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第一章 運命とかないから。


 ――――果たしてこの世の中に『運命』なんてものが存在するのか、未だに論議が尽きることはない。


 否定か肯定か。どこまでいってもそれは個人の思想を反映するだけに留まり、不毛な投げかけ合いに終始してしまう。

 だから私の思想も、決して正しいわけではないが――仮に有無を問われたのであれば、私は『ない』とはっきり答えるだろう。


『運命』という単語が最も使用されるのは恋愛である。運命の出会い、などと夢現に呟く乙女を私は何人か見てきた。羨ましいとさえ思う。……何故なら私にはそれがなかったのだから。

 なかったというだけならまだしも、期待したそれが泥に塗れ悪臭が漂っていたのなら忌み嫌っても仕方のないことだろう。


 護衛を二人連れてエロイッサム王国の市街地を歩く。馬車での護送方法が提案されたが私はそれを拒否させてもらった。馬車の中から見える景色と、実際に自分の脚で見て回った景色はまるで違うのだから。

 舗装された大通りをゆっくりと移動する。両脇では座敷を広げた店舗が立ち並んでいる。野菜や魚といった食品もあれば、壺や絵画といった芸術品を売りに出している店まである。見ているだけで飽きない光景だった。


 目を輝かせながら出店を眺めていると、ふと護衛の一人が耳打ちをしてきた。


「王女様。少々急がれた方がよろしいかと……」

「……分かっています」


 若干口調に苛立ちを含ませてしまった。部下は私のことを考えて言ってくれたというのに……。ちょっと反省。

 相手方に伝えた約束の時刻まで残り十五分。本来もっと余裕を持って着かなければならないと理解していたが、ついつい歩調が遅くなっていたようだ。


 私は観念するような心持ちで、市街地のどこからでも見える王城へと向かう。華美でありながら難攻不落と知られるエロイッサム城。この王都を取り囲む大城壁と併せれば、どんな軍勢でも落とせないと言われるほどだ。

 市街地を抜けた先にある、城門へと繋がる跳ね橋の前で趣味の悪い煌びやかなマントに身を包んだ男の姿が見えた。


 げ、と王女にあるまじき態度が表に出そうになるのを懸命に堪える。


 ――――そう。あいつこそが私を『運命』否定論者へと変えた張本人。夢から現実へと引き戻した大罪人。


「――――エロス王」


 その呟きが聞こえたのか、彼は大きく両手を広げて言った。


「おお! 我が愛しの婚約者セレスティア殿下よ! いつもであれば余裕を持って現れる貴殿が、今日に限って遅れていたから心配しましたぞ」

「……それは申し訳ありません。エロス王の築いた市街を眺めていると、つい時間を忘れてしまいまして」

「ははは! 民が築き上げた市をご覧になって目を奪われた、というのであれば大変恐縮ですな。しかしお気持ちは分かりますとも。私も今、面前の殿下に目を奪われていますから」


 歯が浮くようなセリフだがこれ自体に忌避感はない。エロス王は背が高く端正な顔立ちであり、貴族のように肥え太っているわけでもなく、むしろ引き締まった体躯の持ち主だ。夢見る乙女に今の言葉を囁けばたちまち口説き落とせるに違いない。

 けれど生憎と私は既に夢から覚めてしまっているため、いとも容易く社交辞令として受け流すことができる。


「あら、お上手ですこと。うふふ」

「HAHAHA!」


 私とエロス王のやり取りを周囲にいる市民たちが遠巻きに窺っている。自国の王と帝国の王女。美男美女。王族同士の触れ合いに心を時めかせている者までいるようだった。

 それに気付いたエロス王が優雅な立ち振る舞いから手を差し伸べてくる。


「ではどうぞこちらへ。長旅でお疲れでしょう、すぐにお部屋へとご案内致します」

「まあ。エロス王自らとは、ふふ、私は果報者ですわ」


 和気藹々とした雰囲気を従えながら跳ね橋を渡り城門を潜る。完全に城内に入ったところで背後の重い鉄扉が閉ざされ、さらにその先でギギギ、と機械の動く音が響いた。

 城内にいるのは召使や兵士などのエロス王直属の臣下たち。私に付き添っていた護衛二人とは城門前で別れてしまった。これで市街にいらぬ情報が漏えいすることはほとんどなくなった。

 エロス王が普段と変わらない軽い調子で私に尋ねてくる。



「ところでセレスティア……今日のパンツって何履いてんの?」

「死ねえぃっ!」

「ぐほおっ!?」



 私は先ほど繋いだ手を振り払い、代わりに正拳突きをエロス王の腹部に命中させる。固い腹筋に阻まれはしたが多少のダメージを与えることはできた。

 外で見せた王族らしい立ち振る舞いはどこへやら、いきなり不作法なことを言い出したエロス王はお腹を押さえながら、


「い、いきなり何をするんだハニー……!」

「ハニーって呼び方やめろって前に言ったわよね? 私のファーストハニーを勝手に奪わないでくれる? ていうか私、貴方のこと大嫌いだしっ!」

「じゃあお詫びに俺のファーストダーリン奪っていいがはぐわっッ!?」


 またしてもくだらないことを言いかけたこいつに、教育代わりの一発をお見舞いしてやる。今度は顎へ。非力な私ではノックアウトには足りなかったのが恨めしい。

 彼は顎と腹を擦りながら、


「いやほら、俺たちって一応婚約する関係にあるんじゃん? だったら未来の伴侶のその日の下着くらい把握しておきたい……おきたくない?」

「おきたくない!」


 私の怒声が城内に響き渡る。普通であれば他国の人間が王に手を挙げるなど戦争案件に繋がりかねないが、この城に仕える者たちは皆聡明なようで、「あーあまたうちのアホ王がやってるよ」くらいの感覚で見逃してくれる。だから私も多少はしたない態度で接することができるのだ。さっきまでは市民の眼があった手前互いに抑えていたが……。


 ――――このエロス王こそが、私を恋する乙女から卒業させた張本人である。


 グレイト帝国と隣接したこのエロイッサム王国とは、これまで何度か小競り合いを起こした経験がある。要は勢力を拡大させたい帝国がちょっかいを掛けたのだ。

 大きく国力で勝るはずの我が帝国は、しかしエロイッサム王国に侵略することは一度も叶わなかった。屈強な兵と険しい山脈に囲まれた地形に苦しめられたのである。


 そこで現皇帝――父は侵略ではなく懐柔策を取った。その一手が私、セレスティア王女とエロス六世の結婚だ。王家の血を引く者として、決まった当初の私は当然の如く受け入れた。

 エロス六世は若くして『常勝王』の異名を持つほどの才覚を発揮していた。的確な指示と、自ら戦線に立つ英雄として知られ、帝国でもその名は当時から恐れられていた。それほどの男に娶られるのであれば、と私はむしろ誇らしいとすら感じていた。


 ……だが、現実は非情である。音に聞こえた『常勝王』の実態はただの変態クソ野郎だったのだ。会うたびに下着について聞かれ、ある日庭園で全裸自慰行為を見た時は卒倒しそうになった。そりゃあ夢だって覚めますとも。正直チェンジしてほしい。結婚話を持ち込まれたときのトキメキを返して!

 急激に頭が痛くなってきた。今日から約二か月以上、この王城に滞在することを考えると余計痛くなる。頭痛が痛い。



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