序章 絵本とエロ本は紙一重
『むかしむかしあるところに、一人の王様がいました。
その王様はとてもよい王様でした。
まわりの人たちから好かれ、頭もよく、国民に対してとてもやさしかったのです。
王様のおさめる国は、いつもいつも笑顔であふれ返っていました。
王様はとても男前で、国中から求婚が後を絶ちませんでした。
日頃は性格のキツイ女騎士団長も、王様の前ではすっかりメスの顔になり、となりの国の王女様も毎日のように王様の布団に忍び込む始末で、言ってみれば下の根も乾かないほど――――』
「いやいやいやちょっと待ってくださいエロス王!」
――――と、俺の筆が乗ってきたところで、傍にいる女騎士からストップがかかる。
俺は彼女の顔を恨みがましく見上げる。今しか思いつかない可能性のある文句を忘れさせた罪は重い。……が、すぐに許してやろうと言う気になった。
理由は簡単。それはこの女騎士がえらく美人さんだからだ!
天からの祝福を受けたかのような輝かしい金髪に、透き通るような白い肌。蒼い瞳は見る者を魅了する力を秘めているようだった。そうでなくとも見目麗しい顔立ちをしているのだ、気分の一つや二つ良くなって当然だろう。
しかしそう簡単に許しを与えてやってはつまらん。俺はこの女騎士の名前を呼ぶ。
「いったい何だと言うのだペレネ騎士団長。今しがた名文を閃いた矢先、思考を遮られてしまったぞ? どう償おうと言うのだ?」
「はっ……それは、その、申し訳なく思っており――――」
「そう思うのであれば服の一枚や二枚や三枚や四枚脱ぎたまえよ! 貴殿の家訓に『失敗は行動で取り返す』という文句はなかったのか!?」
「ありませんよ! よしんばあったとしても拡大解釈にも程があります!」
「これだから石頭は……。もっと柔軟な発想を持たんから胸も平らで堅いまま」
「は?」
「ゆ、許してやるのは今回だけだぞっ?」
腰に吊るしてある名剣を抜こうとしたことに気付いた俺は、即座にこの話を流す。王に向けて抜刀するとは……。リスペクトが足りてないんじゃない?
すると今度はもう片側にいた法務大臣のマケオンがごほん、と一つ咳払いをした。齢六〇過ぎの、俺の御目付役の爺だ。美少女にしろとあれほど言っておいたのに……。
「エロス王よ、後世のために書物を遺す――その志は素晴らしいです。しかし何故よりのもよって絵本をお選びになられたので? 手記や伝記などもございましたのに……」
「少しは頭を使え。将来国を支えるのは今の子ども世代だ。故に品行方正に生きよ、と諭しておくのだ」
なるほど、とペレネが頷く。ふん、少しは見直したようだな。
「で、本音は?」
「幼女時代からいかに俺が素晴らしい男かを植え付けておこうと思ってな。んで、将来熟した時に『素敵! 抱いて!』となるよう洗脳しておくのだ。うはっwwww夢が広がりんぐwwwwwww――はっ、しまった図りおったな法務大臣!」
こいつのせいで見ろ! 女騎士の好感度がだだ下がりではないか! あともうちょっとで股を開いていたはずなのに……! マケオンには王様特権で減棒処分を言い渡してやる。
はああ、とペレネが呆れた息を吐く。
「そもそも、どうして幼児向けの絵本にぬ、濡れ場のシーンがあるのですか! というか勝手に私を惚れた扱いしないでください」
「性教育は重要だからな、子どものうちからちゃんと教え込んでやらんと」
「それに何ですかこの『言ってみれば下の根も乾かない』って!」
「えぇ……、ギャグの説明させるとか鬼畜女騎士だなあ。いいか、これは舌の根とかけてだな……」
「そういうことが言いたいんじゃありません! ともかく却下です!」
意外と頑固な女騎士である。ついでに身持ちも堅い。何度もアタックしてるのに全て無下にされてきた。王様の誘い蹴るとかあっちゃいかんでしょ。
だいたい絵本に「ロ」を挟めばエロ本になるからな。大は小を兼ねると誰かが言ってたし、絵本に官能描写があってもいいじゃんね。「パパとプロレスしてたの」なんてカビの生えた古臭い文句で子どもに嘘を吐く方が駄目だと思うんだが。
半分も埋まっていない原稿用紙を破られてしまう。ペレネは鬼の形相で口を開く。
「さあっ! 早く書き終えてください! 次の職務も控えているんですから!」
「えー……、法務大臣、何か俺もう飽きてきちゃったんだけどー」
「今さら言われては困ります。もう既に予算も押さえてありますし、量産体制も目途が立っています。あとひと月半後には仕上げていただかないと」
優秀な家臣ってのも考えものだな……。どんどん逃げ道が塞がれていく。
絵本だからすぐできるっしょ、と軽んじてた自分が許せない。絵とかは別で頼めばいいから、俺がやることはシナリオ部分だけだ。それなのに当初の目的だった幼女のための性教育は駄目出しされてる。恐ろしくやる気がしない。
それから少しの間うんうん唸ってみたものの、そう容易く案が思い浮かぶはずがない。ぐへーと背もたれに身体を預ける。
「今日中じゃなくてもいいんだろ? んじゃもう明日からでいいじゃん。だいたいまだ一か月半も猶予があるしダイジョブダイジョブ」
「そういってエロス王は幼少期からよく締め切りを破っていましたね」
「ルールは破るものだ!」
「君主の言うことではありませんね……」
「あとあと、処女膜も破るもの」
「ふんっ」
ペレネのビンタが頬を捉え、俺は絨毯敷きの床に倒れ込む。ついに王様に手を上げちゃったよこいつ……。
彼女は大層プリプリした様子で執務室を後にした。マケオンに手を借りて何とか起き上がる。
「まったく……。いつもそうやってお戯れになられると嫌われてしまいますぞ」
「好きな子にはついイタズラをしちゃうものだ。男ならしょうがない」
「そのベクトルがペレネ騎士団長だけに向いていれば、多少考慮の余地も生まれたでしょうが、他にも粉をかけているのでは応えられますまい」
何か含蓄のある言葉だな、歳を取ると言葉に含みを持たせるのが流行っているようで気に食わん。
女性を誘う時に『遅くなっちゃったけど……どうする?』などとまどろっしい物言いをせずに、『ヤらせろ!』と力強く言った方がいいんじゃないか、と思う今日この頃。いやそれはそれでいじらしさがなくなるから却下だな。
開けっ広げなエッチは逆にエロくなくなる理論。服を着てるから全裸に欲情するのであって、日頃からすっぽんぽんなら欲情なんてしないだろう。多分。いやそんなことはないなすっげえエッチだわ。
面白半分で始めた絵本製作だが、いつの間にかガチでやらなければならない空気が漂っている。なんかこう、圧が凄い。これは完成しない限り解放されそうにないな……。
なし崩し的に気合を入れざるを得なくなり、俺は頭からやり直すことにした。現段階では物語の最初と最後だけは決まっている。
最後は当然、俺の酒池肉林ハーレムエンドで決まっている。これだけは何としてでも捻じ込む。じゃないと俺が絵本の価値を見い出せなくなる。目指せ、子どもを精通させる本!
そして冒頭は王の偉大さに全国民が気付くものでなければならない。となれば必然大筋が見えてくる。
マケオンに睨まれながら、俺はスラスラと始まりの文章を書き殴った。
『――――これはエロイッサム王国現国王・エロス六世の偉大なる物語である。』
今日は昼と夕方にも投稿します!