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軍人王女の冒険譚(Devil's Teardrop)  作者: n.t
軍人時代
34/37

南東王国との辺境戦 交渉

翌日、昨日の作戦会議で了承された案を実行に移すべく、敵砦へ密使としてアーネットが自ら行くというので、周りが止めに入っている。


「いえいえ、いくら一人で敵の砦に潜入したことがあるとはいえ、今回は捕虜の件もあり、ひょっとしたら逆に人質にとられたり、場合によっては即斬首ということもありえます。とても王女様にいかせるわけにはいきません」


と皆口々にいうのだった。


「こんな時だけ王女様扱いは辞めてください。軍では私は一介の少尉にすぎません。それは以前にも言われたことです」


とアーネットは矛盾を指摘するのだが、周りから言わせれば、普通こういう会話は逆だろうと思うのだ、自分が得になるようにダブルスタンダードは使い分けるものだ、それなのに、命をかける方がダブルスタンダードを理由に否定するなどおかしな話だ、と皆はいうのだがアーネットは絶対これは誰にも譲る気はないと突っぱねた。


というのもこの交渉はとても微妙なニュアンスが必要になるからだ。一つはこちらの話を真実だと思わせること。敵指揮官の立場を理解し、そこに個人的に付け込もうとする姑息さ、そして最終的には相手がこちらを騙したつもりで、騙されるという複雑な心理戦が必要になる、この任を任せられる人物が、この駐屯軍にいるとは思えない。それがアーネットが自分が行くとこだわる理由だった。



斯くして次の日、アーネットは敵砦の前にいた。どうしてもとの周囲の願いで、従者として、とある大佐がついて来た。大佐はアーネットから言わせると可もなく不可もなくの人物だったのだが、1つだけ特徴をいえば、それは外見的特徴が優れていた。彼はとても立派な髭を蓄え背格好もあり、使者としてとても見栄えが良かった。(なので今後、外面そとずら大佐と記していく)


敵砦の門前で、帝国の使者であると名乗る、「司令官とお話がしたい」と申し出ると、砦内はかなりの騒ぎになった。しばらくして扉が開かれるとそこには、馬車が用意されていた。「どうぞお乗りください」と案内されたが「馬車内のカーテンは開けないように」と注意された。砦内の情報を隠すためであろう。


馬車が出立すると、門番達が不思議そうに顔を見合わせる。


「あの少女はなんだったんだろうか? と、ちょっと軍事的話合いには場違いな気がするのだが? 帝国では、こういう場に子供を連れてくるのが普通なのだろうか?」と話題になった。



馬車が砦内の一番高い建物の前に止まり、アーネットと外面そとずら大佐は馬車を降りる。そこにはやや丸顔で、背が低く、感じのよい人が迎えてくれた。


「ようこそ、我が砦へ」


外面そとずら大佐に向かって手を伸ばした。それを外面そとずら大佐は急いで


「使者はこちらの女性です」


と、案内する。これには相手もビックリしたらしい、この可愛らしい女の子が使者の方だと知ると、目を見開いて驚いたが、すぐに礼をして手を伸ばしてきた。アーネットはその手をガッチリと握った。それは周囲にいるものすべてにとっても驚きだったようで、御者はあまりの驚きで馬から降りるの忘れて、一行が部屋に入ってもずっと眺めているほどだった。


「アーネット"中佐"殿ですか、その若さで中佐とは素晴らしい。どうも初めまして私がここの指揮官、ツグハリアン王子です」


と敵司令官は挨拶した。ちなみにアーネットは使者として箔がつくよう"中佐"を名乗っている。


「(あれ、この人、私が以前、砦に侵入した時に見た司令官と違う。あの時の情報が間違っていたのだろうか? そんなはずは、とは思うのだが、あの口が軽い男のことを思い出すと、間違うこともあるか)」


とアーネットは思い直した。それはともかく


「(ここの指揮官は王族だったのか、道理でこの軍がのんびりしてるわけだ)」


とアーネットは理解した。


「(となるとこの王子が本国とどういう関係にある人なのかが重要だ。ミスをおかしても笑ってゆるされる人物なら、アーネットの作戦は成り立たない)」


まずは挨拶がてら、軽いジャブからはいってみる


「今日、私がこちらに伺ったのは、我々に捕らわれたそちらの騎馬隊200名の処遇についてです」といってみる


「はい、その者達は私の指示なしに、独断で乗り込んだ者達なのです。そちらに多大な迷惑をかけたと思いますが、交渉の余地があるのでしたら、どうかご返還願えないでしょうか?」


と王子は答えてきた。アーネットは「指揮官の指示なしに」とは、ちょっと無理な言い訳だと思ったが、相手にも交渉の希望があると聞き、それではと条件をだしてみる、


「さようですが、では我が帝国にも事情がございます。腹を割ってお話がしたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」


と意味深なことを言ってみる。


「はて、腹を割るとはどういう意味でしょうか? 私には二心ふたごころはございませんよ、常に私の心はヒディアと共にあります」


と両手を合わせ、信心深いことをアピールする。

ちなみに"ヒディア"とは南東王国アラブで信仰される神の名前だ。信心深いのか、それは好都合とアーネットは思った。


「帝国と南東王国アラブはとくにこれまで仲が悪かったわけではありませんよね? なのに、2年前から突然、南東王国アラブ軍がここに駐屯し始めました。これにより我が帝国もこの圧力に対抗するため、軍を置かざるを得なくなりました。


どのような事情が南東王国アラブにおありなのかは存じませんが、この駐屯はお互いにとって無駄なものでしかない。そう私は思っています。いかがでしょうか?」


とカマをかけてみる

「(当然、東方諸国連合との密約があってのことだ、だがそれをこの王子がばらすことはないだろう)」

とアーネットは理解している


「おっしゃることはわかります。でも我が国としても、帝国の巨大化は非常な心配事なのです」


と答える王子の言葉は本心だった。


「では、帝国と南東王国アラブが将来にわたって不可侵条約を結ぶというのはいかがでしょうか?」


とアーネットも本心をいった。これが結べるならそれに勝るものはないのだ。


「うーん、それは私の一存では答えられません。それは色々な考慮すべき事柄があり、王や王都の政務官が決定すべき事項だからです」


と彼は答えた。これも王子の本心だろう。


「となると、今後も帝国軍は南東王国アラブ軍と敵対せざるをえず、捕虜もまた容易に返還することはできなくなります」


とアーネットは残念そうな顔で答えてみせる


「捕虜の扱いはどうなるのでしょうか?」と王子は心配そうに尋ねて来た


「正直、申うしあげて、身の安全は保障できません。我が国の異教徒に対する扱いは、十字架刑といって、十字に柱を組み合わせたものに体を貼り付け、槍でついたり鞭で打って拷問します。これに耐え兼ねて死亡するものも少なくなく、死体はその場で、下から燃やして処分されます」


と可愛らしい女子の顔から、南東王国アラブ人からしたら驚愕の拷問法を聞かされた王子は、それまでの穏やかな顔から一変し、険し気な顔つきにかわった。


「それは絶対に認められません、我ら南東王国アラブ人、いやヒディアを信仰するものにとって、死んだら土に還れなくなることはとても畏怖することです、土に還れなければ私たちの魂は二度と蘇ることができなくなってしまうのです」


と王子は真摯に訴えるのだった。


「帝国にはそのような信仰はないので、理解はできませんが、ともかくあなたがたの嫌がる拷問をしなくてすむように、私は一つの提案をしたいと思います」


アーネットは本題を切り出す


「帝国は現在、北東地域での戦いで非常に苦しい状況にあります。この南東に駐屯させている2万の兵はとても重要な意味を持ちます。この兵をここから引き揚げて北東地域に投入できるなら、帝国は北東地域での戦いを有利に進めることができます。これが帝国のこの地での願いです。そこで、捕虜を返還するかわりに南東王国アラブではなく、王子に、帝国軍の撤退を見逃してもらうことはできませんか?」とアーネットは王子の目をみて言った。


「私"個人"にお願い、とは、どういう意味でしょうか?」と王子は聞き返す


南東王国アラブとしては、軍議をして図らねば答えがでないことは承知しました、そしてその答えが"非承諾"なのも、大方想像がつきます。ですが、帝国と南東王国アラブとの関係は、ここで話してる私とあなたの二人しか正直のところ真相がわかるものはいないでしょう。


帝国軍はこの地より静かに撤退します、もしあなたがこの情報を秘匿して我が領地への侵入を辞めていただけるなら、毎日一人ずつ、そちらの捕虜を解放します。200日で全員が解放されます。いかがでしょうか? もしあなた方が今後も帝国内に侵入するなら、捕虜を十字架刑に処します。これが取引の内容です。これをお互い守ることが、両国にとって双方、利益があることだと思います」


とアーネットは慎重に王子の顔色をうかがいながら話した。王子の顔に苦慮の表情が見られる。


この王子は、存外、真面目な人なのかもしれない。それは第一印象からそうだった、外面そとづら大佐を使者と勘違いしアーネットの方が使者と知った時の王子の顔は、特に年下の女子を見下すこともなく、むしろ丁寧に扱うような紳士だった。


真剣に騎馬兵の身について心配している。帝国軍の情勢についても一定の理解を示しているようだ。そうでなければ苦慮などせず、簡単にこの話に乗ってきただろう。はなから口約束など裏切る気持ちなら、この条件は南東王国アラブ軍にとって得しかないからだ、ただ黙っていれば人質を解放してくれる、すべて返還し終わったらまた侵入してくれば元どおりだし、帝国兵の数が少ないなら容易に奇襲で捕虜を奪還することもできる。何も悩むことなどない。それなのに、答えに窮しているのは本気で口約束を守ろうと考えているからだろう。


さて、となると話は簡単には進まないかもしれない。アーネットの策では、この約束を二つ返事で乗った敵側は、いつでも裏切る気満々で捕虜が返還されるのを待つ。こちらの兵が撤退したのを知った南東王国アラブ側は、捕虜を奪還すべく約束を反故にして攻め込んでくる、これが筋書きだが、相手の司令官がこの王子だと、ひょっとして約束を守るかもしれない。その場合、一時的には不可侵条約が守られた形になるが、この事態が南東王国アラブ国内で露呈したり、東方諸国連合に知られれば、再度の圧力がかかり、帝国はまたこの地に派兵せざるを得なくなる。


それではダメなのだ。もっと徹底的な脅しが必要なのだ。2度と南東王国アラブ軍がこの地に派兵する気を、失くさせるほどの大敗を喫しさせなければそうはならない。しかも南東王国アラブを侵略せずに、それだけのダメージを相手にあたえることが重要なのだ。


結局、この会談は王子の判断に時間が欲しいとのことで、1週間後に再度、話合いがもたれることになった。



会談が終了したあと、扉を出たところで馬車が待っていた。

馬車にゆられ、わずかな時間ではあるが、アーネットは違和感を覚えていた、それは以前砦に潜入した時と、今の砦の雰囲気に若干の差があるように感じたからだ。


なんというか、もっと前の方が賑やかと言うか能天気だったように感じられる、今は静かというか、落ち着いている。それは騎馬隊が捕縛されたからだとは思うが、それだけではないような気がした。とアーネットがあれこれ考えているうちに馬車がとまり、出口についた。扉が開き、外へ出るアーネットと外面そとづら大佐。


と後ろで、ものすごい勢いで、門番と御者がひそひそ話をしている。


「あの若い女の子の方が使者だったんだよ」これは御者の声だろう

「ホント? マジかよ? え、じゃ隣の男はお父さんか?」

「なんだよ、それ保護者同伴の会談なんて聞いたことねぇな」


とクスクス声を落として笑っていた。


「全部聞こえているぞ!」


と怒鳴ってやりたかったが、やっぱり、この隊の雰囲気はあんなものだろう。あの紳士的な王子が指揮官なら、部下の規律も、こんな野卑にはならないはずだ・・・・。そうだ、街に潜ませている密偵に話を聞いておこう、何かヒントがあるかもしれないと思い、アーネットは外面そとづら大佐と別れた。



密偵に合うと、アーネットはすぐさま疑問をぶつけてみる


「敵砦の指揮官だが、どんな風貌の者かわかるか?」


と、その問いに密偵は不思議そうに「今合ってきたのではないですか」といいたげな表情で、


「比較的背は高く、色は浅黒くガッシリとした体つきで、精悍な顔つきの男です、名前はルグムート王子といいます」


と答えた。この答えにアーネットの目が光った


「それは確かか? 私があった指揮官はツグハリアン王子と名乗ったぞ?

背もどちらかというと小型、丸顔だった」


と情報の照合をもとめる


「それはたぶん弟君の方かと」


とこれまた意外な答えが返ってくる。「兄弟がいるのか」

どーいうことだ、なぜ私があったのは弟君の方だったのだ。

私が年端もいかない子供だったからか?


いやそうではない、大佐と間違っていて、その後に気づいたのだ、交渉相手をみて弟で済まそうと思ったわけではない。では、どうして?


再び密偵に聞く

「そのルグムート王子の性格は、自分勝手で強引な方か?」


と聞くと「はい、その通りです」と答えた。


「やはりそうか」私が潜入した時にみたのはルグムート王子の方だ」

あの口の軽い男は嘘はいってなかったのだ。


「騎馬隊の襲撃のあと、この砦に何か変わったことはなかったか?」

とのアーネットの問いには


「いえ、特にかわったことはありません」

と密偵は答えた。


なぜ、現在は弟君が指揮官を名乗っているのか、それは兄が現在砦にはいないからだろう。なぜいなくなったのか、指揮官が交代されるなら、それなりの出入りがあるはずだ、なのに、その変化はなかったという。ということは・・・



「まさか!!」


アーネットは急いで帝国軍駐屯地に戻るのだった

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