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やっぱりキスは好きな人と。

作者: 春駒

ごめんなさい。

先に謝っておきます。

練習なのです、練習!

以後、頑張ります。

 緑豊かな、ここは王立アカデミーの中庭である。

 入学式の行われた秋の日より半年、季節は春の装いに包まれて、隣国より友好の証として送られたサクラの花が満開に咲き乱れた美しい風景。

 その片隅、校舎の陰に隠れ、周りからの視線から隠された死角とも言うべき場所には、二人の少女が向き合っていた。


「あの、それでお話しというのは?」


 鈴が転がるようなと形容詞をつけたくなる声を発した可憐な少女は、小柄で非常に華奢な肢体に、柔らかな金髪と澄んだ菫色の瞳を持った、まるで妖精のような儚い印象だ。


「だからっ!ちゃんと私を苛めなさいって言ってんのよっ!」


 方やどう見ても、対する少女より一回り大きな体に、ピンクブロンド。金色の瞳の顔は確かに整って可愛らしいが、剣呑に眉を顰めて、叫ぶ声はかなりのドスがきいている。


「まあ。

 何故、わたくしがお名前も存じ上げない方を苛めなくてはならないのですか?」


 菫色の瞳が大きく見開かれて、如何にも驚きを隠せないと、小さな桃色の唇までポカンと開かれた。


「貴女が苛めてくれないと、攻略が進まないのよっ!」


「攻略?」


「そうよっ!

 良い?私はシャーロット・デリオン男爵令嬢。この世界のヒロインなのよ。

 私はここで王太子様に見初められて、将来の王妃になる運命なの。

 その為に、あんたはさっさと国へ強制送還されなくちゃならないのよっ!」


「まぁ!シャーロット様はユリウス様の恋人であらせられるのね?」


 少女の陰に潜んだ守護獣である俺は、無邪気なその驚きに嘆息する。

 天然とは、かくも恐ろしいものなのかと。

 どう考えても違う。

 あの姫さん溺愛ヤンデレストーカーが、浮気なんかするわけがない。っていうか俺が許さない。

 王太子の婚約者で、しかも同盟国の第三王女に対する、男爵令嬢の態度もとんでもないものだ。

 この女の頭が花畑なだけだが、如何せん、うちの姫さんの頭はもっと花畑なのだ。


「わかったら、さっさと私を苛めなさいよ」


「え?どうしてですの?」


「私とユリウス様が仲良くなる為に決まってるでしょう?」


 肩でぜいぜい息をする男爵令嬢は、いきなり王女に向かって突進してくる。

 もちろん、そんな事は許さない。

 ヒョイっと王女を抱えて脇に避ければ、見事に彼女は大地に顔からスライディングした。


「いったっっいっ!なんで避けんのよっっっ!」


 怒鳴る彼女に、王女はオロオロしながらよせば良いのに近寄っていく。


「申し訳ありません、大丈夫ですか?」


 本気で心配しているのだから、姫さんの頭は春の陽気だ。


「……陰険根暗のブス王女の癖に。

 だいたいモブにもいなかったのに、ヒロインに勝てるとでも思ってんの?」


 ブスはどっちだ。

 小さ過ぎる呟きが聞こえたのは、たぶん守護獣にして聖獣の俺だけ。

 王女を探してやっとたどり着いた王太子以下、取り巻き連中には聞こえていない。


「何をしている?」


 眉間に皺を寄せ、倒れている男爵令嬢と王女を交互に見つめる王太子ユリウスは、見目麗しい、根っからの王子様だ。

 サラサラの黒髪に、切れ長の瞳は黒曜石。

 硬質な印象は軽薄さを微塵も感じさせず、威厳と風格を漂わせる。

 19歳という若さで、このカリスマには、心から関心する。

 中身もハイスペックを絵に描いたような王子だが、残念な事にヤンデレだ。

 ストーカーで、変態…いや、思春期の青少年か……

 と、いきなり立ち上がった男爵令嬢は、瞳に涙を浮かべながら、王太子の胸に飛び込んだ。

 この場に居た全員が固まった。

 うん、俺含む。

 面目無い。


「クローディア様が、私を突き飛ばしたのです。

 身分の低い私にはこのアカデミーで学ぶ権利はないとおっしゃって……」


 よよ、と泣き崩れる姿は、まあ三文芝居だな。

 動けない王太子は、この女に触るのが嫌で振り払えない、と見た。


「貴女は?」


 最初に正気を取り戻したのは、この国の宰相の息子で公爵家の嫡男エドワード。

 陰険根暗とはこいつの事を言うのだよ?男爵令嬢。


「はいっ!

 シャーロット・デリオン男爵令嬢でございますっ!」


 さっきまで泣いて居たのに、ニコニコと満面の笑みで良いお返事。

 エドに、王太子から引き離されると、今度は彼の腕に縋り付く。

 ない胸押し付けて。


「ああ、デリオン男爵れい…

「いやですわ、シャーロットとお呼びください、ユリウス様」


 王子の言葉を遮った挙句、許されてもいないのにファーストネーム呼び。

 なんだ、この女。

 あ、いやこれは、好機なのか?

 我が主人にとっては。


「ユリウス様」


 今まで黙って居た主人が、顔を上げる。

 ああ、やっぱりこの顔は。


「クローディア、いったい何が?」


 駆けよろうとした王太子の腕に、また絡みつく男爵令嬢。

 物凄く嫌そうなユリウスの顔が面白い。


「もう、そうならそうと早く仰って下されば良かったのに。

 直ぐにお父様に報告致します!

 良かったわぁ、どうぞお幸せにね。

 グリフィン」


『お部屋で?』


「お願い」


 サッと尻尾で姫さんを背中に乗せると、ユリウス達が慌て始める。


「ちょっ!どういう事なの?

 クローディアっ!?」


「「姫様っっ!?」」


 今一度駆けよろうとするユリウス達を振り切って、空に舞い上がる。

 もちろん、俺について来られる人間はいやしない。

 そのまま、寮の姫の部屋へと、俺は空を駆け抜けた。














 ああ、どうしよう、どうしたら良い?

 霊獣同士の伝達の速さに、思わず仰け反りそうになる。

 悲痛な顔と言うのが正しい表情と、一国の主人とも思えない髪振り乱した姿に、父が報告を聞いて飛んできたのが見て取れた。いや、俺が女子寮で入れろ、入れないで揉めてる間に来たのだから、その迅速さに恐れ入るが。


「……どういうつもりなんだ、ユリウス」


 心労が祟って今にも死にそうだ。

 いや、俺だって変わらない。


「そんなに苦しまないでくださいませ。

 私は大丈夫です。クローディア様の事は、あまり重い処分になさらないで?

 国外追放で十分ですわ」


 横から聞こえた声に、絶句した。

 もちろん、父王も。

 っていうか、なんでここに居るの?


「こ、国外追放?」


 呆けたような声を出したのは、父と共に駆けつけた宰相だ。

 この子が何を言いたいのか解らないという表情で。

 もちろん、俺にも解らない。


「はい。

 あとは婚約破棄して下されば、何の問題もありません」


 婚約破棄って、誰と誰の婚約?

 呆然とした俺は、父王の厳しい視線で我に返った。

 俺か?

 俺とクローディアの……


「私、頑張って立派な次期王妃になってみせますわ」


 ニッコリ笑う男爵令嬢に寒気がした。


「で、デリオン男爵令嬢、ちょっとこちらに」


 慌てたようにエドが彼女を連れて行こうとしたが、彼女はそんな彼に流し目を送り、ウィンクを飛ばした。

 思わず、あんぐりと口が開く。

 王太子としては、あってはならない失態だが。


「まあ、エドワード様。

 嫉妬なさらないで。

 私は貴方の事ももちろん大好きですわよ」


「はい?」


 あ、エドも顎が外れている。

 だよな。

 そうなるよな。


「………本気なのか、ユリウス。

 クローディア姫と婚約破棄して、その女と結婚したいのか?」


 地を這うように低い父の声に、俺は慌てて首を横に振ったが、


「ええ。

 ユリウス様は同級生に意地悪をされるような小国の第三王女なんかより、明るくて無邪気な私を選んで下さったのですわ」


 選んでないっっ!

 誰が、明るくて無邪気だっ!

 邪気の塊じゃないかっっっっ!


「………解った。

 その結果がどうなるか、もちろん賢いお前には解っているな?」


 え?


「いや、違いますっ!父上っ!」


「何が違うというのだ。

 お前は、お前自身が願い出て、国を挙げてやっと頼み込み了解を得たばかりの婚約を反故にして、その頭の悪そうな娘をタラし込んだんだろう?」


「たらし……って、違います、陛下っ!

 私は決してそのような事はっ!」


「ええい、真実などどうでもいいっ!

 クローディア姫は、一刻も早く国へ帰りたいと仰せだ。

 このままでは神聖王国は我が国との同盟を破棄するだろう事は想像に難くない。

 国を潰す気か?ユリウスっ!」


 くそ、何でこうなったんだっっっ!?










『で?姫さん、どうすんの?』


 嬉々として侍女に荷物をまとめさせている主人のベッドで、ダラリと寝そべっている俺に、彼女はニッコリと微笑んだ。


「帰れるのよ、グリフィンっ!

 嬉しくないの?」


 いや、嬉しいと言えば嬉しいかも知れないが、良いのか?とも思うのだ。

 あのヤンデレが姫さんを本当に好きなのは間違いない。それだけは俺も認めている。

 それにどう見ても、あれはあの女が変なだけで、ヤンデレに非はないような気がするし。


「なあに?その顔。

 貴方、ユリウスの事、嫌ってたくせに」


 うーん。

 嫌ってるっていうか、ただの嫉妬っていうか……


『ユリウス、謝りに来てたよ?』


 さっきまで下で騒いでたしな。

 国王に引き摺られて行ったけど、あれはかなりのお説教をくらう筈だ。


「良いのよ。

 ユリウスはシャーロットと結婚するのが、デフォなんだから」


『はい?』


「それが決まりなの。

 ここで私と結婚なんてしてごらんなさい。

 貴方の加護もあるんだから、国の命運が変わっちゃうでしょ?

 この先、この国は滅びる予定なんだから」


 えーっと。

 それは、またあの前世の記憶とかに寄るものなのかな。


『……姫さん、本当にそれで良いのかよ』


 ユリウスの事、嫌いじゃないだろ?

 この国から留学に来ていた彼を見て、目を輝かせてたじゃないか。

 国が滅びるのはまあ間違いない。

 クローディアを邪険に扱った事は、もう国中の精霊達にバレている。

 っていうか、邪険に扱ったのは、あの女だけだけど。

 婚約破棄して、姫さんが国に帰れば、この国の精霊は皆一緒に付いて帰ってくるだろう。そうなれば、この国は作物も育たない枯れ野と化すまでに、そう時間はかからない。

 知ってるんだぜ?

 精霊の加護が薄くなってしまったこの国の為に、姫さんがこの婚約を承諾した事。

 なのに、放り出して良いのかよ。


「やっぱりね、運命ってさ変えられないんだと思う。

 だって、ヒロインが来ちゃったんだもん。

 私の出番は終わりよ」


『姫さん』


 姫さんは一国の王女らしからぬ勢いで、ベッドにポンっと飛び乗って来た。

 そのまま俺の上に覆いかぶさって、背中の毛に顔を埋める。

 モフモフ最高、とか言いながら。


「本当はさ、我慢しようと思ったのよ?

 でも、ユリウスっ!

 ハッキリ言って気持ち悪いんだもん」


 うん、それは否定しない。

 あの男は気持ち悪い。


「小説で読んでた時は、『ダイヤの首輪とサファイアの首輪、どちらが君の華奢な首に映えるだろう』とか『君を鳥籠に閉じ込めて誰の目にも触れさせたくない』とかヤンデレ好きだったから、それなりにキュンキュンしたんだけど……現実で言われると寒気がしたのよ……

 小説だから、良かったのよね。あれ。

 妙にベタベタ触ってくるし、隙あらば髪の毛とか指先とかに口付けるとか。この前なんて舐めたのよ?ベチョっとっ!サブイボが全身に発症したわよっ!

 もう現実だったら、やってらんないっ!きしょいっ!死ぬっ!」


 潔癖だな、精神年齢が高くても、流石にまだ16才。


『残念ながら、男ってのはそういう生き物だ』


 ため息を吐いて、背中の彼女をコロリとベッドに転がし、逆に上から押さえつけた。

 人型を取るのは久しぶりだが、俺の変容に彼女は些かも動じない。


「珍しいね、グリフィン」


 ギュッと抱き込んで、その頰に口付ける。

 ほら、気持ち悪いのは、奴だけじゃない。


「バカねぇ」


『何が?』


「言っておくけど、グリフィンが何しても気持ち悪くないわよ?」


 は?


「これでも、前世じゃ子供が二人居たんだから。

 思春期の潔癖とは違うのよ」


 クスクス笑う声に反応を返せない。

 そんな俺を尚も可笑しそうに見つめながら、彼女の両手が首にかかる。

 唇に柔らかな感触を感じて、ますます硬直するしかない。


「間違ってたのよ。ユリウスじゃなかった。

 私、グリフィンが好きなの」


『俺は獣だ』


「良いんじゃない?

 モフモフ大好き」


 言いながら、また口付けてくる。

 ってか、キス上手すぎっ!

 というか、もうダメだ。

 人間にここまで翻弄されるとは。

 世界に一匹しかいない聖なる獣としては、どうなんだ?


「ああ、やっぱ好きな人じゃないとダメよね」


 それは……全くもって同感だ。











 国王に有無を言わせず、転移で国に戻った後、クローディアを伴侶にと願った俺に、神は呆れた顔をしたものの、仕方がないとばかりに、彼女を神格へと押し上げてくれた。

 これで寿命の違いに思い悩む事もない。

 俺達は幸せに暮らした事を明記しておく。

 え?ユリウスの国?

 神聖王国に吸収合併されたよ。

 クローディア曰く、衰退していく国を、若い王太子夫妻が一生懸命立て直そうとするのだが、革命が起きて、王太子を庇ったシャーロットが死に、その後をユリウスが追うんだとか。

 ヒロイン最後まで読んでなかったのかな?とか訳がわからないセリフを付け足して。


「すっごいメロドラマで、号泣しちゃったんだから」


 明るく言った彼女だったが、実際は少し違う。

 ユリウスはシャーロットと結婚してないし、国ももう少し長持ちした。

 そう、ユリウスが老衰で亡くなるまで。


『やっぱ優しいな、クローディア』


 長持ちした理由は、彼女が精霊に働きかけたからだ。

 素直にそう言った俺を、物凄く悪い顔で見つめて。


「だって、ユリウス、王様の癖に生涯独身だったでしょ?


 元々、出会う筈のなかった私の為に結婚しなかったんだから、少しくらいの手助けは仕方ないわ」


『出会う筈がない?』


「そうよ。

 私があの国を見たかったからってだけだもん。

 モブですらないから、私。

 本当は別の婚約者が、シャーロットを虐める筈だったんだぁ」


 滅んだ後、神聖王国に吸収される予定だったとか、なんとか。


『……結婚、しなかったんじゃなくて、させなかったんじゃなかったか?』


「ええ?ソンナコトナイヨ」


 良い棒読みだ。

 結婚しそうになると、あの国に行って、ユリウスを誘惑しまくってた癖に。

 まあ、それに騙される奴も奴だが。

 毎回迎えに行かされる、こっちの身にもなって欲しい。


『……やっぱ好きだったんだろ?』


 見苦しいと思っていても、止められないのが嫉妬というものだ。


「好きだったわよ?前世でね。

 一番好きな小説の登場人物だったわ。

 実物はかなりのヘタレでがっかりしたけど」


 やっぱりな。


「でも、前世だって、私、旦那の方が好きだったわよ?

 もちろん、今はあなたが一番。

 元の旦那よりもね」


 そんな一言で、傾いた機嫌が治るのだから、俺も相当ヤバいだろう。

 まあ、そんなこんなで、俺達は幸せだ。

 



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