南東王国との辺境戦 誘引
南東王国軍を誘い込む作戦の準備には2週間を要した。
砦建設中に見える櫓の骨組みに、各種罠、隊員への指示系統やそのテストを何回も確認した。「バカ貴族子息2」改めアレンには、南東軍本隊2万の駐留先を教えてくれるように頼んだ。正確な位置を知りたかったからだ。彼はそれを快諾してくれた。
ここで改めて南東軍が駐屯している、ビトリスの丘について記しておく。丘の標高は100メートル。頂上部分の広さは東京ドーム2~3個分の広さだ。頂上部分以外は森林地帯に覆われていて、周りは緑に囲まれている。東西に街道が走っており、往来は激しくないがこの道を使えば早馬なら敵、南東王国軍の砦まで1時間でつけてしまう。北側は切り立った崖で、こちらからの行き来はできない。南側は比較的緩やかな斜面で、徒歩はもちろん馬でも自由に走破できる。
準備が整ったアーネットは中将の元へ向かう。
横柄な態度で出迎える中将は「逃げ出したと聞いたが、まだいたのか」と嫌味を言ってくる。それを涼し気な顔で聞き流し、アーネットは準備ができたことをつげる。
「明日、囮となる砦の張りぼての櫓を組み上げます。それを見た相手は、すくなくとも3日中、おそらく夜明けを狙って襲ってくると思います」
と報告した。
「わかった。では明日中に我が隊は西に移動し、そこでキャンプを張る。丘の上には第8中隊の200名しか残さぬので心するように」
と念を押すように言った。「了解しました」と短く答えて出ていくアーネットを、気に入らぬ、といった目つきで「フン」っと鼻を鳴らして送り出す中将だった。
南東王国軍の砦近くにはアーネット隊のメンバー2人を密偵として潜ませている。あくまで砦の外からの監視で内情まではわからないが、物資や人の出入り、街での噂などを調べ、得た情報は鏡を使った暗号のようなもので、こちらに伝えている。
これの利点は瞬時に情報を受け取ることができ、相手に情報が洩れてることを気づかせないところにあった。そして新たに騎馬兵の奇襲を監視する役目が加わった。24時間監視し、敵が門をでたら日中なら鏡で、夜なら火を使って合図するようにした。これにより、敵の奇襲を完全に知ることができる。
◇◇◇
アーネットの予想通り、3日目の早朝、偵察部隊から合図があり、敵騎兵200が門をでて森林地帯へ入ったことが報告された。いくら早朝といえど街道沿いをまっすぐ敵陣を目指すことなどありえない。騎馬を使った奇襲をかけるなら当然森を抜け、なるべく気づかれずに駐屯地直前まで近づくことを狙うはずだ。アーネットはそう読んでいた。
「敵は南の森から来る」
そう部下に伝える。敵の出現パターンによってその後の動きも予測できる、南からくるパターンはもっとも単純だ。相手はこちらへ奇襲をかけているつもりだから、まっすぐに目的の建設中の櫓に火矢を放ちに直進するだろう。もしこれが街道沿いに正面突破したり、北側からの海岸線ルートをとっていたなら別の罠を考える必要もあるだろうが、そこは抜けきっている南東王国軍のこと、思惑どおりといえる。アーネットは西に移動している南東軍本隊へ早馬をだす。協力を約束してくれているアレンに敵軍の情報を伝えるためだ。
南東王国軍騎馬隊は砦を夜陰にまぎれて出立すると、素早く街道から森林地帯へと身を隠すように進路を南へとった。200頭の馬群は目立つ。これは奇襲なのだから、街道沿いを走っていたら夜明けとともに帝国軍に発見されてしまう。
南から回り込む形で帝国軍が駐屯する丘の麓で休憩をする、ここで30分の休憩を馬に与え、その後一気に斜面を駆け上がり駐屯地を強襲。建設中の建物を火矢で燃やし、撤収する。時間をかければ相手に取り囲まれ殲滅されてしまう。ここは時間が勝負なのだ、素早く、しかも効果的に目的を果たせればそれでいい。指揮官は馬を休める間、月を仰いだ。まもなく夜明けだ、今日はいつになく風もなく穏やかだ。
「敵襲には絶好の日和だ、派手に敵建物が燃え上がる様を演出しようではないか」
十分に馬を休めた隊は気合をいれて、丘を駆け上がった。森をぬけると敵駐屯地は目の前だった。天幕のいくつかを剣で切り破り、大声をあげて威嚇する。火矢を放つと建造中の櫓に突き刺さり、火の手が上がった。そうして火で周囲が照らされ、日も差し始めて、騎馬軍は異変に気付く、帝国軍のテントの中には人がいないのだ。火矢で燃やした建設中の櫓は、遠目にはかなり建設の進んだものに見えたが、近くでみると、それは建造物とはおもえない、箱を重ねて、板を打ち付けただけの大きさだけはある張りぼてだった。ここまで見て、ようやく騎馬隊は自分達が罠にはめられたことに気が付いた。
「しまった罠だ、引き返せ!」
と隊長が叫んだ途端、退路である南側から放たれた弓矢が飛んでくる。隊の数名が弓矢に射抜かれて落馬した。オーランドや軍曹、アーネット隊の面々を含める第8中隊が南側からの逃走を塞ぐように、整列して詰め寄ってくる。これに動揺した騎馬隊は、短絡的思考で帰還への最短ルート東側の街道へと殺到する。
命の危険を感じれば人は一番安全と思えるルートを選択するものだ。当然アーネットはそこに罠を仕掛けてある。騎馬隊の先頭が、そこへ達っすると同時に複数の爆発がおこり「ブウォーーー」と激しい音をさせて10メートルを超える火柱が立ち上がる、肌を焼く熱波が続いて押し寄せる。さすがの南東王国軍の軍馬もこれにはいなないて、動揺し、兵を振り落としてしまう。
「ダメだ、こっちは塞がれている」
血相を変えて叫ぶ騎馬兵たちは、西の街道を目指すしかなかった、北側は崖で逃げられない。西側とは騎馬兵からすると、自国からさらに遠く帝国領内に入ることになる、普通ならそこを選択することはないのだが、追い込まれてはしかたがない。幸いなことに、こちらには罠も兵もいない。だが激しく叫んで追ってくる声が聞こえる、幸いなことに帝国に騎馬隊はいないようだ。
「ホット」安堵をするが、まだ安心するのは早いという思いと、帝国にしてやられたという敗北感で頭がはたらかない。とにかく、一刻も早くここを脱出せねば。もの凄い速さで丘を西へ下り、森林地帯を抜けた先に、それはいた。
そう、帝国 南東軍 本隊2万の兵である。
アーネットから早馬で知らせを受けたアレンは、勝手に早朝から敵襲をしらせる警鐘をガンガン鳴らした。さすがに緩んだ軍隊といえど、敵襲=死を予感させる感覚には皆飛び起きずにはいられなかった、いそいで武器を手に取り宿営地前の広場に集まる兵達。
「敵はどこだ!」
と皆口々に叫んで辺りを見回す。そこへ少し遅れてやって来たレスター中将が声を荒げて叱責する
「誰だ警鐘を鳴らしたヤツは!、敵の報告など受けていないぞ!」
当然敵襲の知らせは、まず初めに司令官である自分に知らされるハズだ、なのに自分もしらないところで、警鐘がならされて、たたき起こされたのだ、中将が怒るのも無理はない。
そこへ一段高いところに立ち上がったアレンが皆に聞こえるように言う。
「は~い、皆さん。警鐘を鳴らしたのは、このわたしでーす」といつものアホ顔で叫ぶ、これには流石に皆も、ふざけるなと怒声を上げる。だが次第に聞こえてくる、丘からの馬の足音に気づき、そちら側を振り返る。そのタイミングでアレンが指をさして
「敵兵はあの騎馬軍団です。みなさーん応戦しましょう!」
とさらに輪をかけて、バカっぽい声で号令する。
これには、さすがにみな対応しないわけにはいかない、騎馬軍団がつっこんでくるのだ、発端はどうであれ、敵兵と向かい合っていることは事実なのだ。しかし2万の兵に、騎馬とはいえ200頭では正面向かっては戦いにならない
「銃をかまえろー」
とアレンが叫ぶ。きちんと整列ができてるわけではない、全員が銃をちゃんともって来たわけでもない。だが帝国軍の基本武器は銃刀だ。半数が所持していればそれだけで1万丁の銃になる、森林が終わり平野になってる地で銃の斉射をうける騎兵ほど憐れなモノはない。それは恰好の的になる。
3順ほどの射撃のあと、野原にたっている騎馬はいなかった。騎兵はほとんどが落馬によるけがで、弾に当たったとしても急所にあたって落命したものは数えるほどで、ほとんどがその場で囚われた。中将は目の前に集められる捕虜を見て唖然としている。
「なんだ、これはどういうことだ?」
と口にだしたところで、まるで、それを見計らったかのようなタイミングで白馬に乗ったアーネットが丘を駆け下り、こちらに駆け寄ってきた。中将の前で馬をおり、ひざまずく。
「閣下、この度は私の失態で取り逃がしてしまった敵兵を、捕縛していただきありがとうございます」
といい深々と頭をさげた。
「このことを見越して、本体を西に配置なさっていたとは、さすがのご見識、感服いたしました」
と皆の前で声を大にして謝辞を述べるのだった。
理由や事態はともかくとして勝利したのである、周囲から、歓声があがる。
それを怪訝な顔で見つめる中将。
「当たり前だ、敵から飛び込んできたのだからな」
と忌々しく言うと、そいつらを連れて、丘の上にもどるぞ、と皆に号令し、アーネットに「一緒にこい」とだけ言って部屋にもどっていった。その後に続くアーネット。傍らにいたアレンが右手を挙げて合図とも、祝福ともとれるポーズをする、それにとまどいながらも、同じポーズで返す。せめてものお礼の印だった。
「ムホン、これはどういうことかね? アーネット小尉」
言葉にならない雰囲気を咳払いで跳ね返しつつ、事情の説明を求める中将。まだアーネットへの憎悪は根深い、どんな手でまた自分を陥れてきたのかと身構えている。
「先ほど申し上げた通りのことでございます。私が失態で取り逃がした敵が西へ逃げ、運よくこの地で陣をはられていた閣下のおかげで捕縛できて、私はとても感謝して、謝辞を述べた次第です」
とアーネットはにこやかに微笑んで返した。
その薄笑いが気持ち悪いのだといった雰囲気で中将はジロジロとアーネットの顔を睨みなから
「本心を申せ!何が目的だ、私が敵の捕縛など考えていないことは、百も承知だろうが」
と多少のイラ立ちを隠しもせずに詰め寄って来た。
「はい、目的は2つございます」とアーネットは素直に認める。
「フン、やはりか、小賢しい娘が」と中将は鼻を鳴らす。
「まづは、閣下に心からのお詫びをしたいと思っています」
と頭をたれて左手を胸にあてた。これには中将も予想外の展開にビックリせずにいられない。
「私は、閣下のお立場もわからず、生意気な言動で、閣下の名誉を傷つけてしまいました。それを今はとても反省しています。閣下のお怒りはごもっともであり、なんとか反省の弁を聞いていただきたいと思い、このような軽薄な策をろうしました。重ね重ねの御無礼をお許しください」
と、アーネットはそのままのポーズでひたすら許しを請うた
これには、中将もすぐに言葉を返せない。散々呪っていた相手に優しく抱きしめられたような感覚だ。絶妙な心地悪さに、いてもたってもいられず、
「い、いや。私も少々、大人げなかった」
とこちらも譲歩するしかない、といった感じで一歩引いてみせた。
相手は15歳で、中将からみたら、少女なのである。そんなに物分かりよく謝られては、自分の器の小ささに、嫌がおうでも気づかされる。
「それで2つ目の目的とはなんなのか?」
とはぐらかすように中将は話を変える。どうせそちらが本当の狙いなのだろう、と勘繰っている。
「はい、これは目的というかお願いです」
というと一呼吸の間をあけてからアーネットは話をつづける。
「今回捕縛した騎馬兵200は、相手にとっては痛手ですが、これで南東王国軍の我が国へのちょっかいを辞めさせるには、まだ効果として足りません。ではどうするかというと、この騎馬兵200を餌に、さらなる大物を仕留めようと思います。つまり、残りの敵兵5000を全て打ち取ります。そのためには中将のご協力がなければ作戦の遂行ができません。是非、ご協力いただけないでしょうか?」
と、いままでのしおらしい態度から一遍して、以前の時のような鋭さで作戦を説明するのだった。
どんな個人的な目的かと思えば、立派な作戦ではないか。しかもこれはかなりの謀略、とても目の前にいる、美しい15歳の少女から発せられた言葉とは思えない。
とんでもない者と自分は話をしているのではないかと鼻白んだ中将は、
「作戦なら勿論、協力するのはやぶさかでない。だがそれは作戦会議の場で内容を検討した上でのことだ。もどってから話を聞こう」
と答えるのが精いっぱいだった。それを聞くと、深々と礼をして、アーネットは部屋から出ていった。
「ふーっ」とため息をついた中将は頭をぶるぶると震わせ「なんて奴だよ」と末恐ろしさを感じるのだった。