20 何を食べている?
セレナが塒に戻ると見知らぬ子供が床に座っていた。
緑色の頭巾を深く被った煤けた金髪の子供で、セレナが冬越えの為に貯め込んでいた食べ物を頬張っていた。
通りで部屋の中が暖かいと思ったら、森を歩いて一生懸命に集めた薪の山があからさまに減っている。
遠慮なく薪を投じたらしく、燃え盛る炎の上で見覚えのない鍋では粥が煮られている。
中身はカラス麦やら蕎麦などの雑穀の粥に塩と香草を混ぜたもので、傍らにはセレナが雑穀を詰め込んでいた麻袋が空になって転がっていた。
入ってきたセレナを見て目を丸くして固まっていた見知らぬ子供だが、不意の来訪者もびっくりしているのを見て、口の中の食べ物をモグモグと噛んでからごくんと飲み込んだ。
「こ、こんにちわ?」
「ほああああ!?」
惨状を目の当たりにして狂を発したセレナが絶叫した。
ビクッと子供が体を震わせるが、セレナはまるで熱病に掛ったみたいに震える手で相手の食べかけの黒パンを指さした。
「なんだ、お前!何食べてるんだ!」
見知らぬ乞食女の詰問に、子供は素直に応える。
「く、黒パンです」
「わたしの黒パン!私の黒パンじゃないか!」
形に見覚えがある。間違いなくセレナのとっておきで、壁の中に隠しておいた奴であった。
パンは庶民の食べ物だ。貧乏人は粥を食べる。今のセレナにとってパンは貴重なご馳走であった。
気まずそうに頬を赤面させて目を逸らす子供。可愛らしい仕草だが、その癖、黒パンをしっかり掴んで離そうとしないのがまた腹立たしい。
「お、お腹が空いていて……貴女のものとはつゆ知らず……」
「とっておきなんだぞ!返せ!」
詰め寄る前とパンを抱きかかえたまま、子供は後退した。
「お、落ち着いてください。これには訳が……」
「人のもん食べといて訳も糞もあるか!パン返せ!」
おずおずと言い訳するも、セレナの剣幕に子供はパンを抱えて逃げ出した。
「返せったら!袋一杯の団栗と交換でやっと手に入れたんぞ!」
盗人を逃がすまいと、セレナは追い掛け回した。
「わああ、来ないで!」
狭い風車小屋だ。あっという間に追いついた。襟をつかんで引きずり倒す。
子供は身を守るように丸まった。
パンを取り返そうとぽかぽかと丸めた拳で叩きながら罵倒する。
「返せ!そしたら、出ていけ!私の塒だ!私の塒だぞ!」
「やああ、ごめんなさい!ごめんなさい!」
脅かすつもりで杖を振り上げる。本当に叩き付けるつもりはなかったが、子供が怯えたように目を見開いて、叫んだ。
「ひゃあ!助けて!クラウス!」
セレナの目の前で火花が散った。そのまま壁に叩きつけられる。
衝撃で体は動かない。目の前が暗くなってくる。
「無事か?」
低く厳めしい声だけが遠く耳に響いていた。
床に倒れたセレナの視界に、うすぼんやりと風車小屋の土間が映った。
帰り際に採取した野生のカラスムギや香草、木の実などが床に散っている。
拾った時には楽しかったな。なんて思いだす。
それでも、今朝がたは多少、楽しい気分も味わっていた。
木の実を見つけながら、冬を越えることばかり考えていた。
その前に人生が終わりそうになっている。
「暴れないと約束してくれたら、縄を切るよ」
背後から云われて、初めて縛られているのに気付いた。
どうやら気を失っていたらしい。
手足を拘束されたまま器用にくるんと寝返ったセレナは、傍に立っているナイフを持った子供を不満げに睨みつける。
その背後には、硬皮の上着を着込んだ屈強の老人。殺されるかもしれないが構うことはない。
「……泥棒」
その一言に思い切りの侮蔑を乗せて吐き捨てた。