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第二章② ツバキの傷(後)

 けれど私はツバキさんの実情を知っても、それくらいの感想しか湧いてこない。


 何故なら……、


「その造り……帝国製の義肢を使っているのね?」

「はい……。主殿が特注で取り寄せてくれたものです」


 グレイト帝国が他より優れている分野の一つに、科学――主に機械技術の高さが挙げられる。

 数多の戦争を経験してきた帝国兵は屈強だが、その分怪我が多く手足が使い物にならなくなる兵も多い。それを補うための義肢が発展していくのは当然のことだ。


 全体の兵士のおよそ五分の一が何らかの義肢を身に付けているほど、帝国育ちの私には見慣れたものだったのである。痛ましいとは思っても拒絶反応を起こすことは決してない。

 帝国の技術が他国の少女を救っていた――その事実が自分のことのように誇らしく、つい表情が綻んでしまう。


「……よかった。貴方の助けになっているようで、本当によかった」

「……」


 帝国では相手を傷付ける分野がどこよりも発達している。先の機械技術もそう。大砲や各種武装はもちろんのこと、要するに義肢だって敵を殺す兵士に使われるのだから。

 そのおかげで大陸一の強国となったグレイト帝国だが、私は常に後ろめたさを抱えて生きてきた。帝国の歴史を学ぶたびに胸が苦しくなり、屍の上に私は立っているのだと実感させられる。勝利に湧き立つ兵たちに労いの言葉をかけるたびに、その言葉の空虚さに嫌気が差す。


 そんな血塗られた技術であっても、こうして救われた生命があることを確認できたことが何より嬉しかったのだ。


「……! 王女殿、涙が……」

「え……?」


 ツバキさんに指摘され下まぶたをそっと擦ると、指先に数滴の滴が付着した。どうやら無意識的に落涙していたらしい。

 情けない姿を見せてしまった。王族としてあってはならないことだ。威厳が損なわれてしまう。


 涙をごしごしと拭い、無理やり笑顔を作って誤魔化すことにした。


「や、何でもないんですっ。ただ……そう! 我が国の技術力の高さに感激してしまっただけですからっ!」


 さっき「貴方の助けに~」って言ってた手前誤魔化し切れるはずがないのだが、咄嗟のアドリブができるほど私の対人性能は高くない。がっくし。

 あたふたする私を見るのが面白いのか、ツバキさんはクスッと微かに笑みを見せて、


「セレスティア王女殿は、思いの外ユニークな方なのですね」

「え、あっはは。そう、かしら?」

「不快に思われたのなら取り消しますが……」

「……。いえ、結構ですわ。ユニーク……ふふ、そんなことを言われたのは初めてのことですが、とても嬉しく思います」


 周囲から冷徹、なんて囁かれることもある私だけど、それは単純にコミュ障を隠すための仮初めの姿でしかない。素のまま話せばたちまち化けの皮は剥がれ落ち、ポンコツな一面を晒してしまうだろう。それでいったい何度兄弟たちにからかわれてきたことか……。


「お前は王族にしては多感過ぎる」――そう父から言われたこともある。ときに人の命を軽く見なければならない王に、その感性は必要ないと。辛いのは結局自分なのだ、と。それは事実で、戦争をするたびに他国人の血が流れていることに眩暈を覚えてしまう。

 しかしその感性はときに他者に笑顔をもたらすこともあるのだと、今日初めて実感できた。……否、少し違うか。私はそれをとうに知っていたはずだったのだ。


 エロス六世。彼の破天荒すぎる感性を鬱陶しく思うこともあったけれど、つい釣られて笑ってしまうことだって何度もあった。――ああ、『多感な王(目指すべき人)』がごく身近にいたではないか。


 あまりに極端な例ではあるものの、彼は私が目指す理想像の一つなのかもしれない。

 そんなエロス王であればこんなとき、次に何て言うのかは決まっている。


「……ところでツバキさん、どうして義肢に頼るようなことになってのかしら?」


 片手足がなくなる……生半可なトラブルではこうはならない。この時点で楽しくない話になるのは確実で、ツバキさんも嫌な気持ちになるのかもしれない。少なくとも普段の私なら決して踏み込まなかったはずの一線だ。

 そしてその一線を越えない限り、真の友人は生まれないのだろうとこれまでの経験が言っている。負の一面を共有してこそ芽生えるものがきっとある。エロス王が家臣たちに好かれているのは、そういう大胆さがあってこそなのかもしれない。


 ツバキさんは言いづらそうに唇を歪めた。駄目か。やはり好感度が足りていないのか。


「断じて耳障りの良いお話ではないため、申し上げるのは憚られますが……」


 諦めたその刹那、彼女は小さな声で前置きをしてから始めた。

 すう、と腹を決めるように一つ息を吸い込んで、



「――――私にはかつて、奴隷として過ごしていた時期がありまする」



 聞かなきゃよかった、とは思わない。

 聞いていて楽しい話ばかりしてほしいなら吟遊詩人を雇えば済む話だ。私は友人のことを知りたいから聞いたのだ。

 とつとつと続けるツバキさん。


「奴隷にはいくつか用途がありまする……、性の捌け口とする愛玩用、使い捨ての道具と観る労働用、中には自身の高貴ぶりを見せつけるための宣伝用などです。……私はそのいずれでもなく、言うなれば『希望』用でありましょうか」

「希望……?」

「はい。奴隷だった私は徹底的に痛めつけられました。食事は常に腐ったようなスープが日に一度あるかないか……、毎日数え切れないほど殴打され、一目で分かるようにとまず左脚を切られ、『自分たちよりも下の人間がいるんだ』と他の奴隷たちに示す役割を押し付けられました」


 ときと国によるが、奴隷とは最底辺の人種である。帝国では奴隷の多くは戦争に駆り出され、使い捨て前提の道具として扱われる。労働用であったとしても奴隷とは常に死と隣合わせの存在だ。


 それ故奴隷たちが結託し、反旗を翻す可能性もなくはないのである。失うものがないからこその反乱。

 そのために小狡い領主は他の奴隷たちに『餌』を用意する。底辺のさらに下――最底辺の奴隷を。それがツバキさんだったのだろう。さらにその残忍性は反乱の意思を鈍らせることにも繋がる……認めたくはないけれど、合理的な面もある。


 彼女がその最底辺の奴隷としてどんな非道を受けたか、私の想像を絶するに違いないという確信がある。

 閉口せざるを得ない。何と声をかければいいのか、ではなくて、そんな悪逆非道を為した人間への怒りが収まらないからだった。


 するとツバキさんが微かに声音を明るくして、


「――――そんな私の窮地を救ってくれたのが、エロス王でした」


 そう言った彼女の顔は花のように輝いていた。

 年齢よりもかなり大人びた感じのあるツバキさんだけど、今の屈託のない笑顔は年相応のそれである。


「主殿自ら悪徳領主の荘園へと踏み入れ、そこにいた多くの奴隷たちを救ってくださいました。私には失った手足を与えてくれて、今なおお傍に仕えることを認めてくれました。その御恩は言葉で言い表すには……不足が過ぎまする」

「エロス王が……」


 私にはそんな勇猛さ、情愛を注いでくれたことはないけど……。あるのは冗談みたいにセクハラしてくる姿だけ。

 でも多分、長く共にいるツバキさんの知るエロス王こそが本物なんだろう、と漠然と思った。私の知る彼はあくまでほんの一側面に過ぎないのだろう。


 結局私は、何一つ気の利いた言葉もかけられぬままタイムリミットとなってしまった。ツバキさんがすっと片膝を突いて、


「――これにて私は次なる任務へと向かわねばなりませぬ。貴重なお時間を頂戴させていただき、恐悦至極でございまする……! またお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「……! ええ、是非とも」


 彼女の一言につい心が躍ってしまう。うふふ、これはもう友達認定間違いなしね!

 ふっふふーん、と鼻歌を鳴らしてしまいそうになるのを我慢しつつ、ツバキさんの後ろ姿を見送っていると、不意に彼女が身体を捻った。


 そうして私の方を向いてから、


「……我が国ではカップの取っ手が外れることは、その身に不幸が訪れる前触れとされておりまする。無論御身に災難が降りかからぬよう努めるのが我らの仕事でありますが――どうかご自愛くださいませ」

「え? あ、うん。分かっているわ」


 浮かれ気分だった私は、ツバキさんからの忠告をほとんど記憶に留めていなかった。

 そう簡単に不幸なぞ訪れるはずがないという、不確かな確証もその理由の一つである。


 城の外では徐々に暗雲が立ち込めていることに、このときの私は露も気付くことができなかった。



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