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騎兵たちの優れた視力は、丘陵の頂でゆらゆらと鬼火のように揺れるかすかな光を見逃さなかった。
或いは真実、魔の到来を告げる鬼火やもしれぬ。
懸念しつつも、馬蹄の音を響かせて丘陵を昇りきれば、今にも倒れそうにうらぶれた風車小屋が佇んでいる。
急な雨と風に煽られた騎兵たちが、一息つこうと踏む込んでみれば、小屋には腰の曲がった乞食の老婆が一人。杖に縋りながら、闖入者の一団を怯えた目つきで窺っていた。
「婆さん、一人か?」
野太い声の問いかけに、半ば腰を抜かした様子の老婆がこくこくと頷いた。
壁や天井も所々、破れたあばら家だが、土間では石を積み上げた竈が組まれ、鍋に満杯の粥がいい塩梅に湯気を立てている。
「ふん、雑穀か。もっとましな食い物はないのか」
「まあ、贅沢を言うな」
「意外といけるな。体が温まる」
好き放題にほざきながら、匙を使って勝手に食べだした騎兵の一団を前にして、老婆は意外と敏捷な動きでスルスル壁際に下がった。
粥を遠慮なく掻き込み、さらには落胆した様子で俯く老婆を半ば無視して、騎兵たちは我が物顔で風車小屋を物色し始めた。
「食い物が足りんな」
「雨に打たれて体が冷えたぞ。おい、酒はないか?」
壁に掛かっている雑穀の袋と香草を一気に鍋に付き足した騎兵の傍らで、乞食の老婆が泣きそうにくしゃりと顔を歪める。
粥をぺろりと平らげてから、騎兵の一人が口元を拭った。
「おい、婆さん。ここらで人を見なかったか。
ジジイと餓鬼の二人連れだ」
「……知りましぇぬ」
と掠れたしわがれ声で小さく答える老婆を相手に、騎兵は厳しい口調で詰問する。
「本当か?隠すと為にならんぞ!」
暴力の気配を濃密に纏う騎兵が声を荒れば、知らぬと必死に首を振るう老婆。
もごもごと言い訳するように何かを呟いているが、歯が抜けている者特有の不明瞭な発音で酷く聞き取り辛かった。
怯えを隠さずぶるぶる震える老婆を睨みつけた騎兵だが、鼻を鳴らすと仲間に振り返った。
「この道を通った筈だがなあ。連中め、敢えて街道を逸れたか?」
粥を掻き込んでいた騎兵の一人が口元を拭いつつ、野卑な笑みを口元に浮かべる。
「まさかな。知らん土地で亜人どもが彷徨う荒野に入るとは思えん」
剣の柄をもてあそびながら、禿頭の騎兵が頷いた。
「然り。彼奴等、辺りには不慣れであろう。
もとより滅多に使われぬ廃道。道を見失えば、生還もおぼつかぬぞ」
「オグル鬼にでも食われれば、手間が省けるというものだがな」
議論を続ける騎兵たちだが、食い足りぬのか。空になった鍋を土間に抛ると小屋の主を睨みつけた。
「婆、肉はないのか?」
老婆の痩せた手に示された指の先。干された小動物らしき肉片を見て眉を顰めた。
「なんの肉だ?それは」
「ふん、ネズミではあるまいな」
音高く舌打ちすると、騎兵は食い尽くした粥の皿を投げ捨てた。
「……彼奴らを追い抜いたか。或いは、まだ先行しているか」
薄暗い窓の外に視線を走らせながら、立ち上がる。
「先を急ぐぞ。所詮は、餓鬼と爺の足よ。
駆ければ、イゼルダ市に入る前に補足できよう」