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緩やかな起伏が波のように連なる丘陵地帯の頂の一つで、ふるびた風車小屋が巨大な松明のように炎上していた。
天をも焦がさんとばかりに大きく燃え上がる紅蓮の炎を、数名の騎馬武者が取り囲んでいる光景が、近くの丘陵の鍋のように窪んだ裂け目からも仰ぎ見ることが出来た。
「貴様の読み通りだったな。物乞いよ」
窪みに隠れた姿勢で囁いた老人に対して、セレナは胡乱な視線を返した。
「……なぜ、ついてくる?私を信用している訳ではないのだろう?」
老人が口の端を吊り上げた。冷酷な瞳が紫水晶のようにセレナを見据えている。
セレナは舌打ちして老人から瞳を逸らすと、闇に浮かび上がる丘陵の峰々に視線を走らせた。
「……私もこの土地を全て知っている訳ではない」
髪をかき上げてから、行き掛り上の同行者である子供に一瞬だけ視線を走らせてから、言い聞かせるように真剣な声色で呟いた。
「心して聞きなさい。ひとたび街道を外れてしまえば、それだけで荒野が私たちに見せる顔は変わる。
闇の勢力との古い戦争の影響で、一帯はいまだに不死が迷い出てくる」
子供がごくりと喉を鳴らすのがセレナの耳に届いた。
「私の背中から逸れないように。まあ、その分、亜人や盗賊とは滅多に出会わない」
余り緊張されて足を引っ張られても面白くないので、気を紛らわせるように冗談めいて一言付け加えてやった。
立ち上がり、中腰になって丘の丘陵を歩きだすと、老人が感心するような口調で言った。
「……そんな場所によくぞ住み着いていたものだ」
「不死連中は、大概は、平野や裾野を彷徨っている。……恐らくは生きていた頃の習性なのだろう。
だから、丘の頂にいれば態々昇ってはこない」
言葉を区切ったセレナは、ため息を漏らして同行者二人を振り返った。
「そんなことも調べないで曠野に踏み込んできたとしたら、随分と無謀なのだな。貴方たちは」
辛辣な口調で告げたセレナだが、口籠った子供の顔色がやや青ざめているのに気づいて、肩から薄い擦り切れたマントを外して手渡した。
「……唇が紫になっている」
寒さが原因とも限らないが、マントを子供に羽織らせてから再び歩き出した。
「……あ、その……ありがとう」
礼を言う子供をほとんど無視して歩き出すと、老人が嫌な笑い声を低く漏らした。
「……親切なことだ。先刻、一切れのパンの為に子供を打ち据えようとした人間とは思えんな」
セレナを冷淡に眺める老人の口調は、皮肉っぽく辛辣だった。
怒らせて反応を見ようとしているのか。或いは、単に偏屈な皮肉屋なのかな。
どうでもいい、とセレナは鼻を鳴らした。
「貧しい人間にとって、パン一切れの有無は、その日を越えられるか餓えて死ぬかを意味する。
マントを貸してやっても飢えて死ぬ訳ではないからね」
云って、最後に遠くなった家をもう一度だけ振り返った。
短い間だけれども、我が家であった風車小屋は、家屋全体が勢いよく燃え上がっている。
置いてきた家財も今頃はすべてが灰だろう。何もかもが燃えていたが、安住の地を失ったのはこれが初めてではないし、きっと最後でもないだろう。
振り返ってほろ苦い微笑を浮かべていたセレナが、再び足を進めると、子供を暖めるように懐に抱き寄せた老人も女乞食の背を追ってゆっくりと動き出した。