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後日談

あらすじ:ユリアとイサベル親子は二人で暮らしていくつもりだった。しかしカミルがユリアと付き合い始めたので、若干の方針転換を迫られているのだった。


「……ユリアとカミルで新居の下見。二人っきりにして大丈夫なの?」


 イサベルは乗合馬車の発着所まで見送りに来てくれたアリサの発言に、思わず苦笑を浮かべてしまう。近くに行楽地があるので、今から王都方面に帰る人達がちらほらと馬車を待っていた。一緒に来てくれたアリサの上の息子夫婦、アレックスとモニカは自分達が話しやすいようにか、少し離れた時計塔の周りに設置された花壇を熱心に覗き込んでいた。



 娘のユリアと週末にやってくるカミルがいそいそと出かけるのをよそに、イサベルは家でのんびりお掃除をするつもりだった。しかしそれも続くと二人に気を遣わせるだろうと、今週は思い切って友人の家に足を伸ばした。昨日の夜に娘のユリアとミートパイを焼いて、それを手土産に訪問した。


エイレム家はイサベルの友人のアリサがいて、ユリアは幼少期にお世話になった家、カミルにとっては実家である。向こうは人数がいるので、少々多くても食べきってくれるだろう。イサベルが実の姉のように慕っているアリサはユリアをとても可愛がってくれていたので、二人が交際を始めてからも、自分の息子よりこちらを心配する発言が多い。


 イサベルの、休日は必ず一緒に過ごしていた大切な一人娘は今日、だけではなく最近は別行動が多い。決して親子仲が険悪なわけではなく単純に、ユリアには他に一緒にいるべき相手ができたという喜ばしい理由である。


「……だってもう、あの子達は結婚するから」


 二人きりにして、とアリサは恋人同士になってからの、二人の仲睦まじいやり取りを間近に見ていないので、随分的外れな発言に思えた。週末、カミルはユリアのところへやって来る。一緒に本を覗き込んだり、台所では熱心に手伝ってくれたりして過ごしていた。



「ほら、……いつだったかカミル君が延々と牛すじ肉のトマト煮込みを作っていた時。あの二人にはずっとあれを食べさせられている感じ」


 エイレム一家に三人で足を伸ばす事も何度かあって、その際にはカミルが大量調理は軍の訓練でやった、と張り切って手料理を振る舞っていた。ユリアやエイレム家の家政婦マルチナが手伝って、大鍋から美味しそうな匂いを辺りに漂わせた。しかしどれだけ肉を買い求めたのか、お皿のどこを掬っても肉の欠片が入っている、というかなり食べ応えのある料理だった。

 おまけに軍人向けの分量そのままで作ったためにどうしても食べきれず、一家の主でもあるカミルの父が近くの孤児院の子供達を招集した。いそいそとお皿とスプーンを持ってやって来た彼らの手を借りてようやく、完食したのである。その腹ペコの子供達にすら今日は夕ご飯要らない、と苦笑いされていたが。


「……よくわからないんだけど」

「とにかく胸焼けしそうよ。若いっていいよね」


 まあ、とイサベルの話に相槌を打ったのは、いつの間にか近くに来ていたモニカだった。話している間に馬車が近くまで来ていたらしく車輪とぱかぱかと馬の蹄の音が聞こえた。


「……イサベル、カミルはね、周囲が一か二くらいの進行度合いだと思っても、本人の中では既に九とか十とか、もう話が終わっているなんてよくある事って、そう言えばこの間ユリアが教えてくれたっけ」

「それもよくわからないんだけど、アリサ」


 ユリアはよく見ているなって思ったの、とカミルの母親は肩を竦めている。弟が迷惑かけてすみません、と恐縮している風のアレックス達に、イサベルは改めて今日のお礼を重ねた。


「私もいい加減、子離れしないと。……今日はどうもありがとうございました、お土産を開けるのが今から楽しみよ」


 見送りに来てくれた三人に手を振りながら、イサベルは馬車に乗り込んだ。 過ごしやすい季節で天候にも恵まれた週末、という事もあって座席は全て埋まっている。年配の夫婦が数組、それからまだ幼い子供連れが乗っていた。子供は父親の膝でぐっすりと寝入っていて、きっと一日楽しい時間を過ごしたのだろう。そんな微笑ましい光景が容易に想像できて、自然と口元が綻んだ。


 それからイサベル自身にも、自分の娘の手を引いて歩いた時期があったな、と懐かしい気持ちになった。


 子供時代のユリアはこの街で大きくなったのだけれど、イサベルはそこに月に一度の仕事の休みにしか参加できなかった。手のかからない娘だったのではなく、あまり構ってやれない母親だった。収入を得るのにとにかく必死だった。

 自分の子供を、あの人の忘れ形見でもある娘を手放したくなかったけれど、当のユリアはきっと寂しい思いをしていただろう。


 そんな母親を健気に待っていたあのユリアが、とイサベルは本日は別行動をとっている娘の事を思い浮かべる。この間までは指輪を探しに宝飾店をあちこち見て回って、今度は二人で住む家を探す事にしたらしい。

 

 少し前に、イサベルも意見を求められた。その時は花壇がある家が良いよね、といつも綺麗な花に囲まれているアリサの家の事を思い浮かべながら、返事をした。

 それだけなの、と娘に聞かれたが、イサベルが一緒に住むわけでもないので、それ以上はあまり口を出すのは控えておいた。

 カミル青年は申し分のない相手で、ユリアの淡い初恋の相手でもある。それが叶うなんてまるでおとぎ話の魔法みたいに綺麗な結末だと思った。 


 だから寂しいなんて絶対に、娘本人の耳に入るような事があってはならない。 









 

 まだユリアとカミルが付き合い始めたばかりの頃は、週末にカミルがユリアに会いにやって来るので、食事の量も二人っきりだった時よりも随分増えた。特に以前より買いに出かける機会も購入額も、カミルの分で大幅に増えた肉屋ではとても不思議がられた。


「ああ、それは娘に……」

「お母さん」


 ユリアはこちらを肘で突いて、お肉は身体に良いって聞いたんです、と店主に向かって謎の誤魔化し方を試みている。それからバッグの中から食材買い出し用の財布を出して、素早く会計を済ませた。共用の財布は最近、カミルが以前に使っていた軍の支給品でもある黒い革製に変わった。中身もせめてお肉代は、と足してくれている。

 買い物を済ませた二人は往来を行き交う人々を上手に避けながら歩いた。


「だってユリア、『あの格好いい人は誰だろう』って、あちこちで噂になっているの知らないの? 恋人だってちゃんと言っておかないと」

「……この前、カミルさんに見られているよ、って教えてあげたの。そうしたらなるほどね、みたいな顔をしてさ」


 ユリアが実際にイサベルの腰に手を回して来たので、親子はぴったりくっついて歩く事になった。カミルがこの場にいないにも拘らず、娘が耳まで赤くなっているのは、寒いからというわけではなさそうだった。


 イサベルとしては、カミルの一番良いところは娘のユリアに優しい事だが、客観的に見ても容姿が人一倍魅力的なのは否定できない。幼少期には実の母親から、見た目だけは天使のように可愛いとため息混じりに評されていた。現在はそこに性別本来の男らしさや精悍さが加わって、娘の恋人という贔屓目なしにしても、素敵な青年である事は間違いない。

 子供の頃は大層やんちゃだったそうだが、イサベルはお行儀のいいところばかりに行き会い、ユリアからとても優しいお兄ちゃんだと嬉しそうに話してくれるのを聞くので、アリサとはいつも話が食い違う。


「私はカミル君の行動で正解だと思ったんだけど、ユリアは違うの?」

「……お母さんまで、カミルさんと同じ事を言わないで」


 実の娘からの拗ねたような視線を感じつつも、イサベルはユリアが年頃の娘らしい言動が増えた事を密かに嬉しく思っていた。

 現在の住所がパン屋の二階なのは、売れ残りのパンを分けてもらえるかもしれないから。そして服屋さんで経理を手伝う、とユリアが決めて来た時も、理由はきっと衣服を従業員価格で手に入れられるだろうから、だった。


 親子二人だけの慎ましい生活のせいで、ユリアの頭の中が将来の金策でいっぱいになってしまったのは間違いなくイサベルに責任がある。


「前々から思っていたけど、ユリアはお洒落だね。可愛いなあ」


 しかしそんなユリアをたったの、食事中の何気ない一言で舞い上がらせてしまうのだから、初恋のお兄さんという存在は偉大だ。

 このやり取りのしばらく後に、カミルとユリアでお揃いの特別な指輪を購入して来た時も、上の空で食事もそっちのけになって、ソファに座って指輪をいつまでも眺めていた。

 その、普段のしっかりとした娘の様子とはまた違った表情を横目に、隣に座ったイサベルは日当たりの良い場所に飾ってある小さな肖像画をぼんやりと見つめた。絵の中からはいつもと同じく、生真面目な顔つきがこちらを見つめ返す。


 ユリアはこれから幸せになるのだ。駆け落ちしたような女の、と誹りを受ける事もない。カミルもエイレム一家もとても親切である。


「良かったねえ、ユリア」


 できる限り優しい声を掛けると、ユリアは小さな子供みたいにこちらに身体を寄せて来た。イサベルはよしよしと背を撫でてやりながら、もう残り少ないであろう親子だけの時間の事を思った。

 

  





 乗合馬車の前部分の幌が外から捲られて、御者が顔を出した。もうすぐ着くから忘れ物に気をつけて、との知らせを受けてイサベルの周囲では荷物の確認や、ぐっすり寝入っている連れ合いを起こしにかかっている。


 イサベルも多少はウトウトとしたようで、夢の中の幸せな、しかししんみりとした気分を晴らすために、忘れ物がないかどうかの点検を繰り返した。エイレム一家の面々が持たせてくれた大荷物を馬車に残していくわけにはいかない。


 やがて馬車が止まり、イサベルが後ろ部分から乗客の列の一番最後に顔を出すと、目の前には美しい夕焼けと、それから見知った顔がこちらの様子を窺っているのが見えた。


「あ、来た来た」


 そんな声が微かに聞こえて、背の高いカミルがこちらへ手を振っている。その横でもユリアが、こちらに気づくようにと盛んに同じような動きを繰り返した。

 周囲の、主に女性達がカミルに視線を送っているが、彼はこちらばかり見ていて気が付いた様子はない。わかっていて無視している可能性もある。


 空いている方の手はユリアの腰にさり気なく回っていて、ユリアの方も身を寄せるのに抵抗があるようには見えない。これで恋人同士以外に見えたら一体何だ、と言わんばかりに二人は笑顔で手を振った。


「お母さん、乗っていないのかと思っちゃった。だってなかなか出て来ないんだから」

「ごめん、ちょっと途中で寝ていたのよ」

 

 重かったでしょう、とエイレム一家からお土産にもらって来た大荷物のイサベルを見て苦笑して、ささっと二人は半分以上を請け負ってくれた。


「……もう少し、加減を覚えて欲しいですよね」

「カミル君にも持って行ってもらう前提なのよ」


 食べ物や、それから冬を迎える季節の代わり目なので、刺繍を施した防寒用の布製品がたくさん。モニカが植える時期を事細かに説明してくれた花の種など。

 この種もきっと、二人は新居で植える事になるだろう。そう思うとイサベルはまたしんみりとした気持ちになりそうだ。


 夕食はエイレムの家で焼いてくれた南瓜のパイ、という事になって、三人は暗くなる家路を急いだ。店じまいをしているパン屋の主人に挨拶をしつつ、三人は二階の部屋に辿り着いて、てきぱきと荷解きと夕食の支度を開始した。イサベルとユリアで、すぐ食べる物とそうではない物、カミルに持たせる分、と大まかに分けて行く。


 作業をしながらイサベルは、エイレム一家が相変わらず元気そうな事を報告した。領主代行の仕事も順調のようで、随分と頼りにされているらしい。

 カミルも勝手知ったるもので、朝に作っておいたスープを温め直し、ワインの栓を抜いた。窓辺に飾ってある小さな額縁の前にも一切れ分配しつつ、やれやれと三人は席についた。食前の祈りを捧げて、ようやくご馳走にありついた。



「二人の方はどうだったの?」   


 お酒としっとりとした南瓜のパイでお腹がいっぱいになったイサベルが二人に尋ねると、気になる物件を片端から見学していたらしい。


「……都合の悪い事までわざわざ宣伝に書かないからね、やっぱり一通りは見ておかないと。間取りや見た目は最悪どうにかできるけど、そうじゃない部分も多いから」


 やはり金額の大きい買い物だけあって二人は慎重になっているようだ。職場やお店からの通いやすさに近隣住民の事まで考慮しているらしく、これはなかなか時間がかかりそうな話だった。


「条件の良さそうな場所を二人で選んだので、イサベルさんにも資料に目を通してもらわないと」

「……二人がここだって思った場所にするべきでしょう。あなた達が住むんだから」


 イサベルの発言に、ユリアとカミルは何だか不思議そうな表情を浮かべた。


「お母さんは自分の部屋は一階と二階、どっちがいいの? それでも少し変わって来ると思う」

「どうしてそんなに他人事なんです、一緒に住むのに」

「だってそんなの……、ちょっと待って、誰が住むの」


 ユリアはカミルと視線を合わせて、それから母親を見やった。ここまで話が進んだ段階でようやく三人はそもそもの前提が食い違っていた事を悟った。


「それでは多数決を取ります、この三人で住んだ方が良いと思う人!」

「はーい」


 カミルがその沈黙をすかさず破り、勝手に多数決を取ってユリアとハイタッチしている。決まり、とその後でワインでもう一回、と乾杯までした。


「……ちょっと待って。普通は二人っきりで住むのが楽しみなんじゃ……」


 イサベルは自分の認識と目の前の二人の意見との隔たりに気づき、慌てて問い質した。

 

「その新生活に、ユリアがイサベルさんの事が心配で集中できなかったら大問題でしょう。今のイサベルさんの仕事先にも近い場所で頑張って探したんですから」


 カミルの言い分は何だか矛盾しているようにも聞こえたが、確かに渡された大量の資料の番地はどこも見覚えのある区画が並んでいる。

 収入的には家政婦さんも見つけないといけないんだ、とイサベルが唖然としている間にも話は勝手に進行していく。


「あのねお母さん、カミルさんったら、一番最初にお母さんも一緒に住もうねって言ってくれたの。優しいでしょ」


 ワインの影響と恋人の自慢で少々赤くなっているユリアがわざわざ椅子と一緒にこちらへ寄って来た。いっぱい呑んでね、と勝手にボトルの中身をイサベルのグラスに注いだ。


「イサベルさんもいい加減、僕達が同じ家の中で仲良くしているのにも慣れたでしょうから、なんとかなりますよ」


 へへへ、とカミルは暢気な照れ笑いを浮かべている。ユリアはカミルさんたら、とわざわざ席を立って反対側に回った。カミルの中ではもう話の決着はついているかもよ、なんてアリサから受けた忠告をゆっくりと思い出した。


 仲良く笑い合っている二人を横目に、イサベルが口をつけたのは確かにいつも同じ店で買うワインである。けれどやれやれと吐き出したため息も含めて、今まで一番幸せな味がしたような気がしたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] とても優しく、素敵なお話をありがとうございました。 穏やかで大きな事件はないけれど、家族や人のあたたかさを感じられるお話でした。 古き良きイギリスの素敵な短編を読んだような気持ちで、ユリアと…
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