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利用せぬ人間には不思議に思えるかもしれないが、雑多な輩が集う割には公界の揉め事はさほど多くはない。
下町では頻繁に見かける喧嘩沙汰もそれほど起きず、かと言って暴力による統制が在る訳でもない。
そもそも仕切り役が不明であった。にも拘らず、町中では対立している筈の無法者なども身を慎んでいるのが、セレナには不思議でもあり不気味にも感じられた。
一種の中立地帯であることは間違いないのだが、複数の勢力がなぜ申し合わせたように中立を守るのか。
公界とは如何な申し合わせで成立しているのか。セレナにはとんと分からぬ。
なんらかの抑止力が働いているのは間違いあるまいが、とりあえずは非力な乞食娘にとって公界の存在は有難かった。
とは言え、公界も絶対の安全が保障されている聖域という訳でもない。
領主や都市の有力者の兵が踏み込んでくることもあれば、開かれる市での利権を巡ってか。大きな抗争が起きて死人が出ることもある。
そもそもが荒っぽい時代である。
街道を歩けば年に数度は出来立ての死体を見かけるし、不特定多数のよそ者が集まる大きな城市であれば、喧嘩沙汰や窃盗、強姦なども発生する。
攫われた娘が泣き叫ぼうが悲鳴を上げて連れ込まれようとも、貧民窟では助けが入ることとてない。
貧民窟以上に雑多な輩が多々集う場所であれば、やはりそこには荒んだ雰囲気が漂っている。
窃盗や女への悪戯なども、やはり日常茶飯事であって、要するに
用心を怠った!
あああ、叫ぼうとした口が真っ先に掌で塞がれる。
じたばた足搔こうとするも手足を掴まれて抑えられる。
まずい!複数人!小っちゃくて弱い!一人でも勝てない!なのに多数!
小柄な割には頑張った、が、最近食べていたのは、ずっと木の実の粥に僅かな野菜。栄養の乏しい日々で筋肉も落ちている。
遠い昔にも思える農場時代には、鶏卵と豚を時々、食べてた。
思い出せ!一昨年の謝肉祭に食べた豚肉を。私の血肉となった豚のマーフィーよ!我に力を!
拘束をふり解こうと、頑張って全身に力を入れる。
ふんー、んふー、ふぅー……ふぅー
鼻息も荒く暴れて見せるが駄目だった!くっ、殺せ!
ぐったりしたセレナの顔を、上から女が覗き込んでいた。
「こんちわ」
赤味掛かった紫の瞳が印象的な、どこか猫を思わせる中々の美人だった。