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19 セレナ・バルネは喧嘩が弱い

(……駄目だ。泣きべそかいて逃げるなんて。ああ、わたしはなんて気持ちが弱いんだ)

 うじうじ悩みながら、セレナは重い足取りでとぼとぼと田舎道を歩いていた。


(普段から、覚悟が足りなかった。次は大丈夫。大丈夫だ)

 悩みを引きずりながら、立ち直ろうと自分の頬に触れてぎゅっと目を瞑ってみる。

 暗闇の中、自分に対して幾度も言い聞かせる。

(先刻は、虫扱いされて動揺した。無様だ。でも、無理もない。いややっぱり無様だ。

 受け入れろ。虫けらと見做される自分を受け入れるんだ。

 虫けらであることを否定するのと、虫けらとして他人に見られてるのを受け入れるのは矛盾しない。

 その上で他人がわたしをどう見做そうが、わたしは虫けらじゃない。

 自分の気持ちをしっかり保つんだ。

 お前は、誇り高きネイス・バルネの子なのだ!)

 息を大きく吐いたセレナは、幾らか調子を取り戻したのだろう。

 しっかりした足取りで塒への帰り道を歩きだした。

(今の私は、社会から追放された屑と見なされている。

 ……強くならないと。そして這い上がるんだ。一々、傷ついていたら生きていけないぞ。

 漫然と慣れるのではなく、ただ我慢するでもなく、心を強く持つんだ)


 丘陵の頂、遺棄された風車小屋が見えてきた。セレナの最近の塒だった。

 丘陵の登り坂を進みながら、空を見上げると地平線の彼方、白い雲が湧き出てきていた。

 僅かに湿気を感じて、セレナはクンと鼻を鳴らした。雲の位置が低いので、雨が降るかもしれない。

 一刻も早く塒に戻るべく風車小屋に足を速めながら、セレナは胸のうちで城門での出来事を思い返していた。

(それにしても……先刻の衛兵は強そうだったな)

 恐ろしい気配を纏った甲冑の衛兵は、冷たい雰囲気を放射して周囲を威圧していた。

(畜生……格好良かったなぁ。ああー、ごつくて、いかつい男に生まれたかった)

 おのれの小さな掌をじっと見つめて、ワキワキと動かしてみたりする。

(ちっちゃい……昔見たゴブリンとかよりちっちゃい。

 でかくならないかな。たくさん食べないとダメか。

 あ、駄目だ。少食だから助かってるんだ。大きかったら、餓えて死んでるかも)


 見つけた木の実やら捕まえた栗鼠やらを、女乞食や浮浪児に横取りされたこともあった。

 人目のある所で呑気に持ち歩いた危機意識の薄さは改善されたものの、そもそもセレナは喧嘩が弱い。

(……なんとかならないかな。いや、無理か。もって生まれたものは越えられない。

 得意なのは編み物と家畜の世話、とか言っても放浪生活には役に立たないしな)


 勾配を登り切ったところで額にぽつりと雨粒が当たった。

 風は早く、セレナの頭上にも灰色の暗雲が広がっている。

 なのに風車小屋の前で立ち止まって、足が進もうとしない。

「……きついな」

 俯いて漏らした物憂げな呟きは、風の音に流されて何処にも届かず消えていった。

 徐々に勢いを増す雨粒が、セレナの纏った襤褸い服装に当たっては砕けていった。

 明日への道筋が見えてこない。希望を見失っている。

「大丈夫……ちゃんとご飯を蓄えてる。……正直に生きてる。頑張ってる。きっといいことが」

 自分に言い聞かせるように呟きながら戸口を潜った風車小屋の床に、見知らぬ子供が座り込んで食事を取っていた。

 入ってきたセレナを見て目を丸くしているその子が遠慮もせずに頬張っているのは、セレナが冬越えの為にかき集めていた大事な食料である。

「ほあああああ!?なにやってんの!お前ぇ!」

 この後、飯泥棒に飛び掛かったが、返り討ちに在って鼻血を吹き出した。


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