喫煙所
ひどく落ち着かない。足が地につかないとはこのことだろう。真冬の気温が身震いをさらに誘ってくる。
とある日曜日、直哉は、病院の目の前の交差点を渡った先にある、コンビニの喫煙所に身を寄せていた。ポケットから一つ煙草を取り出す。ここにきてもう五本目の煙草だ。先に来ていた大学生と思われる三人組は、つい先程どこかへ行ってしまった。今はただ一人である。煙を吐き出すと、白い息も重なって、雲のような塊になって空へと消えていく。
今日の青天にはひどく不格好であるなと少し思った。
冷えた右手は、その口に近づけたり遠ざけたりをしており、左手にはスマホが握りしめられている。そして、時折画面を確認する。それだけの動きをくり返して三十分ほど経った後、今度は老人が現れた。杖をついており、足取りもおぼつかない。最初に直哉は、こんな老人でもコンビニへ寄り、煙草を吸うのかと若干驚いたが、それだけであった。その後は特に、気に留めてもいなかったが、唐突に彼が直哉に話しかけてきた。
「今日はお日様があるのに寒いですねえ」
なぜ話しかけてくるのだろう。そう思いつつも、「そうですね」と、そっけなく直哉は返した。できるなら、この会話をすぐに終わらせたかった。話すことが苦手な直哉にとっては、初対面の、しかも世代があまりに離れている老人との会話は苦痛でしかないのだ。しかし、そんな直哉の気持ちを、老人はくみ取ってはくれなかった。
「誰か人を待っているのですかな?」
「ええ、まあ」
「そうですか。人を待つというのは心躍る反面、いっそう寂しい気持ちにもしてくれる、不思議なものですよなあ」
この老人は何を言いたいのだろう。直哉は怪訝な態度で老人に尋ねる。
「あなたも誰かを待っておられるのですか?」
「いえいえ、待つというほどのことでもございません。少しだけ煙草をふかしているだけですよ」
そう言うと、短くなった煙草を灰皿に捨て、「では、また」と、来たときと同じような足取りで、交差点を渡っていった。
一体あの老人は何を言いたかったのだろう。不可思議な気持ちで立ち尽くしていると、突然、左手が震えだした。心臓の音が一気に強くなる。慌てて画面を見ると、見慣れた番号が並んでいた。病院からである。
「藤木さんの旦那様の番号でお間違いないでしょうか?」
「はい、藤木です」
冷静を装う。
「つい先ほど誕生されました! 元気な男の子ですよ」
「そうですか、分かりました。すぐにそちらへ向かいます!」
電話を切ると、直哉は深く息をつき、そして大きく吐き出した。
これが最後の煙草だな。心の中でそうつぶやくと、まだ残り数本ある煙草の箱を握りしめ、右方にあったゴミ箱に、その箱をそっと捨てた。
軽くなった足で直哉は、青になると同時に交差点へと飛び出した。
老人の描写は気にいっています。