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河原を散策していたセレナの足が止まった。いや、止められたのは、天幕も疎らな公界の外れに差し掛かった頃だ。
突然、何かが足元に絡みつき、非力で小柄な体ががくんとつんのめる。
おぅっ?
小さな叫びをあげて足元を見る。と襤褸布が足に纏わりついていた。
「……かーちゃ」
セレナの着物とどっこいどっこいにほつれた布から除くのは、白くて丸い顔だった。
呟いた言葉に力はなく、唇はかさかさと渇いている。
栄養状態はあまり良くないのかも知れないが、はっしとセレナの足に縋りついていた。
離すまいとするかのように力のあらん限りをもって抱きしめ見上げてくる。
かーちゃ?
幼児?
なにゆえ?
思考の断片がセレナの脳裏を駆け巡った。そういえば、シーラお姉ちゃんが子守が得意だったなぁ。
まあ、セレナちゃんったら。こんな可愛い子ができて。私もこれで伯母さんね。
混沌に飲まれて無残な最期を遂げた筈のシーラお姉ちゃんが、耳元で語り掛けてきたような気がした。
気がしただけである。懐かしさに浸りつつ、これは姉ならこんな風に喋るだろうという私の心が作り出した幻聴に過ぎないと悟っている。
姉さん?私のめしべはいまだ未使用です?
まあ、処女懐胎?凄いわ。ドライアドは、そうして自己生殖するんですって。
セレナちゃんドライアドみたい。
無表情で見下ろすセレナと、唇を半開きにしてじっと見つめてくる名も知らない幼児。
人によっては、貧民窟よりも忌避する公界のど真ん中で、何ゆえ、愛らしい幼児がただ一人で彷徨っているのか?
しばし迷った末にヒョイと抱き上げる。
「あー、男の子?それとも女の子?」
ぐうぐうと腹の音をたてながら、謎の幼児は力尽きたように白目でこてんと首を転がした。