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男が目を見開いた。
何かを問われる前に、セレナは口を開いた。
私は言葉を託されただけ。何者でもない。
そもそも託した老人は、狂人かもしれない。
アウナンの王に、言葉を届けよ、と
告げると共に少女の体から緊張が抜けた。
思い込んでいた使命を果たした安堵が体を支配する。
と、男の背後、彼方の混沌を僅かだが直視した。
瞬間、頭と心に無数の幻想が駆け抜けた。
白銀の鎧を纏ったセレナによく似た女、金色の瞳をした女があの荒野。越えてきたはずの枯野で朽ちかけた老人を前に佇んでいる。
微笑みを浮かべた老人が、そして、想像の中の女が金色の瞳で自分を見つめる。瞬間、その存在感とあまりにも自分と酷似した容貌に耐え切れず、また混沌に体と心を犯される不快感にセレナは嘔吐した。
床に這い蹲って酸っぱい胃液を吐き出した。都にて振舞われた粥の粒がおぞましい虫に、羊の肉が人の赤子めいた人面の肉片に、変わり果ててキィキィと耳障りに歌い出す。
……ぁ。まるで錐で刺したような頭痛が絶え間なく頭の芯を襲う。凄まじい悪寒と震えに歯を食いしばり、己の体を抱きながら、セレナは床へと倒れ伏した。