*∞* 君と僕とで種明かしを。
ダリウスとイザベラの後日談です\(*´ω`*)ノ
この二人もついにこれにてメデタシです!
この後にも出るかは今のところ未定ですが、
二人の焦れったさにお付き合い頂いてありがとう♪
指先に摘まんだ綺麗な香水の入っていそうなガラス瓶。その中には赤いワインのような色をした液体が入っていた。
「はぁ……イザベラの悪戯にも困ったものだなぁ……」
そう言いながら勝手にイザベラの荷物の中から転がり出てきたそれを拾って、中身を別の小瓶に入れ換えたあとで町の薬局に鑑定に回してしまう自分も大概だとは思う。けれど最近特に暴走し始めているイザベラを、これ以上走らせ続けるのも僕の理性的な意味で限界だ。
「こっちの準備もあと少しなんだから、出来ればもう少し待っていて欲しいところなんだけど……この感じだと無理だろうなぁ」
“男であればイザベラほどの美人から行動を起こされて嬉しくない筈がない”というのは周囲の思い違いで、実際のところは迫り方が段々過激になってきている最近では、こちらの胃が保たない状況になり始めている。
無論そうは言っても嬉しくないわけでもなければ、嫌いになったわけでもない。むしろ真逆だ。一緒に生活をする期間が長くなればなるほど、イザベラと離れていた間の愛おしさが募る。寝室が一緒になってからというもの理性で何とか堪えてはいるけれど、そろそろ色々と危ない。
僕がイザベラを“女性”として見られないのではなく、むしろイザベラの方が僕を本当の意味で“男性”だと思っていないと感じることがある。彼女は未だに子供の頃の気分でいるのではないだろうか。
――贅沢な悩みかもしれないが、僕の奥さんは積極的過ぎる。
そして僕は彼女が心配するほど消極的ではないのだけれど……まだクリス様からの返事が届かないうちは、胸を張ってイザベラの“夫”にはなれない。イザベラはこの領地に、僕等に沢山の恩恵をくれる。
それは彼女の在学中にしてくれた並々ならない努力のお陰で、僕が本来しなければならない努力の枠を大きく埋めてくれた。けれどそれを受け取るだけの存在になるのは嫌だ。僕もそれに応えないと。
かといって前面に“頑張っている感”を出してイザベラにアピールすれば、男前なうちの奥さんは僕の倍頑張ろうとするに違いない。そうさせない為にも王都に出かけてもらう時間を作っているのに、すぐに帰ってきてしまうものだから、水面下で話を進めるのが大変なんだよなぁ。
「パートナー契約をしたとは言っても、クリス様の目は厳しいからあともう少し案を煮詰めたかったのに……。いや、でもそれだとこれだけ強硬手段に走り出したイザベラが今度こそ怒るか」
彼女に嫌われたら死んでも死にきれない。今だってまだ離縁だと言われないのが不思議なくらいなのに。完全受注生産だからまだ原価率を考えたり、物が物だから気候変動に弱い部分の欠点をどうにかしないとと思っていたけれど、もう猶予はなさそうだ。
「何にしても当のイザベラがここまで準備と覚悟を決めてくれているんだから、取り敢えず今夜は乗り切るしかないよなぁ……」
執務用に与えられた一室。その窓から差し込んでくる日の光に翳した綺麗なガラスの小瓶を満たす赤ワイン色の液体。日差しが小瓶に反射して眼鏡のレンズを貫き、危うく眩しさに小瓶を取り落としかけて慌てた。
「せっかくこれを入手してきてくれたイザベラには悪いけど、代わりにコケモモのリキュールでも入れておこうか」
ひとまずそう結論付けて、眼鏡と小瓶を机の上に置いて閉ざした目蓋を指の腹で揉む。きっと変なところで怖がりなイザベラのことだから、この小瓶の蓋を開けて中身の確認をしたりはしていないはずだ。中の薬品は可哀想だけど捨ててしまおう。元から僕達には必要のないものなのだから。
「さてと。今晩分の理性が保つように畑の土に“お願い”でもして、体力を使い切ろうかなぁ!」
そう勢い良く立ち上がったところで、左手の薬指にある細い銀色の輪に視線が吸い寄せられる。土いじりの時はなくしたり汚したりしないように、以前イザベラが作ってくれた、首から提げられる小袋に入れる決まりになっているのだけど、引き抜く前の指輪に口付けを一つ落とす。
今の時間帯だと領地のにいる奥さん達と一緒に、糸を紡ぐ作業所に出かけているイザベラに、そっと口付けるように。
***
「ダリウス。聞きましたわよ? 今日も私がいない間に一人で畑に“お願い”をして回ったのですってね?」
夕食後に一家で団欒を終えた後、軽くお義父さんと書類の整理を終えてから就寝支度をして戻った寝室で、僕を待っていてくれたイザベラから開口一番拗ねたような声でそう告げられた。
寝る前に話が出来るようにと持ち込んだ二人がけのソファに脚を組んで座るイザベラは、どこかの国の王妃様のような気品がある。特に夜着の上から羽織ったピンクベージュのガウンがとても良く似合う。
以前目のやり場に困るからと贈った品だったけれど、今ではこれもあまり効果がなかったなと、そのすき間から覗く白いふくらはぎからそっと視線を逸らしながら思った。
「えーと、お義母さんから聞いちゃったの?」
苦笑しながら訊ねれば、イザベラは「そうですけれど……質問しているのはこちらですわよ」と頬を膨らませた。
どうやら人伝に情報が耳に入ったことでご機嫌を損ねてしまったらしく、切れ長な紫紺の目は猫のようにキュウッとつり上がっている。ただイザベラのそんな表情も可愛いけれど、そのことよりも気になっているのはソファの前に設置されたミニテーブルの上に置かれた、赤ワインとグラスのセットだろうか。
「そのことなら、ベラはベラで作業所で頑張ってくれていたのに、それをわざわざ畑に同伴して欲しいだなんて呼び出したり出来ないよ。いつも言っているけれど、僕とベラは対等なんだから」
ソファの方へと歩み寄れば、イザベラはジトリと睨んでくるものの、僕が座りやすいように組んでいた脚を解いて隣にずれてくれる。空いた場所に腰をおろすと、すぐにイザベラが肩にもたれかかってきた。柔らかい黒髪が首筋に触れて、甘い香りがその細いうなじから上ってくる。
この一連の行動は別に誘っているわけではないところが、僕の奥さんの天然で危ないところだ。結婚して最近ようやく寝室が一緒になったものの、イザベラの色仕掛けの定義が未だに分からないなぁ。
と、そんなことを考えていたら、肩にもたれかかったイザベラが「ダリウスは嘘つきですわ」と詰ってきた。ちょっと素直になれないだけなのは分かるけれど、嘘つき呼ばわりされるのは流石に心外なので「うーん、何でそう思うの?」と訊ねてみる。
するとイザベラは「最近だと、私の方がダリウスを好きな気がするわ」という、とんでもなく直球な殺し文句でこちらの理性を試してきたのだから、本当に色仕掛けの定義が分からなくなってきた……。
一体いつテーブルの上にある赤ワインを使おうとしてくれるんだ。これを使おうとしてくれないとこっちも話し合いの糸口が掴めない。お願いだから早くこのアイテムに対する話に言及して――と、そうか。何もイザベラだけが赤ワインに対して言及しなければならない道理はないな。
だから思い切って「この赤ワインはどうしたの?」と訊ねれば、肩口に寄りかかっていたイザベラの頭がピクリと動いた。その内心の動揺が全部伝わってしまうくらい素直な反応が、何ともイザベラらしくて可愛い。
その頭を右手で優しく撫でると、イザベラは小さく「ま、毎日疲れているかと思って。夜の就寝前用にと、美味しいと評判の赤ワインを入手しましたの」と囁く。
「――ふぅん、そっか。ありがとう。だけどそんな嬉しいことを聞かされたら、一杯目はそんな優しい奥さんに飲んでもらいたいかな。僕が注ぐからグラスをどうぞ?」
演技が白々しくならないように気を付けながら、用意されたワインのコルクを抜こうと手を伸ばしたけれど、それを見て慌てたイザベラが無言のまま“ハシッ”と僕の手首を掴む。そしてそのままこちらに向き直って「最初はダリウスからですわ!」と不自然な勢いで勧めてくれる。
そんな嘘が下手すぎて可愛らしいイザベラをまだもう少しからかっていたいところだけれど、翌日も早いからあまり睡眠時間を削らせては体調を崩してしまうかもしれないし……ここは短期決戦にしよう。
「あのさイザベラ、ちょっとした確認なんだけど、君はこのワインの中に入っている成分が何だかちゃんと知っていて、それでも僕に飲ませようとしているの?」
一瞬でピタリと動きを止めたイザベラが信じられないという目で僕を見つめるけれど、こっちにしてみればどうやって隠し通せている気分でいたのかそっちの方がずっと不思議だ。
「王都に行っている間に友人達と会うのも、相談事をするのも勿論構わないんだけど――これを勧めたのは多分アリス嬢だよね?」
蒼白と言ってもいいくらいに顔色をなくしたイザベラが、僕からの問いにコクリと素直に頷く。
「うん、その、だとしたら次に王都に行くときは僕も同行して言いたいことがあるから、教えてくれると嬉しいかな」
こんな危険物を何の説明もなしに持たせたのだとしたら、いくらイザベラの親友とはいえ、一言くらい注意しておかないと次があったら困る。
きっと親友の不甲斐ない伴侶である僕をどうにかしようと頭を悩ませてくれたのは感謝するけれど、いくらなんでも直接的というか、短絡的というか……今回知らずに飲んで間違いが起こっていたらと思うと血の気が引く。
「あの、違うの、ダリウス怒らないで。アリスは私の相談を聞いてどうにかしようとしてくれただけで――……」
「うん、それは分かっているけど……やっぱり催淫薬は直接的過ぎるというか、その、分かるんだよ? イザベラのことでアリス嬢とメリッサ様が心配していることも、イザベラが不安に思っていることも。だけど知識はあっても経験がない人間が服用して良いものじゃないというか――……」
そんな説明する方もされる方も居たたまれない空気の中で次の瞬間、蒼白になって俯いていたイザベラがバッと勢い良く顔を上げて「ちょっとお待ちになって。聞き間違いでなければ、いまダリウスは催淫薬と仰ったの?」とやや早口に訊ねてきた。イザベラの口から“催淫薬”などという単語が出ることは、これから長い時間一緒に生きていくとしても今晩きりだと思う。というよりも思いたい。
そしてやっぱり気付いていなかったのかと安心して「そうだよ」と言えば、イザベラは今度は真っ赤になって「違いますわ! 私は睡眠薬だと聞いていたのに!」と自分から自白してくれた。一度信用した相手に対しては迂闊すぎて心配になる奥さんに、思わず苦笑してしまう。
それから「大丈夫、中に入っているのはコケモモのリキュールだから」と種明かしをして、そもそもこの計画がバレた経緯を説明したら、イザベラは「元はと言えばダリウスが悪いのよ!」と半泣きになってしまった。
赤ワインを自分で注いで飲み干すイザベラに、ようやくこちらの言い分を説明することが出来たのは、イザベラが一人で飲みきろうとする赤ワインを横から一緒に飲んで一本空にした後だった。
二人でソファに腰かけてワインのせいでフワフワした気分のまま、僕は水面下で領地で栽培した花の出荷を計画していたことと、学園のパーティーでイザベラに持たせたお守りの商品化をクリス様に打診されてたことを明かしたら、イザベラは「それと私達の初夜は関係ありませんわ!」と酔っているのかちょっと驚く剣幕でそう言うと僕の膝の上に跨がる。
ガウンの下からスラリとした脚が現れ、僕を挟んでソファの両側に投げ出された。イザベラのお酒癖の悪さは今後しっかり頭に入れて行動しようと思う。もう迂闊だとかいう次元の問題ではない。
もしもパーティーに呼ばれることがあったら絶対に傍を離れないようにしようと心に誓いながら、その脚をガウンで隠して膝の上に向かい合わせの状態で陣取るイザベラと視線を合わせる。
そして、次の日には憶えてくれていないだろうと思いながらも、イザベラには知っておいて欲しくて口を開く。
「……僕はベラと一緒に幸せになりたい。それも対等な関係で。だけど現状はまだベラの持ち帰ってくれた技術に頼りきりだろう? だから唯一自分でも少しは出来ると自負のある花を使って領地の経営を助けたいし、クリス様のいう貴族の間で流行りそうなアイテムとしてあのコサージュも利用したい」
膝に跨がったままのイザベラは視線だけで“それで?”と促してくる。紫紺の瞳はお酒の影響か、妖しく潤んでとても綺麗だ。
「その、例えばだよ? 一人目の子供を授かれたとして、今のままだと寒い時期の収入が安定しないから、次の弟妹が出来るまでにだいぶ間が空くだろう? そうなると一番最初の子供は、親である僕達が自分のことをただの労働力として作ったと思うかもしれない。僕は親としてそんな悲しい誤解をされたくないし、させたくない」
膝に跨がったままのイザベラはまたしても視線だけで“だから?”と促してくる。紫紺の瞳は情けない表情で言葉を探す僕を映して揺れていた。
「だから、せめて王都までの距離を出荷出来る花の種類を栽培して確保できるようになるま――」
“では”と続ける前に、それまで膝に跨がったままだったイザベラが、僕に深く口付ける。一瞬何が起こったのか分からずに目を瞬かせていると、そんな僕の目を覗き込んでいたイザベラが嬉しそうにふにゃりと微笑んだ。
そうして「そのことでしたら、私が卒業した時点で解決済みですわよ」と甘く囁く。どういうことかと訊ねれば、イザベラは至極当然のように僕が知りもしなかった野望を口にした。
「変ね、言っていなかったかしら? 私が学園に入学したいと言ったのは、正しくその為ですもの。ダリウスの花を王都まで出荷出来る能力なんて、とっくに修得済みですわ」
心底誇らしげに膝の上で微笑むイザベラは、蠱惑的で。そのくせ、たったいま自分の口にした言葉の意味に気付かないくらい鈍感だ。
「そうか、だったら問題は解決してしまったし――……どうしようか?」
ずっと触れたいと思っていたのに、こっちの気持ちも知らないで。
僕の言葉に今さら膝の上で身を堅くするイザベラが可愛くて。
冗談と本気を半分ずつに切り分けた口調で「ベラが決めないなら、僕が決めても構わない?」と訊ねれば「女性に訊くのはルール違反でしてよ?」とやっぱり冗談と、本気を半分ずつに答えられてしまう。
くすぐったいような恥ずかしいような、どっちにしても幸せな気分を味わいながら、今夜こそは君を離さず眠ろう。
次回はクリスとレイチェルですね。
この後も気長にお付き合い頂けたら嬉しいな~♪




