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大好きな婚約者◆ギフトボックス版◆  作者: ナユタ
◆アリスとハロルド◆
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*5* わたしがヒロイン?



『あちらの国での用事が終わり次第すぐに戻りますから。わたくしが留守の間に来客がいらっしゃるはずですから、お二人でお待ちになってね?』



 メリッサ様にしがみついてわたしが“わたし”と大泣きに泣いた翌々日。


 そうわたしに言い残してこの部屋の本当の住人であるメリッサ様は、旦那様になったアルバート様と一緒に隣国のお姫様のお誕生日パーティーに出かけて、それと入れ替わるようにイザベラが訪ねて来てくれたんだけど……。



『ご機嫌よう、アリス。下らない勘違いで泣けるくらいにお元気なようで何よりでしてよ?』



 二月と少しぶりのイザベラは、相変わらずの皮肉屋な第一声で。その癖とても優しくわたしの身体を抱き締めてくれたから、わたしはやっぱりまた大泣きしてしまって。


 だけどイザベラは嫌な顔一つせずに背中を撫で続けながら、どこか懐かしさを感じる子守歌を歌ってくれた。


 わたしがその子守歌を聴きながら、壊れてしまった母さんがずっと歌っていた子守歌の歌詞を思い出せない自分を情なしだと呟けば、イザベラは、



『馬鹿ね。子守歌なんてそんなものですわよ? 憶えていられる年頃と言えば、一人寝が出来るくらいじゃないの。そんな年頃まで歌ってもらうことの方が少ないわ。私の今歌ったこの子守歌だって、領地で誰かが子供を寝かしつける時に歌っていたのを聴いたのよ』



 呆れたように髪を指で梳きながらそう笑ってくれて――……わたしはその言葉に救われた。けれどだとしたら子守歌はどこからやってくるのだろう? 母親になれば自然と頭の中に降りてくるものなの? 


 “母性が何なのか分からなくても、不安な心を慰めるような子守歌を、わたしも憶えることが出来る?”


 そう訊こうとしたのに、泣き疲れた“わたし”の目蓋は重たくて。まだうわごとみたいにぐずぐず言う自分の声を聞きながら、イザベラの普通より僅かに高いアルトの歌声に、温かい水に飲まれるようにして意識が溶けた。


 翌朝、泣き疲れたわたしをそのままにしておけなかったらしいイザベラが真横で眠っていて驚いたんだけど……それよりも驚いたのは目の前に仁王立ちしたメイドさんがいたことかな。


 昨夜のまま二人そろって床に寝ていたところを、起こしに来てくれたメイドさんが発見してしまったんだよね。もー……物凄ーく怒られた。


 一応わたしよりはうんとお嬢様なイザベラも、隣でウンザリした表情をしていたから、お城のメイドさんはやっぱり普通のお屋敷のメイドさんよりマナーに厳しかったみたい。


 二人してちょこっとだけ“別にこれくらい良いじゃんねぇ?”というような目配せをしあっていたのがバレて、怒られる時間が一時間伸びたと二日後に戻って来たメリッサ様に話したら非常にウケた。


 イザベラと二人で笑いの発作に涙を浮かべて身を捩っているメリッサ様の元に、件のメイドさんをお連れしたのは言うまでもない。やっぱり笑いの提供は平等でないとね?


 ただ、メリッサ様はマナーのことで怒られた経験がなかったみたいでそれから一時間くらい落ち込んじゃったから、わたしとイザベラは様子を見に来たアルバート様にお小言をもらう羽目になっちゃった。


 というのも、メリッサ様ったら第一王子夫妻の元へ報告する前に寄ってくれたそうで、そのしょんぼりした状態のままアルバート様と一緒に隣国の報告しに行かなきゃならなくなったんだよね。


 アルバート様達が出て行った部屋に残されたイザベラと二人で“悪いことしたね”と反省しながら今度こそ大人しくその帰りを待つことにしたんだけど……その日の晩はアルバート様にメリッサ様を取り上げられちゃった。


 そんなこんなで、結局ゆっくり三人で再会を喜ぶことが出来たのはそのさらに翌日のこと。


 わたしが心配していたハロルド様関連で大泣きした事件には、二人とも全く触れる気はないみたいで、内心ビクビクしていたわたしはホッとする。


 だけど“無関心”という感じじゃなくて“話したくなったら話せば良い”という雰囲気を出してくれている感じだったので、二人の気遣いが今はまだ自分の気持ちが定まっていないわたしには嬉しかったんだ。


 それからは学園にいた頃のように、何となくお互いの近況や最近自分達がハマっていることを教え合っていたら、急にイザベラが「そう言えばお二人が以前から仰っていた“乙女小説”とはどんな物なのかしら? 私まだ読んでみたことがなくて」という。


 せっかくイザベラが興味を持ってくれたのだからと、わたしが現物のない状況でどう説明しようかと悩んでいたら、不意に向かい側のソファーに腰掛けていたメリッサ様が立ち上がって壁の本棚を押した。


 すると……何ということでしょう! 今まで小難しい背表紙ばかりが並んでいた本棚の奥から、キラキラと輝く特殊加工を施された、わたしも良く見覚えのある背表紙が並べられた本棚が現れたではありませんか――! 


 ……うん、お金持ちの考えることって平民にはよく分からないよね……。


 わたしも結構持ってる方だけど、蔵書数の桁が違う。今や劇作家になって、この分野から足を洗ってしまった売れっ子先生のサイン入りの絶版本もあるところに本気を感じたわ。


 メリッサ様は若干引き気味のわたし達を前にして「こ、こういう創作物に目を通すのも教養の一部でしてよ? 今回お招き頂いた隣国の姫君もご愛読していらっしゃいましたわ」と、相手の許可も取らずに暴露した。


 二重底の手の込んだ本棚から、メリッサ様が乙女小説を読んでときめく自分を知られることが多少恥ずかしいと感じているんだと思うけど――それ隣国のお姫様もそうだとしたらとんだとばっちりだと思うよ?


 そこからはもう、どの作品からイザベラに読ませるかでメリッサ様と揉めたり分かり合ったりして盛り上がった。でも取り敢えず読んだことがない人間に薦めるなら、まず分野を絞ろうということになったんだけど……。


 イザベラの出した索引ときたら“内政”だとか“商業”だとかばかりで、わたし達のときめき検索に引っかかりにくいから、途中からはメリッサ様と匙を投げて“職業物”でざっくりと用意してあげた。


 その後はもう同じ場所にいながら現地解散みたいなもので、銘々が気になった本を手に取り、メイドさんが用意してくれたお茶を飲みながらメリッサ様の私室で寛ぎきった姿で読書に耽っている真っ最中だ。


 けれど読書会を始めて二時間後――、


「うぅん、やっぱりおかしいですわね……。本当に私この巻の前の巻を読んだのかしら? 何だか前の巻と話が繋がりませんわ」


 そう溜息と共に本を閉じてわたしを見るイザベラの表情には“困惑”という文字がくっきり浮かび上がっているみたいだった。


「あら、それはおかしいですわね。わたくしの本棚にシリーズ物で欠品のある作品はないはずですけれど……イザベラさんが今お読みになっているのは何だったかしら?」


 そんなイザベラの声に視線を上げたメリッサ様が、わたしの前のソファーから立ち上がり、フカフカのクッションに身を沈めているイザベラに近付いて行く。次の瞬間、手許にある本の背表紙をメリッサ様に向けたイザベラに対し、メリッサ様が噴き出した。


「ふ、ふふふっ、いやだわ、笑ったりしてごめんなさい。だけどイザベラさん、これでは、ふふ、繋がるはずがありませんわよ」


 メリッサ様はそのまま口許を抑えてお上品に笑おうと努めているみたいだけど、イザベラは頬を赤く染めて「な、何ですの?」とオロオロしている。そこでわたしも気になって読みかけの本に一旦栞を挟んでイザベラの手にした本の題名を覗いてみたんだけど……。


「えぇ? ちょっとイザベラ~。それ冗談じゃないんだとしたら、かなり作者さんに対して失礼だよ?」


 というのも、今イザベラの手許にあるのは主人公がパティシエでケーキ屋を切り盛りする乙女小説で、さっきまでイザベラが読んでいたシリーズは主人公が下町の食堂を切り盛りする乙女小説なんだもん。


「最初の数行読んでみて気付かないかなぁ? それでシリーズ物として成り立つなら、その乙女小説の主人公は相当な遣り手だと思うよ。下町の食堂から畑違いのケーキ屋に販路広げるって、どんだけ商魂逞しいのさ。そんなの飲食業界で素人が挑んだら勇敢じゃなくて蛮勇だよ」


 わたしのその発言にメリッサ様は撃沈。膝から崩れ落ちるようにへたり込んで、それでも声を上げまいと必死に肩を震わせて何とか堪えている。イザベラはわたしの指摘に顔を真っ赤にして「そ、それも、そうですわね」と、自分が手にした本の表紙を確かめた。


「だけどその、そうだわ。この作品の表紙が似すぎているのがいけないのよ。作品の内容も何だか似通っているところが多いですし――」


 わたしに論破されてもまだ諦め悪く抵抗してみせるイザベラに、メリッサ様がついに限界を迎えて声を上げて笑う。良く通る透き通ったそのソプラノは、まるで綺麗な声をした新種の小鳥みたい。


 ただね……小鳥から出る声なら可愛いんだけど、人間の、しかも凄みのある美人からこの声が出ているんだと思うとちょっと怖いよ。


 普段との落差があるからどっちかというと、昔どこかで読んだ幻想絵物語りのハーピーみたい。上半身は美しい人間の女性で、下半身が大鷲系の猛禽類。確か歌声で人間の男性をおびき寄せて食べちゃうんだったかな?


 実は笑いのツボが緩かったんだねメリッサ様。だとしたら普段淑女の皮を被るのはわたしが被っていた猫より辛かっただろうな。


「うん、あのねイザベラ? こういうのは世の女の子の憧れをギューッと纏めた“王道物”なんだから似通ってて良いの」


「……これが世の女性の求める恋愛」


「そうだよ。普通の女の子なら心ときめく話の展開じゃない?」


「えぇと、ごめんなさい。良く理解出来ないのだけれど……主人公の女性がこんなに色んな男性の間でフラフラしているのが“王道物”なの?」


「コラ、もうちょっと言い方があるでしょ? それにそういうのがこの手の物語の売りなの。良い? 今から説明するから良く聞いて」


 わたしはやっぱりこの楽しみ方を全く理解していない様子のイザベラに向かい、ビシリと人差し指をつきつけて――……まだ笑いっ放しのメリッサ様にその指を握り込まされた。そこは淑女の通常運転なんだね。


「例えば今イザベラが読み進めようとしていた作品。色んな魅力的で身分のある男性達が、両親を亡くしても気丈に両親が残した下町の食堂で頑張る主人公に惹かれて“俺こそが彼女を妻に!”って競い合ったり、友情を深めたり、恋愛に鈍い主人公がその中で不意にドキッとさせられたり……みたいなのを楽しむものなの」


 何とかわたしの説明を理解しようとするイザベラは、こっちの予想していたさらに上の難しい表情をしている。


「あー、言い忘れてた。非日常を楽しみたいだけで、実際にフラフラした恋愛を楽しみたい訳じゃないよ? ここ重要!」


 するとその一言でようやく難しい表情をしていたイザベラの顔がパッと輝いた。うん、やっぱりそういうことか。


「そ、そうですわよね! いやだわ私ったら、ついこんな女性がダリウスの身近に現れたらどうしようかと思いながら読みふけってしまったわ」


「どれだけダリウス君好きなの……こういうの読んでて楽しむよりも先に、そういう心配する人って初めて見たよ」


 そんな斬新な読み方をしていたら、確かにこういう作品のヒロインは恐怖以外の何者でもなさそうだ。


 誰から見ても助けてあげたくなる頑張り屋で、たまにふと見せるどこか影のある放っておけない美少女とか……本当だ、婚約者側の視点から見たら大変かもねこんな女の子。


 その後は再び現地解散。思い思いの物語の世界に没頭していく。だけどわたしはチラリと二人の読む本の表紙を盗み見ていて、二人が選ぶ本の種類にある法則がことに気が付いた。


 ヒロインの呪縛から逃れたらしいイザベラは、それでもこの分野では地味な部類の“幼なじみ”や“一途”というあらすじの本を読み、笑いの発作が収まったメリッサ様はそれこそ王道物の中でもすれ違う“王子様”と“お姫様”の本を好んで読む。


 作者も発売された年数もバラバラだからきっと無意識のことなんだろうけど、ふと自分もそうなのかと考えて今日読んで積み上げた本を見やる。


 すると――。


「……あら? 二人が選んだ本の題名を見ていて気付いたのだけれど、今日アリスの選んだ本の題名はまるでハロルド様とアリスのことのようですわね」


 何も同じ瞬間にそんなことに気付かないでも良いのに、偶然視線を上げたイザベラがそう指摘してきたせいで、一気に頬に血の気が集中する。


 ちなみにわたしが今日読んでいた本は“騎士”と“身分差”が多いから、自分でも“まさかだよね?”と感じていたことを人から改めて指摘されるのって恥ずかしいし、居たたまれないよ!


「――まぁ、本当ですわ。無意識に好みに寄るものですのね。だけどその考察でいくと、イザベラさんもそうではないかしら? この男性の人物像はまるきりダリウスさんですもの」


 内心メリッサ様のそんな突っ込みに“よし道連れだ”と感じていたのに、イザベラはあっさり「そういうものを選んで読んでいたのですわ。その方が感情移入がしやすいのだもの」と認めてしまった。


 当然メリッサ様もイザベラから同じことを訊かれて、同じように返す。


 “ふぅん、二人そろって無自覚の惚気ですか。御馳走様です”なんてやさぐれていたら、そんなわたしの気配に気付いたのか……イザベラとメリッサ様は二人そろってこちらを振り向くと、その綺麗な顔をやや意地の悪い微笑みで彩ってこう言った。



「「あなたの場合少しの勇気を出せば、もう小説の恋愛模様に頼らないでもよろしいのではなくて?」」



 ……もう、簡単に言ってくれるんだから。



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