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大好きな婚約者◆ギフトボックス版◆  作者: ナユタ
◆メリッサとアルバート◆

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14/33

*3* 初デートですわね?



 四日前のイザベラさんとアリスさんとの集会後、わたくしはお二人に“戦闘服”を選んでもらった。


 ただあのお二人の悪戯なのか、あまりにあからさまな主張をする“戦闘服”になかなか着る勇気を出せずにいたのだけれど、四夜連続の敗退に、ついに意を決して今夜はその“戦闘服”に袖を通して挑んだ。


 ――のに……。


「メリッサ、その、明日の予定は空いているか?」


 せっかくそう話しかけて下さるのだけれど、視線はあらぬ方向を見つめていらっしゃるアルバート様に、わたくしは心の中で今回の夜着もお気に召さなかったのだと気落ちした。


 前回は大人しい装いすぎたのだと言うお二人からの助言に従い、淡いピンクのオーガンジーに黒いレースをあしらった夜着にしたのに、と。気合いのガーターベルトも効果がないのかと虚しくなって、わたくしも思わずシーツの上に視線を落としていたのだけれど……。


「その……メリッサ、明日は予定があるというのなら明後日でも構わん。いつなら予定が空いている? お前に合わせよう」


 胸元が開いた形になっている夜着をかき合わせていた手が、魅力がないと思われているのに押さえている必要もない気がして、ついはしたないとは思いつつ離してしまった。


 そうするとわたくしの劣等感の一つでもある胸が、あっさりと夜着を持ち上げてかき合わせていた胸元を割る。


 ……そういえば下に付けている同じ色のブラがあるのに、上に羽織っているキャミソールの必要性が今一つ分かりませんわね。そもそもブラのカップが透けている訳でもないのだし。


 ぼんやりとそんな風に思いながらキャミソールの肩紐を捩ってふてくされた気分でいると、ふと視線を感じてシーツの上に落としていた視線を上げれば、わたくしをジッと見つめるアルバート様と目が合う。


 すると途端に慌てたように視線を外すアルバート様の様子に戸惑っていると「返事はどうなのだ?」とさらに問われた。


 思わず条件反射のように「明日で大丈夫ですわ」と応えれば、アルバート様は一瞬チラッとこちらを窺うような視線を投げて「そうか、分かった」とぶっきらぼうに返事をされる。


 結婚して一年も経つのに、初夜以前に会話にもギクシャクするようでは夫婦と呼べるのかしら? そう考えれば鼻血を出されるなり、寝室を個別にされるなりして意識された方がよほど――……。


「今夜の夜着は、」


「――え?」


「あ、あぁ、いや……今夜の夜着はメリッサのいつもの趣味とは違うように見えるなと。き、気のせいならすまない。ただ、その、だな」


 そう声をかけられたわたくしは、思わず顔を上げてアルバート様の表情を窺おうとベッドに膝立ちになる。けれどアルバート様はわたくしの視線から逃れるように顔を背けてしまった。


 でも……ふと視界に入った赤くなったその首筋が嬉しくて。


「似合って、いますか?」


 初めて意識されたことが嬉しくて、ついはしたないと知りつつ問いかけてみると、アルバート様は少しだけ視線をわたくしに寄越し、すぐにまたあらぬ方向を向いて無言で頷いて下さった。そのことにわたくしまで頬が熱くなる。


 アルバート様はきっと今夜もすぐに部屋を出て行かれるのだと思って、せめて初めて引き出せたその横顔を目に焼き付けようと見つめていたら、アルバート様は小さな声で「いつものも、似合っているぞ」と仰って下さった。


 結婚してから苦節一年。


 ようやく夫から夜着についての意見を引き出せたことに、密かにアリスさんがするように拳を握ってしまったわ。そんな関係にもなっていないのに増え続ける夜着に、わたくし自身もう何をしているのか分からなくなり始めていたこともあって、喜びは一入。


 このままもう一押しすれば今夜こそ――?


 けれどそう思った瞬間に背筋に冷たいものが走った気がして、思わず自分の肩を抱きしめてしまう。その“冷たいもの”を気のせいだと自分に言い聞かせ、肩を抱きしめていた手を解いてアルバート様に伸ばすけれど――。


「今夜は、いつもと違うメリッサの姿を見られたから俺は満足だ。明日は一日中街を連れ回そうと思っているから、今夜はもう休め」


 伸ばした手をやんわりと握り返したアルバート様は、まだ赤い頬をしたままとても優しげに目を細めてそう言うと、わたくしの前髪をすくい上げて額に口付けを落とす。いつもなら誤魔化された気分になり、心を波立たせるはずのその口付けが、今夜はどうしてだか心を落ち着かせる。


「そうだ……明日は待ち合わせをしよう。場所は――、」


 アルバート様の低い声が耳に、心に、穏やかに落ちて。わたくしの中に波紋を残す。「明日の朝が待ち遠しいな」と言う言葉を最後に立ち去る後ろ姿を見送りながら、わたくしは今まで感じたことのない動悸に悩まされ、結局侍女達が朝の支度をしに来てくれるまで、ベッドの上で待っているしかなかった。



***



「――あぁ、待って頂戴」


 朝の身支度をしてくれる侍女の手許を鏡越しに見ていたわたくしは、その手が髪を巻くコテに触れたところで止める。


 “キョトン”と不思議そうな表情をした年若い侍女が、鏡越しにわたくしを見つめるものだから、わたくしも思わず少し笑って「淑女が台無しですわよ?」と注意した。鏡の中で侍女が「失礼いたしました奥様」と微笑んだのを見て、わたくしも頷き返す。


 それを確認した侍女が「では今日はどのようになさいますか?」と続けるので、わたくしは少し悩んでから昨夜のアルバート様を思い出し、頬に熱が集まるのを感じながら決めた。


「今日はいつものように髪を巻かないで、そのまま後ろに流しておいて。それから服も、動きやすいお忍び用の物を用意して頂けるかしら?」


 鏡越しに侍女にそう注文を伝えると、彼女はわたくしの表情の変化に気付いたのか「仰せのままに」と優しく微笑んでくれる。気恥ずかしい気分で身支度を整え終えたわたくしは、侍女達に笑顔で見送られ、アルバート様の指定された待ち合わせ場所まで護衛の方を数名潜ませて待つことに。


 指定されたのは大通りにある開けた広場の真ん中にある噴水前。慈愛の女神像が据え付けられた噴水の中には、何故かコインが大量に投げ込まれていて少し吃驚しましたわ。


 丁度コインを投げ込むところだった女性を見つけて声をかければ、何でも恋の願いが成就するという噂があるのだとか。


 わたくしはもう結婚しているから必要がないのでは……と思いはしましたけれど、せっかくですから一枚投げ込もうとしていたら、影から慌てた様子で護衛の方が飛び出してきて小さな銅貨を一枚握らされる。


 護衛の彼女曰わく「一般市民は恋のおまじないに金貨を投げ入れたりしません」とのことで、わたくしはあわや自分の世間知らずぶりを披露してしまうところを救われましたわ。確かに恋心は額面ではありませんものね。


 その後、チラチラと待ち合わせ時間を気にしながらウィンドウに映る自分の姿を入念にチェックしていると、城下街の人達には有名な待ち合わせ場所なのか、わたくしと同じようにウィンドウに姿を映している女性を多く見かける。


 彼女達も恋人や夫を待っているのかしらと想像して口許に笑みを浮かべていると、人ごみの中から若い女性の声を中心にざわめきが起こった。何ごとかと思って声が上がった方へ視線を向ければ、そこには見知った姿が――。


「すまないメリッサ、待たせたか?」


 周囲の女性の視線を引き寄せているとは思ってもいないのか、颯爽と現れたアルバート様は目に毒と称しても過言ではない笑顔を向けて下さる。わたくしは「いいえ、いま来たところですわ」と微笑んで周囲の女性を牽制するのに必死だというのに……罪作りな方だわ。


 わたくしの複雑な心中に気が付いた訳ではないのだろうけれど、目の前に辿り着いたアルバート様がふとわたくしを上から下までじっくりと眺める。


「アルバート様? もしやわたくしの格好にどこかおかしなところが?」


「いいや、服装に関して言えば全く申し分ない。その若草色のワンピースもショートブーツも、とても良く似合っている。ただ、」


「た、ただ?」


「……外で髪を巻かないメリッサを見るのは、これが初めてだなと思っただけだ。日の光を浴びるとまるでステンドグラスのようで美しいな」


 そうフッと微笑んだアルバート様が、ツイとわたくしの髪を一束すくい上げた。その思いがけない賞賛に嬉しさから目眩を感じていると、周辺から女性達の悩ましい溜息が聞こえて我に返る。


「そ、そうですか? お褒め頂けて嬉しいですわ。ですがいつまでもここにいては、お忙しい中でわたくしの為に割いて頂いた時間が勿体ないですわね。そろそろ参りましょうかアルバート様?」


 牽制というには露骨な表現になってしまったと感じたけれど、嫉妬はみっともないと理解は出来ても、イザベラさんを見習ってもう学生時代のように我慢なんてしませんわ! 早口になってしまうのはご愛嬌ですわよね?


 アルバート様はそんなわたくしを不思議そうな表情で一瞥すると、急にとても柔らかく微笑んでその表情のままわたくしの耳許に顔を近付けた。


 そして手にしていた一束の髪をわたくしの耳にかけると、わざと悪戯っぽい声音で「せっかくのお忍びなんだ。メリッサ、俺のことはただ“アル”と呼んでくれ。言葉遣いも今日は淑女を忘れろ」と囁く。どこまでも官能的な色気のある夫に場所も忘れて身悶えそうになるものの、何とか堪えて「分かりまし……いえ、分かったわ。アル」と微笑み返す。


 堪えなさい。わたくしの表情筋。これまでの人生で叩き込まれた令嬢教育を活かすのは今ですわ。


「けれどアル。わた、し、のことはいつも通りの呼び方な、のね? ほんの少しだけ残念で、だわ」


 一般市民のふりをして紛れ込む為の教育など受けたことがなかったわたくしは、ついおかしなところで言葉を切ってしまうことに四苦八苦しながらも感じた疑問を訊ねてしまう。


 けれどアルバート様は聞き苦しい話し方をするわたくしのことを、耳許で楽しげに笑いながらも唇が耳朶に触れるほど寄せて甘く囁いた。


「これまでにあまり多く呼ばなかった分、これから一生分呼びたくてな」


 その言葉に一度ブルリと背筋が震える。“今すぐ昨夜に戻れたらあの場面をやり直せるのに”と、まだ太陽が真上にある時間帯からはしたないことを考えてしまったわたくしは、だいぶ淑女失格かもしれませんわ。


 脳裏にチラリと五日前の友人達との語らいを思い出して苦笑する。こうして新しいアルバート様の一面に不安と喜びを感じながら、学生時代には考えられなかった初デートの幕開けに、わたくしは心を踊らせた。



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