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大好きな婚約者◆ギフトボックス版◆  作者: ナユタ
◆アリスとハロルド◆

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10/33

*∞* オレの姫様。

ハロルドとアリスのお話はこれにてメデタシ(*´ω`*)ノ

ここまでお付き合いありがとうございました!



 和やかな雰囲気と甘い“あの香り”に包まれた屋敷の談話室で開かれる茶会。主催者はオレのお袋、来賓はアリス、オマケのオレといった面子だが、ここにたまにオマケのオマケみたいな親父が混じる。


 ――――あの忌まわしい夜から半年。


 皮肉なことにあの事件があった日からオレとアリスの距離は一気に縮まって、今では仕事休みの日には互いの家を行き来するまでに発展した。季節はあの夏から巡り、早いものでもう一月だ。


 事件の夜にアリスを抱えて連れ帰ったロング家で、ロングの妻に泣き疲れて眠ってしまったアリスを奥に運び込んでくれと言われ、アリスのベッドに横たえた。その後ロングの妻はアリスの手当てをすると部屋に籠もり、オレはロングと二人で食堂のテーブルを挟んで座った。


 しばらくは両者無言のままでジッとテーブルの木目を見つめていたが、オレはロングと二人になったこの機会を逃す訳にはいかないと、重苦しい空気の漂う中で腹を決めて立ち上がり――。



『こんなことになって言うべき言葉じゃないのは承知ですが……絶対にこの先何が起ころうとこの手でアリスを護りたい。オレのこの命に代えても。だからどうかアリスと……娘さんと結婚を前提に交際させて下さい!』



 そう床に勢いよく土下座して、オレは必死だが、相手にとっては都合の良過ぎる許しを乞う。そんなオレにロングから浴びせられたのは、罵声でも、怒声でもなく……ランプに使用される油だった。


 直後に頭上でマッチをする音がしたが、オレは頭を上げずにそのまま土下座を続けた。狭い室内はランプオイルと燐の匂いが充満し、正にあの時のロングの心境のような空間になっていたと思う。


 その時のオレの心境は“この先アリスを手に入れられないなら、この場で焼け死んだところで構わねぇ”というあのクソ野郎の妄執とどっこいの狂気だったはずだ。


 そして――ロングは結局オレに火を放つようなことはしなかったが、代わりに脳を揺さぶられるような重い拳が後頭部に落ちてきた。流石は現役時代親父と実力を二分した騎士団でも屈指の手練れだ。その拳の重さは老境に差し掛かったとは思えないものがあった。



『次に娘を今回のような目に合わせたら、私は今度こそ命を捨てる覚悟で貴男を殺そうとするでしょうな――』



 そう忌々しげに呟いたロングは次いで『こんなに短期間で娘を奪われるとは思いませなんだ』と吐き捨てるように零し、やはり一度殴った程度で苛立ちが治まらなかったのか、もう一度オレの後頭部をその拳が強襲した。


 そして翌日目を覚ましたアリスに考える暇を与えず跪いて、ダリウス仕込みの“全部”を詰め込んだ婚約を申し込んだ。また数日待つ覚悟で挑んだオレに、まさかのその場でアリスが『喜んで!』と快諾してくれた。


 アリスの答えに気を良くしたオレは、その日からあのクソ野郎を罰する為に親父を騎士団長の座から引きずり落とそうと躍起になっていたんだが、



『はぁ……就任して即日私怨の為の罪人殺しでは部下がついてきませんよ?』


『お前の私怨が悪いという訳ではない。むしろメリッサとイザベラ嬢の怒りようを見れば死罪もかくやだろう。当然、親友の恋人にそんな傷を負わせたのだから俺もクリスもそれが妥当だと思っている。ただし――』


『あの者の処罰はこちらに任せて、ハロルドはアリス嬢の心に寄り添うことの方が無難なはずですよ? 婚約が承諾されたからといって、相手が絶対に結婚してくれるとは限りませんからねぇ』



 そう言って笑ったアルバートとクリスとの会話から、オレは仕事以外の時間はほぼアリスに付きっきりで過ごすことにした。確かに婚約までこぎ着けて結婚出来ないと言われたら流石に冗談抜きで死ねる。


 それに足繁くアリスの元に通い続けることで、当初は刺々しかったロング夫妻との仲も段々と改善されていったから、アルバートとクリスの話に従っておいて正解だったと思う。


 周囲からの助けや口添えもあって、オレとアリスは予定していたよりも随分早く、ついにこの春に結婚することになった。


 その報告をアリスとした際にアルバートとクリスは意外なほど喜んでくれ、アルバートなどはすぐに王家の印章を捺した封書をエッフェンヒルド領に出していたから、結婚式にはダリウスとイザベラ嬢も来てくれるだろう。


 そしてそんな喜びを感じていたオレの耳に、ふた月前、クリスからあのクソ野郎が牢内で死んだと聞かされた。死んだクソ野郎はその日の内に埋められたとかで、真相は分からねぇ。


 ただクリスが言うには『欲しがる物を全て与えてあげたのに、何故自殺などしたんだか……ねぇ?』とその美貌を全面に押し出して微笑みやがった。これは昔からのクリスの癖で、悪さを働くといつもの三割り増しくらいの笑みになる。


 牢屋番に聞いてみたら『食事にはナイフとフォーク、手紙を開ける為のペーパーナイフ、破れにくいシーツと、鉄格子のはまった窓、食事の食器は陶器でした』と言われた時には、そのあからさまさに思わず苦笑が漏れた。


 どれも独房にいる受刑者には差し入れない物ばかりだ。それと『そうそう、王家の印章が捺された封書が一度だけ届きましたよ。罪人に届くのは初めて見ました』とも。アルバートも一枚噛んでいることを考えれば、その手紙の内容が引き金だろうな。


 だがオレにしてみればそれだけのことで、アリスには“もう二度と出て来ない”と伝えれば良いだけだ。それでアリスが不安に思うなら、オレが死ぬまで傍にいて護れば良い。


「ん……アリス、そろそろ時間だ」


 紅茶党の人間の中で唯一コーヒーを啜っていたオレは、暖炉の上に乗っている置き時計の時刻に気付いて、隣で談笑しているアリスに帰宅時間がきたことを促す。


「――え? あ、やだ本当だ! ついロザリンド様のお話が面白くて話し込んじゃった。ごめんなさい、今日はそろそろお暇しますね」


 オレの声に顔を向けたアリスが、そのままオレの視線を追って暖炉の上にある置き時計の時刻を見て驚いた声を上げる。パタパタと身体の前で手を振る仕草が小動物っぽくて可愛い。


「あぁ、アリスったら……ロザリンド様だなんて他人行儀に呼ぶんじゃないよ。アタシのことはもう“お義母さん”って呼んで頂戴な」


 年甲斐もなく潤んだ瞳でアリスを見つめるお袋から、咄嗟にアリスを遠ざけようと抱き寄せる。それを見たお袋がかなり鋭い舌打ちをしやがった。


 うちの家族も使用人達も結構ガタイが良いのが多い中で、アリスは唯一の小動物系。その上、出身が平民だから威張ったところもなく、使用人達の仕事を自然な流れで手伝ったりといった気遣いも良いと、結婚前から屋敷内での人気は上々だ。


「うちの息子にこーんなに、可愛いお嫁さんが来てくれるなんて思ってなかったから、アタシは嬉しい! 良くやった、さすがアタシとあの人の息子だ!」


 アリスを抱き寄せることを諦めたお袋は、そう言うとオレの肩をバシバシ叩いてアリスに笑いかける。

 

「そのへんで止めろお袋。アリスが驚いてんだろ」


 アリスは「全然そんなことないです」と言ってくれるが、どっちかと言うとオレの肩が痛ぇ。屋敷内が暇で力が有り余り過ぎてんだよ。今さら弟妹が増えても困るが……早く帰って相手してやれよ親父。


 何でだかこの屋敷の一人息子であるオレや、主人である親父を見送るよりも俄然乗り気でアリスを見送る為にホールまでやってくる使用人達。まぁ何だ、これなら余計なやっかみを持つような人間は出ねぇだろうな……。


 あれもこれもとアリスに土産を持たせようとするお袋と使用人達から、アリスを引き剥がして屋敷を出る。後ろから追ってこようとするのは止めろ!


 シッシッと手を振るオレと、嬉しそうに笑って手を振るアリス。この対比が最近のうちの恒例行事だ。


 ようやく二人きりになれると、アリスは甘えるようにオレの腕にその華奢な腕を絡みつけて歩くんだが……毎度のことながら忍耐力が……一応それとなく人通りの少ない道を選んでるのは、別にやましい気持ちからじゃねぇが。


 それにオレとアリスが並んで歩くとかなり体格差が出来るから、たまにふざけて抱え上げたりもする。アリスは喜んでくれるが、時折魅力的な悪戯を仕掛けられるのでやりすぎは自滅の元だ。


 ロング夫妻からの達しで結婚するまでは清い交際をと言われている。オレもそれが正しいと思っているから……言い含めるなら娘のアリスにすべきだ。控え目に言っても小悪魔過ぎるだろう。


 今日もアリスはオレの指に自分の指を絡めたり、掌を合わせては「ハロルド様はどこもかしこも大きいね」なんて言いながら、紫色の瞳でオレを見上げてとびきりの笑顔を見せる。


 オレはむず痒い気分と邪な気分の板挟みに苦しみながら、ふと何かしらアリスの気をオレの手から逸らそうと考えて、今一番の悩みをどうにかしてもらおうと思い至った。


 そのオレの悩みと言うのが――、


「あー……なぁアリス。いい加減にオレ用の“下僕椅子”に背もたれがないのは良いんだが、せめて脚を三点じゃなくて四点にして、高さをもう少し高くしてくれるようにリッ……いや、義父さんに頼んでくれないか?」


 そう――義父になるロングからはすでにオレに対する婿いびりが始まっていて、それがまた身体のデカいオレには地味に結構効く嫌がらせを仕掛けて来るもんだから、質が悪ぃ。


 オレの眉間に皺が寄っていることを指摘しようとしたのか、アリスが微笑みながら人差し指を立てて背伸びをする。それを受けようと屈んだオレの首にいきなりアリスの腕が回され、眉間に唇を押し当てられた。


「だ、から、そういうことを、急にすんのは……っ!」


 慌てるオレを間近に見つめるアリスの瞳がキュウッと笑みの形に細められて。


「ふふ、やぁだよ~。あの椅子に座って四人でご飯食べる時のヒヤヒヤしてるハロルド様、凄く可愛いんだもん」


 そんな風にクスクス笑うアリスの方が万倍可愛いと思うが、一つだけ不満なことがあるとすりゃあ――。


「もうすぐ夫婦になるんだ。そろそろハロルド“様”はおかしいだろ?」


「え、あ、うん。そうだけどさぁ、やっぱりまだ――、」


「その“まだ”はもうナシだ。アリスはオレを“王子様”だと言ったろ。だったら妻になるアリスは“姫様”だ。なのにアリスがオレを“様”付けで呼んだら、いつまでも義父さんがオレの椅子を作り直してくれねぇだろ? ……それとも、アリスの中ではまだオレは他人か?」


「ち、違うよ! 父さんと母さんのあれだってちょっとふざけてるだけで、ハロルドさ、」


 つい癖のように自然に“様”付けしようとするアリスの目を覗き込んで「ん?」と訊ね直せば、その頬が見る見る赤くなる。もう一押しだと思ったオレが「何だ?」と小さく囁けば。


「――ハロルド、の、反応が、可愛いから……で」


 耳の先まで赤くなったアリスが、本当にオレにしか届かねぇくらい小さく囁き返す。その可愛さに思わず無言になってしまったオレの目を見つめ返すアリスが、主導権が自分に戻ったことを敏感に感じ取ってニンマリと笑う。


「わたしを黙らせたいなら、ねぇ、どうする?」


 そう言ってつり上がった薄桃色の唇から目を離せないでいるオレに「次からはハロルドから、ね?」と囁いたアリスが、オレに口付ける。

 

 一瞬だけ周囲の気配を探って人気がないことを確認したオレは、アリスの注文に答える為に一度離れて、今度こそそのお喋りな唇をオレから塞いだ。




次回からはメリッサとアルバートのお話です。

またお付き合い頂けると嬉しいな~!

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