章間① 握手会
エロイッサム王国では、国を挙げての催し事が定期的に行われている。
王国一の強者を決める闘技会。一年の豊作を祈る豊穣祭。俺の誕生日を祝う生誕祭。などなど。大きい催し事だけでも八つ近くあるな。これらは国民の息抜きという側面も多分に含んでいる。
王様ってのは人気商売みたいなところがあるからなぁ。あまりにカリスマ値が足りてないと反乱イベントが起きたりする。そのときは軍事力を以て捻じ伏せてやるだけだが、少なからず国力は低下してしまう。反乱なんて起きない方がずっといい。
今日開かれている祭りは、開城祭――国民たちにエロイッサム城を一般開放するという催しである。滅多に入ることのできない王城を見学してもらい、食堂では豪勢な料理を振る舞い、模擬訓練なんかも行っている。わりと人気な催し事だ。
開城祭の中でも特に人気を博しているのが、触れ合い会――通称『握手会』である。文官たちや騎士団長といった、国に仕える者たちが国民たちと直に向き合って触れ合うことのできる場のことだ。握手を求める国民が多いことから『握手会』と言われている。
一番人気は国の中核を担う騎士団長ペレネである。長蛇の列は途切れることなく、およそ二時間待ちにもなるという。
……ん? 王様の俺はどうなんだって?
イケメンで、高身長で、トークも上手くて完璧超人の俺の元には、さぞ長い列が作られているはずだって? ああ、俺も始まるまではそうだと疑わなかったさ。
しかして現実は、
「何で俺の所には誰一人として並ばないんだよぉおおおおおおおおっ!?」
かくも非情であった。
俺が言った通り、俺に割り当てられたブースには誰も並んでいない。隣がペレネのブースだから余計に惨めな気持ちになってくる。
『握手会』が始まって約一時間。俺の元を訪れたのはあたかも孫の晴れ姿を見るような感じでやってきたジジババ共くらいってどういうことだよ。
他に数名若いのもいたが……、とそこへ、都合よく眼鏡をかけた少女がやってきた。暖かい時期だというのに、長袖を着込んでいるのが真っ先に気になった。
彼女はおどおどした様子で言う。
「あ、あのっ! 私、エロス王様のファンで! よ、よろしければ是非ともサインしてくださいっ!」
言って色紙を差し出してきたので、俺はこの日のために練習したサインをサラサラと書く。少女は「やった」と小躍りしている。
うんうん、と俺は頷き……目尻を押さえた。
「ツバキ……。そんなに気を遣わなくていいから、な?」
眼鏡の少女――ツバキはびくりと肩を震わせた。彼女はツバキが変装した姿の一つなのだ。見た目も声音も変えているが、変装した彼女が俺のブースを訪れたのは既に四度目となる。さすがに気付くとも。
ツバキなりの気遣いだったんだろうが、良い部下を持った嬉しさと、現状への不甲斐なさで涙が出ますよ……。
はわわ、といった様子で慌てふためくツバキ。
「も、申し訳ありませぬ主殿! かような無礼、腹を切って詫びるほか……!」
「そこまでしなくていいから、ね? うん、ツバキの優しさは五臓六腑に染みわたっているからいいんだ。いいんだ……」
それでも理想と現実のギャップにより絶望感が体内に渦巻いている。こんなの、こんなのってないよ!
俺は一向に誰も寄りつかないブースから飛び出し、隣のペレネのブースを窺う。
男女半々くらいの比率で、百人を優に超える国民が列を作っている。ペレネは途切れない列に少し困惑の色を滲ませながら、握手に応じている。
「あの、ペレネ様! これ、精一杯作ったんです! よかったら食べてください!」
「ありがとうございます。これは……焼き菓子ですか。美味しそうですね」
「ペレネ様! 毎日応援してます! 頑張ってください!」
「はい。貴方のため、国のためにこの身を捧げる所存です」
「き、騎士様! 『くっ殺』お願いしてもいいすか? ブヒブヒ!」
「く、『くっ殺』?」
くっそ~ペレネの奴、ちやほやされやがってぇええええ。本来は俺の役目なのに! 嫉妬の炎がメラメラだぜ……!
国のトップとして臣下に負けるわけにはいかない。こうなったらどんな手段を用いてでも上回らなくては。俺なりに考えてみた結果、あまりに俺が偉大過ぎて国民が寄り付かないのでは? という結論に達した。高嶺の華どころか、天上の華だからな俺は。
故にここはフレンドリーさを前面に押し出していこうと思う。というわけでペレネの前で列を作っている女の子たちに片っ端から声をかけていく。
「やあそこの淑女たち! 私は、」
「きゃああああああっ!?」
俺の顔を見た途端、女の子たちは蜘蛛の子を散らすようにして去っていった。まだ何もしてないのに悲鳴上げるとかひどくね? ひどいよな。
そうだ、今のは悲鳴じゃなくて歓声なんだ! うん、いくらなんでも顔見たくらいで逃げ出すわけがないよな、ふつー。
気を取り直して他の女の子に声をかける。
「さあさあ! この中で私と握手ができる栄誉を賜るのはだーれだっ!」
「いやあぁああああああああ!」
「握手……握手を」
「触られたら妊娠しちゃううううううううううううっ!!」
「いやしねーよ!」
何人もアタックしたものの、一人として触れることすらできなかった。うぅ……。
どうやら多くの反応を見た感じ、『俺に触れられると妊娠する』というような悪評が流れているようだった。どんなゴッドハンドだよ。というか真に受けるなよ。この国に情操教育どうなってんだ。
こうなったら意地でも女の子に触れてやる! あわよくばパイタッチしてやる!
「お前らちょっとは触らせろーっ! 王に触れられるとか普通有り得ないほどの名誉なんだぞっ!」
「こっち来ないでぇえええええええっ!」
「フヒ、フヒヒヒヒヒッ! パイタッチサーセン!」
壁際に追い詰めた女の子目がけて抱擁の構えを取りながらダイブする。女体の柔らかさ、今ここで味わってやるぜ!
「いい加減に――しなさーいっ!!」
その寸前で、俺の懐に素早く人影が侵入してきた。その勢いのまま体当たりを食らってしまい、地面を二転三転するくらい吹っ飛ばされた。荷馬車に轢かれたのかと思ったぞ……!




