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大好きな婚約者◆ギフトボックス版◆  作者: ナユタ
◆アリスとハロルド◆

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3/33

*2* 理由がいるのか?

ハロルド視点でお送りします(´ω`*)<って、前回言ってたねw



 仕事帰りの一杯の為に生きてるという同僚の言葉に“酒はいつ呑んだって酒だろう?”みたいなことを返した過去の自分の発言を取り消したい。何ならオレの奢りでその同僚と肩を並べて飲み明かしても良いくらいだ。


 そんな風に心境の変化が起きたのも、オレにもようやくその楽しみ方が分かってきたところだからなんだが――。


 きっかけは良くある何てことのない単純で不純な動機だ。


 要するに、惚れた女が働いている姿を遠巻きに見ながら呑む酒が思いのほか旨かった。それ以上でも以下でもなく、本当にそれだけだ。


 まぁ、変わったことといえば、多少思い出の中の甘くて香ばしい焼き菓子の香りから年齢層が上がって、濃い酒の香りになったくらいだが……そう考えてみたら爛れた変化だな……。


 オレがここにいるのも、酒の楽しみ方ががらりと変わったのも、元はと言えばアリスの身柄を確保するために養子の先を探していた時に、偶然騎士団の古参で退団したばかりのリッキー・ロングに会ったせいだ。


 入団したばかりのオレの教育係として指導に当たったロングは、当時はまだ鬼のような指導者で、他の騎士団の連中を役不足だと調子に乗っていたオレをしごきまくった。


 騎士団長の息子相手に手加減も世辞もねぇ、けどそれがかえって新鮮で自分の剣術の腕に思い上がりかけていた当時のオレを、多少はまともに導いてくれた恩師だと思う。


 だから当時から『ハロルド様のようなしごき甲斐のある息子が欲しゅう御座いましたな』と、どこか寂しげに笑っていた印象が強く残っていた訳だ。


 そこでオレは咄嗟のこととはいえ『ハロルド様は相変わらずお元気そうですなぁ』と破顔したロングに思わず“なぁ、あんたの欲しがってた子供ってのは、息子じゃなくて娘じゃ駄目か!?”と詰め寄っちまった。


 最初は『この歳で養子など……妻も私もこの先どれほど生きられるか分からぬ身ですからなぁ』などと難色を示していたのに、それが今じゃあ思わずオレが嫉妬するくらい仲の良い親子ぶりらしい。


 ……そのせいでオレは渋るロングに何度も頭を下げ“娘にたかる悪い虫”呼ばわりされながらアリスの仕事先を聞き出す羽目になっちまった。最初に見せた難色は何だったんだよ……。


 けどまぁ、人選の間違いがなかったことと、確かに娘を持つ親からしたらオレは“悪い虫”なんだろうからそこは受け入れておくつもりだ。


 何とか聞き出した、もう行き着けと言っても良いくらい頻繁に足を運んでいる下町の酒場。


 そのカウンターの片隅で毎晩一杯だけの酒を呑みながら、店内の客席の間を縫うように忙しく働くアリスを見に来るのが日課だ。


 本当ならもう少し呑んでも良いところだが、アリスを安全に家まで送り届けようと思ったらあまり酒精を取りすぎるのも考えもんだからな。


 それにジョッキの載ったトレイを片手にクルクルと動き回っている姿は、出会った当時の姿と重なって可愛い。学園生活中の無理して猫を被ってた頃も可愛かったが、脱いで自由になったらこうして働いている姿が一番だ。


 お互い学園を卒業して仕事をする生活になってからは、日の高い時間帯に会う機会がなかなかない。むしろアリスは午前中を世話になった孤児院で働いて過ごしているし、オレはオレで騎士団の仕事柄城を私用で抜け出すことが出来ないから実質会える確率は皆無だ。


 だから心配ではあるものの、アリスがこうして酒場で働いてくれているのはありがたいし、家まで送り届けるという口実のお陰で短いながらも二人きりの時間も出来た。


 それに見に来るとは言っても、クリスの『毎晩強面の男が来るだけでもアレなのに、親しげに声をかけたりすれば彼女の評判に傷が付きますよ?』との助言に従って仕事中に親しげに声をかけたりはしねぇ。


 ただ“そもそもアイツは何でああもオレの取る行動に厳しいんだ?”と、その場に居合わせたアルバートに訊いたら『お前という人間を良く理解しているからだろう』と呆れられた。信用がないにも程がある。


 確かに直情径行型だとは自分でも感じちゃいるが、そこまで幼なじみ二人に言われる何をしたって――……いや、したか? あれとか、それとか、これとか、これも入れると……結構馬鹿なことはしたな、多分。


 思い当たる節を一通り指折り数えたら、片手で足りそうになくなったので途中で止める。というか、その案件のほぼ全部にアイツらも関わってるのに何でオレだけ責められるんだ?


 けど妙な客に絡まれでもすれば助言に従う訳にもいかねぇものの、この店の客は躾が行き届いているのか、それともまた別の圧力的な何かが働いているのか……酒場にしては大人しいもんだ。


 一日の労働を労いあってぶつけられるジョッキの音、酒で浮ついた気分で話題に上がる色町の女の名前、明日からの仕事の内容、それぞれの席についた人間にそれぞれの家庭と家族がいる。


 そんな当たり前みたいに思えたことが得られただけで、毎晩輝くような笑顔を見せて働くアリスを見ていると、ロングには感謝してるが、やっぱりどうしたってオレの手でその表情を手に入れたいと思っちまう。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、時々客に呼び止められて注文を取ろうと振り返ったアリスと偶然視線が合うだけでも心臓が跳ねる。恐らく素振りを千本したってここまで心拍数が上がることはねぇだろう。


 仕事中に声をかけないという自分への戒めが邪魔だが、嫌われたくはねぇしなと、取りあえず分かるか分からないかくらいの感じで手を振る。


 するとアリスはふいとそっぽを向いて違う客の元へと行っちまったが、無理やり押しかけてるだけだから、相手にされなくても仕方ねぇな。


 ――そう思って手許のジョッキをあおろうとしたら、すでに中身が空だったことに気付く。アリスの仕事上がりはまだ先みたいだし、二杯目を頼まねぇで店の中にいるのはマナー違反だろう。


 とはいえ、この店で提供されるのは店主の好みでどれも結構キツめの酒だから、二杯目を呑んでアリスを無事に送り届けられる(この場合オレも危険人物に含まれる)かは考えどころだ。


「……さて、どうするかな」


 誰に聞かせるでもなくポツリと漏れた言葉に「ちょっと、空いてるジョッキのけて」と上から聞き馴染んだ声が落ちてきた。弾かれたように見上げれば、そこには何故かやや不機嫌そうなアリスが立っていて「ジョッキ!」と再度催促してくる。


 訳も分からねぇまま言われた通りにジョッキを避けると、目の前に酒場では場違いな甘い香りのする紙袋が置かれた。ふんわりと嗅ぎなれた焦がしバターの香りが鼻腔をくすぐる。


 アリスから店内で話しかけられたのは初めてのことだったせいもあり、驚いて無言のまま紙袋とアーモンド型の紫色の瞳を交互に見やるオレを見て、アリスはその綺麗な目を猫のように細めた。


「毎日疲れてるのにお酒だけだと、胃が弱っちゃうでしょ。何か固形物も口に入れないと。騎士様なら自分の体調管理くらいしなきゃ駄目なんじゃないの?」

 

 そう一気に早口で言いながらも、心配してくれている雰囲気を感じて感動したせいで、一瞬まじまじとアリスの顔を眺めてしまう。するとアリスは猫の目からいつものアーモンド型の目に戻って「もうすぐで上がりだから」と言い残して別のテーブルへと去っていった。


 目の前からアリスがいなくなった途端、オレは模擬戦の時に相手の振るった剣が胸のプレートにぶち当たったような衝撃を感じる。


「……クソ、今のは反則だろ……」


 呟きながら、カウンターのオレに他の客の視線が集まっている気付いて、紙袋を抱え込むように隠す。酒が回っているのとは違うふわふわとした感覚を感じながら紙袋から一つ取り出して齧ったマドレーヌは、前に他の面子ともらった物よりもさらに数段旨い気がする。


 完璧に迷惑がられている一方通行な感情だと自覚がある分、こういう気遣いを見せられると期待しちまう自分がいた。


 ふと気付けば数人の若い男の客がオレを睨んで来やがるから、こっちもそいつらを睨み返してやる。――が、全員がすぐに視線を逸らす程度の思い入れ具合で興醒めだ。


 それにアリスのくれたマドレーヌは確かに旨かったんだが、欲を言えば結構前にしたはずの求婚の返事を早く聞きたいところだとも思う。


 ただそれでも食欲というのは人間の欲求の中でも強いもので、一時間後にアリスから“帰る”と目配せされて席を立つ頃には、もらった紙袋の中のマドレーヌはすっかりオレの胃袋の中へと消えていた。


 いつも通り僅かな時間差でオレが店の外に出ると、少し遅れてアリスが店から出てくる。


 一定の距離を保ちながら並んで歩くこの帰り道の時間が、もっと長けりゃ良いのにと思うのは、きっとオレだけだ。まだアリスの心に踏み込むには浅いオレとの時間がもどかしい。


 結局今夜も返事を聞く勇気が持てねぇオレは、アリスの怖がらない距離を保ちながらマドレーヌの礼を言うことぐらいしか出来ねぇで。


 案の定アリスはそれに「孤児院の子達に作った余りだから」と答えただけだったが、空を見上げれば星が出てると言い、風が吹けば夏が来るな、と。そんな当たり前な会話しか出来ねぇオレを見るアリスの目が、気のせいでも笑みの形に見える。


 アリスが笑ってくれる、ただそれだけで満足出来た学園での日々が、今ではもう遠い昔のようだ。



***



 ――翌日。


 昨夜のアリスの行動をどう判断すべきか悩んだオレは、そういう駆け引きについて詳しい人材を集めて情報収集をしようと思ったんだが――。


「面白いぐらいに飼い慣らされているところに水を差すのも何ですが……ハロルド、それはもう暗に断られているのではないですか? あなたのことです、アリス嬢の返事を聞き損ねていただけかもしれませんよ」


 オレが昨夜の説明を終えた直後の第一声がこれだからな……。


「流石にその辺で止めてやれクリス。仮に、もし、そうだったとしても、お前は何故せめてもう少しやんわりと言ってやれないんだ?」


「おや、本当にそれが気遣いだと思うのですかアルバート。やんわり言おうがバッサリ言おうが、すでに出ている結果は変わりませんよ。それに友人を望み薄な恋愛に留めおくことが果たして最良ですか?」


 そもそも城に勤め先が固定されている以上、そこに集まる面子は基本的に代わり映えがねぇ。そして人選自体は誤ってねぇが、この交友だけは未だに誤りだった気もする面子とくれば、自然とこの二人に絞られちまう自分の交友関係の狭さに驚くものがあるな。


「おいクリス。それにアルバート。ふざけるのは構わねぇが、おまえ等の言い残す言葉はそれで良いんだろうな?」


 長年連んで来ただけあって、こいつ等は普通の神経の人間なら言い淀むようなこともズバズバ言ってくる。しかもそれで間違いならまだ良いが、これが大抵的を射た物だからオレも懲りずに何度も頼る。


 凄まじく効率の悪いループにも思えるものの、かといって女心なんて複雑なもんはオレには分からねぇし。


 ――と、急にそれまで優雅に紅茶を飲みながら話していたクリスが、その女顔を幾分曇らせて溜息を吐く。今度は何を言われるのかと身構えたオレに向き直ったクリスが「良いですか?」と口火を切った。


「そもどうしても相談に乗れというから、ボクとアルバートは貴重な休憩時間を付き合っているんですよ。それをふざけているとは何ですか? しかもよくよく考えてみて下さい。ボクとアルバートはハロルドと違って、アリス嬢の人柄をあまり知らないんですよ? そんな状況でどう助言しろと言うんですか?」


「……う」


「まぁ、それはそうだな。今の話にしても、聞きようによってはハロルドに対して思わせ振りな素振りを取っているだけとも受け取れるが、お前が鈍いだけで実際はそれなりに脈があるようにも聞こえる。そんなあやふやな受け取り方を聞き手側が感じる時点でこの話し合いは無駄じゃないか?」


「……ぐ」


 ほらな、結局またこうしていつも通り二人からの“正論”という名の集中砲火に晒されるんだよ。クリスの言葉もアルバートの言葉も正しい。


 オレのこの苛立ちは何てことはない……アリスに面と向かって返事を訊けない自分の不甲斐なさからくるガキの八つ当たりだ。


 正気に戻って返す言葉もなくうなだれたオレに、二人から特大の溜息が向けられる。オレ達三人の関係はガキの頃から大体こうだ。


 分析型のクリスに、筋道を立てるアルバート。


 周囲の大人に手を焼かせて悪童と呼ばれる三人の中で、本当に馬鹿なのはオレだけだった。


「――ふむ、ではハロルドは何故そこまで彼女に固執するんでしょう? ボクからすれば男爵位をなくした時点で彼女はただの平民です。それなのに何故ハロルドにはそう見れないのです? 何か他の女性では駄目な理由でもあるのですか?」


 男にしては元々多少高い声質のクリスが意識して優しげな声音を出すと、大抵の女はコロリと騙される。それくらい聞き心地の良い声らしいが、オレにはこの声を出す時のクリスが悪魔に見えた。


「言われてみれば、まぁ、確かにそれは俺も疑問に感じたな。俺とメリッサはいわば運命共同体のようなところがあった。どちらも利己的な結び付きが始まりだが、途中からはなくてはならない関係になったというか……。ただそれも周囲の助けがなければ、今のように良好な関係には戻れなかったが」


 そう言いながら薬指にはめた輪に視線を落とすアルバートは、どこかガキの頃に初めてメリッサ嬢をオレとクリスの前に連れてきた時のような、眩しそうな表情をしていた。


「恐らく今のハロルドに足りないのは“彼女でなければいけない理由”とそれを認める“覚悟”です。この二つをはっきり持たない人間の言葉など、聞かされる人間には透けて見えるのですよ。彼女の生い立ちを考えれば、一目惚れだなんて確証も何もない理由では不安にもなるでしょうしね」


 ここへ来てまさかの“振り出しに戻れ”発言に軽く眩暈を覚えるが、残念ながらこの案にアルバートまでもが乗り気になりやがって、


「成程、そういうことなら対策も立てやすそうだな。ハロルド、どうせなら一週間かけて彼女でなければ駄目だと思う理由を箇条書きにでもしてみたらどうだ? 何か新しい求婚の言葉でも出るかもしれないぞ」


 とか抜かす始末に発展しやがる。だからつい「“好き”に理由がいるのかよ」と呻いたオレは悪くないと思いたいんだが――……。


 フッと含みのある笑みを浮かべたクリスが「むしろ“私のどこが好き?”かと後日聞かれる予行練習だと思えば良いんですよ」と応じ、それに対してアルバートが深く頷く。


 そこでオレは昔、屋敷で戦術の講義をしてくれた家庭教師の言葉を思い出した。あぁ、うろ覚えだが確か“古来多くの戦場に出た戦士の話に耳を傾けずに挑んだ戦で得た勝ちはない”とかだった気がするな……。


 腐れ縁とも言える幼なじみ二人のその表情にその教えを見たオレは、大人しくその案に従う為に深く頷き返すことしか出来なかった。


 求婚した後に恋愛の仕方を教わることになるとは……オレはいつアリスの口から返事を聞けるんだろうな……。



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