貴方が守ってくれると信じ切っていましたもの」

「…………」


 え、何こいつ。突然キュンとくるセリフ吐いてきて……。許嫁として本来あるべき姿なのかもしれないが、何の前触れもなかったから逆に怖いわ。

 話している間に騒ぎを聞きつけた兵士たちが駆けつけてきた。その中にはペレネの姿もあった。


「何事ですか、我が王よ!」

「どうやらネズミが数匹入り込んでいたようだ。これでは大陸一堅牢と謳われたエロイッサム城の名が泣こう」

「はっ。即座に洗い出しを始めます」


 言って、ペレネは後をついてきた兵士たちに指示を飛ばした。

 独りになったタイミングを見計らって刺客を生け捕りにしようと動いていたツバキがやってくる。「どうだ?」と問うと、小さく首を横に振った。


「既に事切れておりました。どうやら歯に毒の詰め物をしていたらしく……」

「まあそうだろうな。仮にもこの俺の命を狙った輩共だ、生き恥を晒すような教育を受けているはずがあるまい」


 俺が撃退した敵二人については気絶させたつもりだったが、辛うじて意識を繋いでいたのだろう。自死する猶予があった。生きてさえいれば雇い主が誰か、口を割らせることもできたかもしれないのに。

 だいたい用意するなら女アサシンにしろよ! そしたら尋問の際「なにぃ喋れんだとぉ~? そんな悪い子のお口にはオ☆シ☆オ☆キが必要だなぁ~?」って具合にウハウハできたものを! きぃ~~~っ!


 兵士たちがテキパキと暗殺者の死体を撤去している。一応胃の残留物などから雇い主を追えないかチェックするはずだが、あまり成果は見込めないだろうな。国王暗殺計画を練っておいてそんなヘマをするとは考えづらい。

 となると……。はあ、と俺は誰にも悟られないよう小さくため息を吐いた。


「こりゃあちょいと厄介なことになるかもな……」


 先ほどまでの晴れ模様に支配されていた大空に、次第と暗雲が立ち込めていった。



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