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大好きな婚約者◆ギフトボックス版◆  作者: ナユタ
◆メリッサとアルバート◆

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13/33

*2* 幸せだろうが悩みは尽きん。

はい、お待たせしました。

今回は駄目男アルバートの視点でお送りしまーす\(´ω`*)



 今から約一年前の学園卒業後、俺は“日々届けられる民の陳情に改善策を出す”という広範囲での仕事を与えられ、毎日を忙しく過ごしている。


 通常の王族の長男以外や、それに準ずる上級貴族などの子息には身分に見合った政に関係した仕事を割り振られるのだが……在学中にしでかした諸々の処罰という形でここに配属と相成った。


 しかしこの仕事自体はやりがいがあると思っているので、そこには何ら不満はない。むしろ散々王家の汚点を演じてしまった俺に対しては行き過ぎた恩情だ。兄上と陛下に感謝すべきところだろう。


 そしてそんな俺の政務室には机が二つある。


 一つは勿論この部屋の主人である俺だが、もう一方の机では幼い頃からの友人であり“将来この国の優秀な宰相になる男”と噂されるクリス・ダングドールが涼しい顔をして書類の整理をしていた。


 だがその実態は、結婚してからというもの“あること”に日々悩まされている俺に助言をすべき立場にありながら、毎日適当にあしらう職務怠慢な幼なじみだ。


 ここに配属されるということは、この見た目は女性的で優しげな風貌でありながらその実、俺と同じ在学中にしでかした仲間だ。この件に噛んでいない幼なじみといえばハロルドだが、あれも決してまともとは言えないな……。


 けれど今はそんなことはどうでも良い。問題なのは現在幸せ過ぎる俺の結婚生活についてだ。


「――という訳でだな、クリス。メリッサは未だ諦めずに毎晩毎晩こちらの理性を試してくる。何なんだ、あの可愛らしい生き物は」


 昨夜のメリッサの攻撃をかわせたのは奇跡とも呼べる偶然かもしれない。実際にこれまでも何度も陥落しかけて“もうこのまま……”と思ったところをどうにか堪えてきた。


 そんな俺の心の葛藤を吐露している最中だと言うのに、クリスは書類をめくる手を一向に止める様子もなく、むしろ呆れた声で「貴男の奥方ではないのですか?」と至極当然な答えを返してくる。


「そうだな、俺の妻だ。同じ空間にいると何かしてしまいそうで怖い。髪を巻いていないところとか、結婚するまで見たことがなかったが……正直凄く良い」


 当然のことを言われ続けて約一年。いい加減に次期宰相の頭脳を使ってこの俺の悩みに光明を与えてはくれないものだろうか? そう思っていたのが通じたのか、クリスは形の良い眉を神経質そうにしかめてこちらを向いた。


「あのですね……もう一年も前から奥方なのですから、跡取りの問題もありますし、遠慮なく手を出せば良いのでは? そもそもアルバート、貴男は結婚前に散々遊んでおきながら今さら何を言っているんですか? ハロルドではあるまいし」


「それが出来ればこうして毎日お前に相談したりしないだろうが……。むしろハロルドのように綺麗に生きて来ればこんなに悩まん。それに今までの相手とメリッサでは全然違うだろうが。その……初めての女性の扱い方が分からないのに今までの相手と同じでは、メリッサにしてみれば辛いだけの記憶になる」


 自分で言っていて骨身に沁みるクズ発言にげんなりしつつも、怯える目で俺を見つめるメリッサを想像しただけで心臓が凍り付く思いだ。


 俺の捻くれた勘違いの果てに思いの通じ合ったメリッサは、今や内張りに真綿で覆いを作った宝石箱の中に、絹の布を幾重にも纏わせてしまい込んでおきたいくらい大切な存在なのだから仕方がないだろう。


 しかしそんなこちらの気持ちを全く理解しないクリスは、至極面倒そうな溜息を一つついて手にしていたペンを置いた。


「はぁ……そんなことですか。確かにボクとアルバートが今までお相手に選んできた女性は手慣れた方しかいませんでしたね。しかしそのハロルドはハロルドで、初夜に随分手酷い失態を見せたと悶絶しに来ましたよ。何故ここで真面目に仕事をしているボクが、幼馴染みのそんな赤裸々な話を聞かされなければならないんですか?」


 確かにそう言われても仕方がないとはいえ“そんなこと”だと? 同じことをしていた相手にそう言われるのは非常に面白くない。確かにこれはただの愚痴だ。それもかなり幸せな部類に入るという認識もある。


 ――が、俺と同じ脛に傷を持つクリスとしても、この問題は将来的に跨いで通れる道ではないのではないのか? それなのに何故こいつはこうも涼しい顔をしていられるんだ。


「そうは言うがな、お前も結婚したら分かるぞ? その時になってお前を神格化しているレイチェル嬢を相手に同じことが出来るか?」


 その邪険な言い様に思わずムッとしてそう言った瞬間、部屋の室温が急激に下がったように感じた。


「おや――これ以上ボクの仕事の邪魔をするようでしたら、例え第二王子であろうが職務妨害で衛兵に突き出しますよ?」


 ……いつもこの表情をクリスから引き出したハロルドがその後、数日間は近付かない理由を忘れていた。表面上は穏やかな微笑みなのに、ゴリゴリとこちらの精神を削るその冷ややかな視線は、相手の最新の弱点を探す時のそれだ。


 いや、だが待て。今の俺の弱点は、考え得る限りここ一年間ずっとメリッサのことでしかないのだから、これは裏を返せば助言を得られる好機と言えなくもないの――か?


 俺がしばしそんな勘定をしている間にこちらに対する興味が失せたのか、クリスは再び手許に視線を戻して公の事業に分配する魔法石の配分順位の表をくり始めた。


 ただその中で真っ先に配分する順位に、城下町の路地に誘致する灯り用の魔法石を選んでいるあたり、この一見無慈悲にも見える幼馴染みが人間的に冷めている訳ではないのだと安心する。


 アリス嬢の一件はクリスの情報で犯人の身元を割り出し、相手がそこそこ大きな商家の四男だと突き止めた。そこからは俺と二人で権力と言う名の圧をかけ、元から問題のあったらしい四男と商家の縁を切らせることに成功したので、親切にも俺自らそのことを綴った書状を牢まで届けさせたのだ。


 裁かれてよしんば刑が軽かったとしても、最早戻る家がないのでは野垂れ死にが関の山。そのことに下劣な犯罪者がどんな心境になったところでこちらの知ったことではない。


 あの一件でハロルドも夜間の警備に回す人員を増やしたと言っていたから、恐らく近隣国で我が国は今のところ一番女性が安心して夜を出歩ける国だろう。


 確かに俺がまず第一に考えるべきは民だと思い直し、与えられた自分の仕事の山に向き直ってその業務を再開したのだが……やはり今夜もあのメリッサからの精神攻撃に堪えなければならないのかと思うと、頭痛がした。


 頼むから今夜こそ俺の欲求を煽るような扇情的な格好をしないでいてくれと、贅沢すぎる悩みに溜息をつく。普段のままの姿でも充分綺麗で忍耐を試されているのに、さらに腕の良い侍女達の手によって男心を揺さぶる装いをされたメリッサなど、正面から見ていられるものか。


 完璧な中にあの巻いていない髪の抜け感がまた――……と、ふと悶々と詮無いことを考えて手が止まっていたら、クリスがあり得ない冷ややかさを宿した目でこちらを見つめていた。


「心の童○を拗らせた輩は困りものだと、まさかとっくに童○を捨てた貴男に教えられる日が来ようとは思ってもみませんでしたね?」


 口許だけは美しく弧を描いた、その女性にしてみれば魅力的に写るらしい表情のままに「これに認印をよろしくお願いします。内容は必ず自分の目で精査なさい」と、目の前に今の倍以上の書類が積み上げられたとしても……。


「いつまでもこのままではボクの仕事に支障が出過ぎますし……今夜ハロルドも呼んで久し振りに三人で城下に呑みに行きましょう。一度二人の策を練っておかないと仕事になりませんからね」


 最後にはそう折れてくれる幼馴染みに感謝を込めて「あまり童○と連呼するな」と苦笑する政務室の午後は、息苦しさを感じることもあったこの一年の中で、どこか学生の頃を思い出させる安らぎを感じさせた。



***



 クリスの申し出通り今日の分の仕事を終えた俺達は、早々に騎士団の訓練場に顔を出してまだ新婚気分を謳歌しているハロルドを捕獲。そのまま拉致同然に早く家路につこうと暴れるハロルドの耳許に「初夜での心得を知りたくないのか?」と耳打ちして連行。


 さてどこで密談しようかと思案していた矢先に「聞かれたくない話をするならボクの行きつけの店がありますよ」とクリスが名乗り出たので、大衆的な酒場しか知らない俺とハロルドは二人してそのほっそりとした後ろ姿についていった。


 そうして案内された酒場は、隣にいないにもかかわらず咽せるような煙草の煙も、酒を呑んで気が大きくなった男達の喧嘩とも無縁な静かな会員制の高級感溢れる店だった訳だが――。


 まさか身許がバレないようにと、入口で仮面舞踏会でしか見ないような妖しげなマスクを手渡された時には、正直幼馴染みの一人がどんな闇を抱えているのか本気で悩んだ。


「……おい、クリス。お前こんなところで誰と何の密談をしていたんだ? 何かよほど聞かれたくない危ない案件でも抱えているのか?」


「そうだぜ、オレとアルバートが両方とも知らねぇとか、どんなヤバい話に首突っ込んでんだよ。あれか、手を出しちゃマズい女にでも入れあげたりした時の和解にでも……って、もしかして相手に子供が――!?」


 真っ白の目許を隠すマスクをつけた店員につれられて通された個室で、マスクを外して席にかけた瞬間そう詰め寄った俺とハロルドを見やったクリスは、テーブルに置かれた呼び鈴を指先で撫でながら薄く微笑むと、


「ははは、喧しいですよ二人とも。それともまだ何も注文しないうちにお帰りになりますか?」


 ――と、脅しをかけてきた。


 その反応に長年の付き合いで、別にやましいことがある時に使う場所ではないのかと安心した俺とハロルドがホッと息をつくと、クリスはやや気分を害した表情を見せる。


「全く、ボクは二人に余程信用がないのですかね? せっかく仕事上がりに幼馴染みのよしみで、下らない相談を受け付けてやろうというのに。心外ですねぇ、傷つきましたよ」


 そう言いながらググッと力を込めた指先が呼び鈴を凹ませる。少し暗めの照明の下でもはっきりと分かる不機嫌な笑みに、隣にかけたハロルドと二人で脇腹を小突きあって足並みを揃え「「ここは奢らせて頂きます」」と誠意を表して見たところクリス“様”は鷹揚に頷いて下さった。


「ふぅ……では良いですか? 心の童○を拗らせた愚か者と真の童○」


 辛辣な前置きを挟み、一本目の高級酒(みつぎもの)を涼しい顔で呑み終えたクリス“様”は、妖しい微笑みを浮かべた薄い唇をペロリと舐め、開いた。


「相手の気持ちに沿った状況に乗ってあげること。考えてもご覧なさい。その場で男が逃げ出したら女性の方は道化ですよ? とはいえ、二人にいきなりこれを言ったところで無駄なことは理解しました。ですから何が足りていないのかをボクなりに考えてみたのですが――」


 そう言いながらクリス“様”は、懐から愛用のメモ帳を一枚ずつ切り離した紙と、持ち運びに便利な簡易ペンを取り出し、ズイッと愚かな俺達に向かって差し出す。真意をはかりきれずにペンとメモ用紙を交互に見やれば、クリス“様”は呆れた表情で「良いから受け取りなさい」と言う。


 訳も分からないまま手許にメモ用紙とペンを引き寄せた俺とハロルドに頷くと、家庭教師を彷彿とさせる雰囲気を纏い……。


「二人とも圧倒的に妻に対する理解と情報が足りていません。ボクはこれを交際期間中に恋人らしい“デート”をしていなかった弊害だと感じています。現状だとデートという順序を踏まずに、他者に奪われることを恐れて飛び級で結婚を決めたに等しい。だから腰が引けて相手の出す“そういう”雰囲気に乗ってあげられないのでは?」


 この考察に“そんなことはない。きちんとデートをした”と答えられないのが悔しいところだが、実際学生時代は前半で避けまくり、中盤でメリッサが歩み寄ってくれ、後半で一気に距離を詰めただけだ。そこに“デート”という甘い時間を挟んだことは、数えるほどしかなかった気がする。


 しかもここ一年はメリッサに相応しい夫にと意気込んで仕事を片付けることを優先しすぎて、兄夫婦の出席出来ない外交の時くらいしか長時間一緒にいなかったような……。


 隣を見ればハロルドが果敢にも「いや、でもオレは卒業してからアリスの仕事上がりに家まで送ったり――」と反論しかけたが、クリス“様”はそれを「それはただの“お迎え”です。送り狼になったのなら話は別ですが、実質一時間もいた訳ではないでしょう」とバッサリ切り捨てた。


 ハロルド……こちらを振り向かれてもそれは俺としても弁護しかねる……。


 うなだれるハロルドの肩を叩いてクリス“様”のさらなるお言葉を待つと、面白そうに微笑んだクリス“様”は「そこにデートの計画を立てて、次の休日にでも実践なさい」と言った。


「ちなみにこの件で二人の相談に乗ってやるのは今夜で最後です。次の相談はその先に進まない限り受け付けませんので悪しからず」


 結婚してからだと意外にも難しい課題に頭を悩ませる俺達を横目に、凹んで若干音色の変わった呼び鈴を鳴らして二本目の高級酒を注文するクリス“様”。隣では意外にも凄い勢いでペンを走らせるハロルド。


 一方の俺はといえば、幼い頃のメリッサの好きだった物や場所しか思いつかず、ペンが止まったままだ。


 焦る俺に気付いたクリス“様”が「ペンが止まっていますよ?」とからかうが、将来レイチェル嬢が同じ苦悩をもたらしてくれるようにと願いながら必死に“今のメリッサ”とのデートを思い描く。


 ――どうしても今夜決まらなければ、メリッサに直接訊いてみようか?


 そんなことを一瞬だけ考えて、やはり止めた。


 メリッサを哀しませることしかして来なかった俺が、ようやく彼女を喜ばせることの出来る立場にいるのだ。その幸せを噛み締めてみたくて、俺は小さなメモ用紙の上に、幼い日に見たメリッサの面影と“妻”の彼女の笑顔を探す。

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