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第二章⑥ 礼儀知らずの転生者(後)

 これで主従成立……かと思いきや、エロス六世はまたしても首を横へと振った。


「たわけ。あくまで先の話は主従を結ぶ上での契約。まだ貴様の国王襲撃の沙汰への罰が下っておらんではないか」


 えぇーーーっ!? まだ俺から何か搾り取るつもりか? 上げて落とすとはまさにこのことだ。悪いとは思ってるけどさ……。

 国王は微かに嗜虐心の窺えるような笑みを浮かべ、


「ましてや貴様は異邦人。余が庇護すべき自国の民ではない。……だいたいお前男じゃん」


 このバカ殿様め……。後半何言ってるのか聞こえなかったけどうつけの評判とはまるで正反対じゃないか! あるいはその話を聞いた美少女たちに騙されたのでは、とさえ思えてくる。これが異世界版美人局ですか。

 言っているのだろう。大金か重要機密か、戦力云々はもう使えない。

 慎重に答えを吟味する俺に対し、さっきの女騎士が助け舟を出すようにして言った。


「ちなみにそこの転生者――シキはマヨネーズや香辛料の発明をした。ともあれ早くしろ。無謀にも投げ捨てた命だろう、加えて我が王の貴重な時間も奪うつもりか?」


 全然助け舟じゃなかった。むしろ早くしろと急かしてくる。この感じ、就活のときの圧迫面接を思い出すな……。胃がキリキリとして、目の前の奴らをぶん殴りたいのに殴れないもどかしさ。

 しかし今のでだいたいの方向性は掴めた。要するに相手側は日本での現代知識を欲しているのだ。俺が日本で学んだ知識を披露しろと。


 確かにこの異世界の文化レベルはやはり平成日本よりもかなり落ちる。魔法で補っている面もあるが、インフラや食糧生産などでは大きく劣っている。攻めるならそこになるか……。もしくはダイナマイトや戦車などの兵器も有効だろう。

 うん。この辺りを突けるなら完璧な切り札となる。ただ一点、俺がその辺の知識がまったくないということに目を瞑れば、だが。いやもぅマヂむり……。


 マヨネーズの生産方法なんて知らねーよ! つか逆に何で知ってんのさ! こちとらサラリーマン時代三食コンビニ飯だぞこら。

 無論銃の作り方なんかも知らん。俺に分かるのはせいぜいがエクセルとパワポとビジネスマナーくらいのもんだ。そもそもパソコンのないこの世界では無意味である。


 こうなったら適当に何か提案してみるか? 転生ものだと数字数えられるだけでスゲースゲーされるって聞いたし、案外なんとかなるやもしれん。


「忠告しておくが、過去に物の数え方をレクチャーしてきた男はその時点で斬首したぞ。他には塩を舐めて『これがしょっぱいってことです!』と得意顔でのたまった輩も同様だ。貴様ら異世界人はどうにも我らを猿と勘違いしているようだが、その時点で命はないと思え」


 危ねえ言いかけた! よくよく考えなくてもそうだよな。こんな立派な王城を建てられる時点でそれなり以上の頭脳を持っていると分かる。そりゃ馬鹿にされたと受け取るわ普通。

 冷や汗が額に滲む。転生者レベルの女騎士に飼い慣らされた転生者……俺なんて一瞬で殺されるに決まっている。あーもう、なんでぶっ飛んだチート能力与えられなかったんかなーっ! 攻撃にもなる回復魔法とか、死ねと念じただけで相手を殺せる能力とか! そしたらまだ対処できたかもしれないのに。


 死が明確に形を成してきているようで、心に焦燥感が積み重なっていく。元リーマンなのに何故横柄な言葉遣いで接してしまったのか。悔やむ。

 エロス六世が若干いたたまれない風な目付きをこちらに注いでくる。


「……本当にないのか? 奇抜なアイデア一つに拘らなくとも、算術に長けることを証明するなり常日頃から貢献できる面を示してくれてもよいのだ。なんであれ要するに貴様が飼われるに相応しいと分かる手腕を示せ」


 なんか滅茶苦茶気を遣われているような……。といっても本当に俺には自慢できることなんて、それこそブラック企業に勤めてたっていうブラック自慢しかない。月残業は一〇〇時間を超えてからが本番とか、最高二六連勤! とかね。


 算数も根っからの文系マンの俺は早々に放棄してたし理科も同様だ。かといって松尾芭蕉のように雅な詩を書けるわけでもない。唯一の得意科目だった世界史知識をここで語っても異世界じゃ何の役にも立たないだろう。

 それこそ生前身に付いた技能など相手に対しへりくだる精神だけだ。命乞いが無駄だと分かり切っている以上これも無意味だ。


 改めて己が生涯を振り返ってみて、自分がいかに自堕落な人間であったかを思い知る。その場をやり過ごすことにしか注力せず、どうにか乗り越えた先でまた別の苦労から逃げ回る。受験や就活も中途半端に切り上げ、入った先で苦労する。ブラック企業憎しと言うが、もっと努力していれば自分がこんな目に遭うことはなかった。

 サラリーマン時代に比べて学生時代は本当に楽しかった。勉強から逃げても部活に熱心に打ち込めば充足感に満たされる。放課後に友達と買い食いして、コンビニ前や公園で遅くまで駄弁って、結果が出たときは本当に嬉しかった。


「…………あ、」


 恥じることの多かった生涯だが、その中でたった一つだけ武器になり得るかもしれないものを見つけた。

 今度は失礼のないように、しっかりと言葉遣いを改めて。


「お、王よ! 一つ……この私めから献上したい施策があります!」


 ほう、とエロス六世は目を細めた。


「よい。一度のみ許可しよう。――――余は自国民には寛容だが、それ以外には冷酷だ。努々忘れることがなきように」


 一度のみ、か。この回答で満足のいく結果が出なければ即打ち首ということだろう。……怖っ。失敗の利かない受験にだって浪人という最終手段があったのに……!

 本当は農業とか化学とか、人の暮らしに根ざした技術が好ましいのだろう。だけど空っぽの底に唯一こびり付いているのは『これ』しかない。


 緊張のせいで喉が張り付いてうまく開かない。

 それを無理矢理押し殺して俺は口を開いた。


「この度私が進言するのは――――『バスケットボール』であります」


 恨みしかないサラリーマン時代に身に付いた営業トークが、こんなときばかりは有り難かった。……いや言うほど有り難くないな。ぜってえ許さないからな親族経営者ども!



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