24
嵐のようにやってきた騎兵の一団は、また嵐のように過ぎ去っていった。
荒らされた風車小屋に取り残された老婆は、遠ざかっていく騎兵たちの後姿をじっと視線で追っていた。
視界から完全に消えたのを念入りに確認すると、ようやくほっと息をつき、自らの髪の毛に手をかけて、ずるりと取り去った。
動物の尾の毛で造った灰毛の鬘を床に脱ぎ捨て、顔に張り付けた豚の皮を取り外すと、灰を擦り付けた手を布巾でぬぐい取りながら、壁際に積まれた藁の山を睨みつける。
「行ったよ」
不機嫌さも顕わに吐き捨てたセレナの目の前。積み藁の塊がうごうごと蠢くと、中から子供が飛び出してきた。
ぷっはぁ!大きく息を吸って、服に巻き付いた藁をパタパタと掌で取り除いていく。
頬の詰め物にした草の塊をあんぐと吐き出しているセレナに向かって、にこにこと微笑みを向けてくる。
服から藁を払っている老人と子供に構わず、セレナは風車小屋を歩き回って荷物を纏めていく。
全財産。と言っても幾らか食料の入った麻袋と小さな財布だけだが、手に取ると先刻、騎兵たちが押し入ってきたのとは反対側の壁へと歩み寄った。
壁には巨大な穴が開いている。セレナ一人くらいは簡単に出入りできるのだ。
と、目ざとく立ち去ろうとしたセレナに気づいたのか。老人、腕を掴んで冷たく言い放った。
「暫くは留まってもらうぞ」
掴まれた腕が軋みを立てた。骨ごと握りつぶされそうな剛力に加えて、厳しい口調からその言葉が歎願ではなく命令なのだと理解できたが、セレナは敢えて鼻を鳴らしてみせた。
「馬鹿じゃないのか?」
口が滑った訳ではない。険しい表情の老人を、坐った目つきで強く睨み返しながらセレナは口を開いた。
「あんなあからさまに危ない連中。近づきたくもない。
知らせに行くと危惧してるのであればだけれど。褒美をくれるとしたら、鉄の刃だろうよ」
納得いかない様子の目の前の老人を説得すべく、セレナは口を開いた。
「粥だよ」
老人には理解できぬ。腕の力が強まり、本当に腕が砕けそうに思えるが、セレナは痛みにも眉一つ動かさず言葉を続ける。
「あいつらが少しでも切れ者なら戻ってくる」
老人の落ち窪んだ瞳が苛立たしげに細められた。
腕を締め上げる力がじりじりと強くなっていく。
暴力を前面に押し出して、暗黙のうちに屈服を迫る老人の振る舞いが気に入らない。
何様の心算なのか。思いつつ、セレナは怒りを飲んで説明した。
「……分かんないのか?どう見ても、婆一人が食うには多すぎる。
大の男五人が分け合って食える量だ。それに一人暮らしでこんなに薪を使って炎を焚く訳ない」
理解したのだろう。老人が不快げに鼻を鳴らした。
セレナの腕を掴んでいる力がやや弱まった。
「あいつらが欠片でも脳味噌を持っていたら、あんたたちは終わっていた。
違和感を覚えて戻ってきても不思議じゃない」
老人は黙して語らない。続けろという事だろう。
きっと、この老人からすれば、薄汚い乞食風情の話に耳を傾けてやってる心算なのだ。
沸騰する怒りに歯を食い縛り、一端、目を閉じてから、セレナは言葉を続けた。
「だから、私はしばらく塒を変える。
口を割らせる為に軽く拷問くらいはするかも知れないしね。
あんたたちも早めに立ち去るんだね」
腕を振り解こうと歩き出したセレナだが、しかし、老人に離す気配はなかった。
「……離せ。ここであたしを斬っても、あいつらに手掛かりを与えるだけだ」
老人がどう思おうが知ったことではない。関わり合いになるのも御免だった。
慌てた様子の子供がセレナと老人を見比べる前で、セレナは吐き捨てた。
「……斬りたければ斬ればいい。その気がないなら、触れるな」