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一食分の豆の有無は、貧民にとって生死を左右するが、セレナは見知らぬ子供に手持ちの乏しい食料を分け与えた。
どこか心地よく、また胸が暖かくなった気がした。
気がしただけかもしれないが、この自らの身を削る行為を何処か楽しんでいた。
が、楽しく時間は長くは続かないものだ。
腹が満たされてくちくなったのか。うとうとし始める子供を置いておいて立ち去るべきだろう。
面倒は見切れない。
考えれば、このように幼い子供が一人で生きられる訳もない。
何処か保護者がいるはずだが、公界には人買いも訪れる。
セレナが仏心を出してしまう程度には愛らしい子供だった。
子の無い夫婦であれば、さぞ高く買うに違いない。無論、セレナは人を売り買いする気はないが、可愛い子供が攫われるのは、有り触れた話でもある。
保護者が何処かにいるはずだ。
手近な岩に腰掛けつつ、セレナはらしい相手が来るのを待った。
フードを被った小柄な乞食が赤子を抱いた奇怪さに、行き交う人々が好機の眼差しですれ違う。
と、誰かがセレナの襟首を背後から掴んで引っ張ってきた。
突然の出来事に対応できず、ひきゃおう!と小さく叫んだ小柄な乞食娘を、何者かは其の儘、強引に背後の天幕へと引きずり込もうとする。
慌てて傍らの杖へと手を伸ばしたが、手が短い。空振りする。
いかん!杖を取り損ねた!
威力も高が知れてるのだが、立てかけてあった唯一の武器を取り損ねてしまう。
襤褸を纏い、フードを深くかぶったセレナは若い娘には見えないし、金銭も到底、持ってるようには思えない。
明らかに襲っても何の利もないのだが、逆に言えば、危害を加えようと思えば此れほど容易く加えられる人種もいない。非力で、知己もおらず、法的な庇護も受けておらぬ。
イシュタリアは、優しい土地ではない。特によそ者の乞食など、例え殺したとて誰も咎めはしない。
その事実が、セレナの胃の腑を氷で出来た腕が掴んだように恐怖で強く締め上げた。