落穂拾い
刈り入れの終わった畑に女子供が往来して落穂拾いを行っている。
その風景を、セレナは飽きることなく丘陵の頂からずっと眺め続けていた。
農民たちは畑の麦の全てを収穫はしない。狩られて地面に落ちた幾ばくの麦を落穂という。
落穂拾いは貧者の糧。夫に先立たれた妻や親に先立たれた子供。生活に困窮している者たちを救済する為、古より各地の村落で定められている権利であった。
例え貧しく身寄りがない者たちでも、共同体の一員である限りは、僅かではあるが施しを受けられる。
落穂拾いを行っている集団には、風変わりな風体の者たちも含まれている。
廃兵らしき義足の男。戦火から逃れてきたのか、顔が焼けただれている女。
せむしの老人と傍らをちょこまかと動く幼い兄妹。
村の身寄りがない者たちか。それとも行き場がないものを受け入れたのだろうか。
農村を旅すれば大抵一人か、二人は、施しを受けて暮らしている者を見かける。
寡婦や孤児だけとは限らない。よそ者が受けていることもある。
何年も農村で働き、半ば村の一員となった者たちらしい。
自力で生きて行くには、僅かに足りない。その僅かを村人たちが少しずつ埋めている。
そうして支えあうことで生き延びた者は少なくないが、戦乱や飢饉で支え切れない時、真っ先に切り捨てられるのもまた彼らだった。
健康な若者であれば、町で働く道もあるだろう。農場で召使の口を探しててもいい。
怠け者の召使いは、何処でも見かけることができる。
中央王国であれば、セレナもそうして暮らせたかも知れない。
けれど、セレナにとってイシュタリアは異邦であった。
見知らぬ異邦で見すぼらしい隻眼の女を、いったい何処の誰が受け入れるだろう。
魔と混沌、闇と暗黒の力が現実に人々を脅かしている世界。
魔狩人たちは、邪悪の浸透を防ごうと日夜、侵略の徴候を血眼になって探している。
闇の者共は、体の一部と引き換えに【力】を闇の主より賜ると云われていた。
恐怖に震えながら、セレナは左目の眼帯にそっと触れた。
混沌の徴持つ異邦の放浪者。見つかれば、魔女として火炙りにされても不思議ではない。
世界は今やセレナの敵だった。