第二章⑦ 強襲(前)
「――――とまあ、先日こんなことがあってな」
二週間後、庭園にて。俺はセレスティアとお茶会をしようと考え庭園にあるカフェスペースへと移動していた。穏やかな気候とそよ風が心地良さとなり、全身を優しく包んでくれている。こういう日は屋外で過ごすに限る。たっでさえ政務で籠り切りなんだし。
俺は彼女に先日の城之内丈との一件についてちょうど語り終えたところだ。結局あいつは王城で非常時戦力として置いておくことになった。今は下働きに勤しんでいるはずだ。
「そんなことがあったんですね。ちょうど私はその頃辺境伯のところへ視察に出かけていましたから、又聞きするのが精いっぱいでしたわ」
「くぅ~、見せたかったぜ俺の雄姿! こう、こうさ、『余は自国民には寛容だが、それ以外には冷酷だ』的な? 余、余ってさ! あ録画してあるけど観る?」
「それさえなければねぇ……」
台無しだ、と言わんばかりに首を振った。何でさ、良い所はもっとアピっていくべきだろ? だって語られなければ毒にも薬にもならないんだから。効能が多少薄れようとも言い触らしていくべきだと思います!
こういう価値観の相違から結婚生活も重苦しいものへと変わっていくのだろうか、などと深刻に受け止めていると、セレスティアも何故だか重苦しい顔つきになった。美人が台無しだ。
「それで、その……ジョーさん、でしたか? 結局雇用することにしたんですね。貴方の命を脅かしましたのに」
「何? 心配してくれてたのん?」
「は? 違いますけど。ただ私のち――じゃない、スゴイデス八世ならばどのような傑物であれ情けはかけなかったと言いたいだけです」
グレイト帝国現王、スゴイデス八世は当然セレスティアの実父に該当する。スゴイデス王は敵対勢力に一切の容赦をしない御仁であると有名だ。能力も飛び抜けて優秀で、今の帝国領土の四分の一は彼が支配した土地である。
セレスティアはなおも続けて、
「かの王でなくとも、王家に危難を持ち込みかねない者を抱き込むなぞ考えづらいことです。兵が失われるのとは訳が違います。……死罪も妥当な判断かと」
「……」
彼女が冷淡なのではなくてそれが当たり前なのだ。事実俺もジョーとシキ以外の転生者はデメリットの方が大きいと判断して首を刎ねている。城内で巧妙に謀反を起こされたら、それは先日とは比べ物にならないほどの危機へと繋がる。
チュン、と小鳥が囀る。意識を切り替えるスイッチになる。ただ褒めてもらいたかっただけなのに、どうしてこんな真剣な話に繋がるのかなぁ……。
「……まあ、約束だったからな。それが王国に益をもたらすのなら恩赦を与えると、王家の紋に誓ったってのが一つ」
「そもそも誓わなければいいじゃないですか。どうせ格好つけたかっただけなんでしょうけど」
「……いいの! 俺はあの場で『バスケットボール』とやらに興味を示したことに変わりないんだから」
「ばすけ、ですか……。ニホンという異国で流行っているという娯楽。同じボールを使う娯楽であれば蹴鞠で良いのでは?」
蹴鞠って言うほど面白いか? なんか淡々としててつまんないんだよなー。一応俺も淑女たちからお誘いを受けたときのために練習してるけど、まだ一度も誘われたことがないという事実。まったく奥ゆかしい人たちだぜ!
俺はジョー自ら聞いた話を思い返しながら伝える。
「我が国では農業も、工業も、商業も、生活に関わる全ての分野に力を入れている。しかしそれ以外が充実しておらんと常々考えていた」
「娯楽……それが満たされると?」
「あるいは。幸いそれほどスペースを必要としないため、それほど苦労もせず市街に設けることができた。試しに騎士団で競ってみたところ思惑以上に熱中する者が続出してな。そのうち派手な催しを執り行おうとする動きがあるほどだ」
どうやらジョーは学生時代ずっとバスケットボールに打ち込んでいたらしく、ルールや必要なものまで事細かに教えてもらった。アピールの際はバスケがいったいどのような効果を生むのかを熱く語っていた。なかなか口の達者な男だ。
俺もちょっとやってみたが今まで類を見ないくらい激しい競技だった。休む暇もなく狭いコートを動き回り、高い技術も要求される。不満なのは王様の俺相手でもあいつら手加減を一切しないってとこだ。接待しろとは言わんが吹っ飛ばした俺をそっちのけで喜び合ってるんじゃないよまったく。
身体能力お化けのペレネには相当肌に合っていたらしく、一六〇センチ以下の小柄な体格なのにダンクをばしばし決めてるからな。ちなみに俺を吹っ飛ばした張本人がこいつだ。リバウンドで競ってたらいつの間にか弾き飛ばされていた。バスターゴリラめ。
ペレネとは正反対にあまりそういうことに向いていなさそうなセレスティアは、やはり納得いかないような顔をしている。
「むう、盛り上がっていることは分かりました。娯楽は確かに重要です。不満の解消にもなりますから。しかし王家存続こそ貴方に課せられた最重要の使命のはず。それを脅かす存在を内に招くとは……」
理解しかねる、と彼女は言外に告げた。
「まあそう言いなさんな。たとえ俺が死しても他に兄弟がいる。そいつらに継がせたら問題あるまい」
童貞の俺に世継ぎがいないのは当然(悲しすぎる……)としても、王家の血を引くのは俺だけじゃない。つまりエロス家断絶にはならない。俺の親父がやたらと兄弟残していったからな。死ぬのは嫌だが、だからと言って萎縮するほどではないのだ。
気楽な調子でそう言うと、セレスティアはふと険しい目付きになって、
「……それ、本気で言っているの?」
などと少し威圧するような声音が彼女の口から漏れた。
え、ジョークのつもりで言ったつもりが、マジ反応が返ってきて我困惑。
「エロイッサム王国の現君主はほかならぬ貴方のはず。貴方が死去すれば困る方は大勢います。……王の命には多くのものが掛かっていることをお忘れなく」
「…………」
重々承知していることを改まって言われると、何だか自分が愚かしいことを言った気分になる。ガチトーンのせいで頷くしかできない。
ふん、とセレスティアはそっぽを向いてぶっきらぼうに言う。
「言っておきますが、今のは貴方だけを心配してのお言葉じゃありませんので! ペレネ卿やツバキさんら全国民に迷惑をかけないように諫めているだけですから」
「ん? ペレネとは一緒に風呂に入った仲だからともかくとして、何でツバキの名前が出てくるんだ? せいぜい城の案内くらいでしか接点がなかったはず……」
「ここ最近話すようになったんですよ。何かと顔を合わせる機会が多かったものでして」
「……ははあ」
なるほどな、と頷く。その態度を妙に思ったらしく、セレスティアが訝しげに眉をひそめた。
「何ですか? 北風によって女学生の下着を目撃したみたいな顔をして」
「そんなやらしい表情などしとらん。いや、けしからんとは思ったか。男同士でくっつく分にはどうでもいいから放置するが、女子同士で結ばれようとするのだけは看過できんからな! 一言注意してやろうと思っただけだ」
「女子同士の友情を恋愛と結びつけないでください。どのみち貴方には振り向く者はそういないでしょうし」
「何だとう!?」
いや、冷静に考えると彼女の言も一理ある。一見小馬鹿にしているようだが全国民が憧れる王様の欠点を突いているのかもしれない。
そう……王様の俺が偉大な余り、市井の娘たちには遠すぎる存在になっているかもしれないのだ。
いくら城内という川で釣りをしていようとも、街という海に棲む魚が釣れることはない。
まさかセレスティアはそのことを俺に伝えようと……? いやないな。こいつのは俺がモテるはずがないと確信しているが故の発言だ。
じっくり脳を活用した影響でふとしたことに気付いた。
「それにしてもメイドめ……。いつになくお茶の準備が遅いではないか」
このスペースに来るまでに出会った女中の一人に茶を運ぶよう頼んでおいたのだが、十分以上経っても来る気配がまるでない。いつもなら部屋で嗜むところを変更したとはいえ、うちの女中たちならすぐに準備できるはずなんだが……。
ともあれ女中の不手際を詫びる。こういうのは雇用主の責任でもあるからな。
「すまない。手際の悪いメイドには後でこの俺直々にオ☆シ☆オ☆キをしておくからぐへへ……!」
「それは女中さんがあまりに不憫なのでやめてあげてください」
つい本音が漏れてしまったところへ、一人の男がティーセットを載せたお盆を手にやって来た。スリムなイケメン風使用人だ。
「申し訳ございません。少々準備に手間取ってしまい遅れてしまいました……!」
手早くアフタヌーンティーの準備を始める使用人。ソーサーとカップを並べ、テーブルの中央にケーキスタンドを置く。そしてティーポットから琥珀色の液体が注がれる。
「……ちょっと待ちたまえ」
「は、はい。何でございましょうか?」
ポットを持つ手がピクリと震えた。
「キミ、この城で仕えて何年になる?」
「半年ほどになります」
「道理で未熟なわけだ。本来ティーポットは片手で持つものだろう。まったくメイド長からどういう教育を受けてきたのかね?」
「も、申し訳ありません!」
俺が威圧するように静かに叱責すると、男の動きが一気に固くなってしまった。不穏な空気を感じたセレスティアが即座に助け舟を出す。
「エロス王、何もそこまで強く仰らなくても……。そこの貴方、あまり緊張しなくてもよろしくてよ?」
ちっ、古今東西女性ってのはイケメンに弱くて困る……。あ、でも男も美女には弱いからおあいこだな。うん。
ぎこちないものの何とかアフタヌーンティーの手筈を整え終えた使用人はホッと息を吐く。そのまま下がろうとした彼を俺は呼び止める。
「キミ、これは何という茶だ?」
「は……? ダージリンティー、ですが」
はあ、と俺はこれ見よがしにため息を漏らす。
「――――下げたまえ。今日はミルクティーの気分だと事前に伝えておいたはずだ」
俺の冷たい口調に使用人はしどろもどろになって困惑した様を露わにする。
「で、ですが普段はダージリンティーだと……!」
「ほう。ではキミは毎日同じものばかりを口にしているのかね? その日の気分によっては別のものを食べたくなることもあるだろう? なにより――王が『下げろ』と命じたのだ。貴様は唯々諾々としていればよい」
セレスティアが「ミルクティーにしてくれと頼んでましたっけ?」と言いかけたのを右手で制した。面倒なことになるから黙っていなさい。
有無を言わさない命令に対し、今度こそ男は慌ててカップを下げようとするのを三度引き留めた。
「それとこの紅茶、匂いからして淹れ方がなっていないのが分かる。……試しに一度飲んでみるといい。よく分かるだろう」
告げた途端男の表情が真っ青になった。自らの失態を突き付けられ青ざめたのか……否、それ以上の絶望がありありと読み取れた。
単に俺が使用人を虐めているくらいにしか捉えていなかったセレスティアも、その表情に違和感を覚えているようだった。
俺は駄目押しのためさらに踏み込んだ一言を突き付けてやる。
「どうした? ――――まさか、毒が入っているから飲めません(・・・・・・・・・・・・・・)、とでも言うつもりではあるまいな?」
「――――っ!?」
この一声がキッカケとなった。




