剣と銃 その2
「カチャ、パン、カチャ、パン、カチャ、パン」
と軽快な音をたてて、伯爵はリボルバー(回転式拳銃)を3発、発射した。弾は10メートル先の直径1メートルの的に全弾命中している。ここは工場の裏手の屋外にある射撃練習場だ。
「どうだ、簡単だろ?」
と伯爵は満足げにアーネットを見て、撃ってみろと拳銃をすすめてくる。
だがアーネットは拳銃の発砲音に驚いて
「い、いいです。いいです。私は、こ、こわいです~~~」
と、尻込みするのだが、まだこの銃は現在の22口径程度で、驚くほどの音でも衝撃でもない。それでも初めてみる拳銃と言うものにビックリして手を振って拒否する。
「そうかー、でもこれは、そうそう触れれるチャンスがないものだぞ」
と、残念そうに伯爵が銃に息を吹きかけ、煤を払うと、弾倉部分をカチャっと左側に抜き出し、空薬莢を捨てて弾を1発だけ込めてアーネットに渡してくる。いやいやながらも、仕方がないといった顔でそれを受け取るアーネット。
「そうそう、なにはともあれ経験だ」
と伯爵は言って、彼女に無理やり銃を持たせ、撃ち方のレクチャーを始める。
「ほら、グレートソードをあれほど大胆に振り回す人が、こんな小さな拳銃ごときに、何をためらう。さ、ちゃんと握って。
こう、目標に向かって体を向けて、利き腕で拳銃をもってまっすぐ伸ばす。そしてもう片方の手で拳銃をを支えるように下からもって、肘を・・・」
と彼女に手取り足取り教える。まるでゴルフ練習場のお父さんと娘のようなやり取りを後ろから見ているロズワルド博士も、微笑ましい雰囲気に、つい頬を緩める。
「では、ゆっくりと右手の親指で撃鉄を起こしてから、引き金を引く。
やってみな」
と勧められるがまま、アーネットが引き金を引くと、あっけなく弾は発射された。
残念ながら弾は的には当たらなかったが、あれだけ怖がっていた音や煙も驚くほどではなく、衝撃もほとんど感じられない。
「どうだ、簡単だろ?」
と伯爵に改めていわれると、アーネットも「うん」と答えざるを得ない。
だが、ここまで簡単に思えるのは、帝国の技術の粋を集めた逸品であるからで、一般兵がもっている銃はそんな訳にはいかない。弾を打つまでも準備がいるし、命中率も段違い、暴発の危険性もある。
そんなことに無縁なように、手軽に扱えるのは、今使っている銃が特別な存在だからだ。それは、運よくこの拳銃の設計図が発見されたことと、博士と、その元で働く銃職人の経験と勘。さらに、技術革新を後押しし、製造技術を磨いてきた王の先見性があったればこそであった。
「じゃあ、今度は的に当ててみよう」
といい伯爵が今度は全弾込めて拳銃を渡す。それをアーネットがまたパンパンと撃つ。慣れてきたのか、撃つのに迷いはなくなってきた。だが、いっこうに的には当たらない。
「伯爵がやっていた時は簡単にみえたのに、やってみると難しいんですね」
と彼女が首を捻ってつぶやく。
「そうだな、だが、剣に比べれば簡単だと思うけどな、それでもやっぱりコツはつかまないとダメかな」
と、言いながら伯爵はまた弾を込めて渡す。伯爵から言わせると、この拳銃で的に当てるのに苦労した覚えはなかった。それほどまでにこの銃は簡単だったし、剣は相手あっての剣術だが、拳銃にはそんな術はない。何度か彼女は試したが、結果として1発も的にあてることはできなかった。
後ろで見ていた博士も、さすがに伯爵の推測も外れたか。と少々残念な気持ちになったが、8歳の少女に期待する方が土台無理な話なのだ、と思い直した。
「なんか剣術の時のようには、感覚が働かないんですよね」
とアーネットがポツリと言った。
感覚とは例のあの特殊能力のことなのだろうか、と伯爵は思った。じゃんけんの時にも、剣術の時にも感じた、彼女の殺気のような感覚は、たしかに今回の拳銃では感じられなかった。
「よっぽど、あの空を飛んでいる鳥の方が当たりそうな気がするんですよね」
と、アーネットが空を見上げながら意外なことをつぶやいた。それを耳にした伯爵は、ハッっとして、改めて弾を込めて彼女に拳銃を渡した。すると彼女は視線で鳥を追っていたが、おもむろに両手で拳銃を持ちあげ構えたまま、空の1点を目掛ける、するとそこへ引き寄せられるがごとく鳥が誘導されていって、近づいたと思った瞬間
「パーン」
と銃声が響いたとおもったら、今まで綺麗に滑空していた鳥の羽ばたきが1瞬乱れ、次の瞬間落下した。
「マジかよ」
伯爵も博士も、我が目を疑った。鉄砲で動くものに当てるなど聞いたことがない。ましてや空を飛ぶ鳥を打ち落とすなんて、しかも何メートル離れてると思ってるんだと、心の中で突っ込まずにいられてない。
だが思い返してみれば、アーネットのあの特殊能力が発揮されるのは、相手に人の気配が感じられる時だった、今回は鳥だったが、きっと彼女の対象は生命を感じられる存在にだけ反応するのだろう、ただの的ではその感覚を触発されなかったに違いない。
「おい、アーネット。今のどうやって・・・」
と伯爵が声を掛けようとすると、急にアーネットが
「あっ」
と声を上げて、銃をその場に捨てて、落ちた鳥に向かって走りだした。
「おい、拳銃を投げるなよ、危ないだろ」
と注意する伯爵を無視して、アーネットは鳥が落ちたところへ脱兎のごとく走っていった。その距離50メートルを有に越えている。50メートル離れた的に命中させたのかと、伯爵も博士も興奮を隠せない。ようやく落下地点へとたどり着き、何事かとアーネットの元へと走ってみると。
「ごめんね、ごめんね」
と、アーネット座り込んで、打ち落とした鳥の死骸を抱いて、ひたすら謝り、涙をながしていた。その鳥は見事に頭を撃ち抜かれていた。
「この武器はダメです。殺そうという感覚もなく、こんなにも簡単に命を奪ってしまうなんて」
そんな、たかが鳥ごときに大げさな、とは伯爵は思わなかった。アーネットの言うことはもっともだと思った。拳銃の気軽さは利点ではあるが、欠点ともいえる。そう気づかされた。何とはいえないが、この行為がとても後味の悪い感触を感じさせた。
だが・・・・。
それでも戦場を多くみてきた伯爵は思う。たとえ非情でむごい力であっても、それを相手が利用するなら、こちらも利用しなければならない。戦場とはそういうところだ。と思うのだった。
アーネットを戦場に利用するのは辞めよう。そう思う伯爵であった。