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軍人王女の冒険譚(Devil's Teardrop)  作者: n.t
軍人時代
31/37

南東王国との辺境戦 バカ貴族息子2

宿営地に戻ったアーネットをみて、表にいたロブは、ハッと顔をあげて


「ご心配していました、少尉」


といって迎えてくれた。その声に、隊の全員がテントからでてきた。


「少尉、大丈夫ですか?」

「元気だしてくださいよ、俺たちがついてるじゃないですか」

「本当に心配してたんですよ、このままいなくなっちゃうんじゃないかと」


と、皆、口々にアーネットの心配をしてくれた。もう事の次第は皆知っているハズだ、中将に過酷な命令をされたことも、部下である自分達の命の危険も知ってるハズなのに、誰一人として、そんな不安を顔にも心にも抱いていなかった。本心からアーネットの帰還を喜んでくれていた。その心情を感じとって、アーネットは不覚にも涙が出てしまった。


「すまない、心配させてしまって」


といって、言葉につまってしまい。涙をぬぐった。


「今回のことでは、私の軽率な行動で、皆を巻き込んでしまった、上官として失格だと思っている。申し訳ない」


そういい、皆に深々と頭を下げた。


「よしてくださいよ、少尉」


軍曹が、真っ先に野太い声でそういった。


「そうですよ。少尉あってのこの隊ですよ。どこまでだってついていきますよ」


オーランドも、珍しくいいことを言った。

皆が、それに同調してウンウンと頷いた。アーネットは今までこの隊を率いてきたし、それは教える立場として接してきた。だが、今は皆が彼女を支えようとしていた。そのことに気が付き。驚き。感謝した。


「ありがとう」


アーネットの隊は間違いなく一枚岩だった。


◇◇◇


翌日、第8中隊を前にして、アーネットが話を始めた。


「私のせいで、ここにいる第8中隊に、酷なお願いをすることになってしまったことを、お詫びをしたい、申し訳ない」


そういって頭を下げた。その姿に皆驚き、一同がざわつく。"王女"が一般兵を前に謝ることなど普通はないからだ。だが、謝罪をされても、その代わりに死んでくれと言われては「はいそうですか」とは納得できない。かといって王女をこの場で責めることなどできるハズもない。みな押し黙るしかなかった。


事の次第は皆も知っている。中将の陰気な仕返しでこうなってしまっていること。アーネットが国の為に命を張って進言したこと。気持ちはアーネットの行動に理解を示している。だがそれに巻き込まれるのは正直迷惑というか冗談じゃない。いっそのこと、でかけて帰ってこなければよかったのに、と思う輩もたくさんいた。


「皆も知っている通り、敵の騎馬兵200をここにいる兵で迎え撃たなければならない。正直、難しい作戦になると思う。だが勝つ算段は用意してある。私を信じて力を貸して欲しい」


そう、お願いをするアーネットに。兵は黙って従うしかなかった。もとよりアーネット以外の隊で、上官に反対する兵などいない。そんなことは許されていないからだ。


元々第8中隊を率いていた上官少佐のところにもアーネットは出向き、今回の不始末について謝罪した。


「いわんこっちゃない、あれほど身の程をわきまえろ、と言ってきたのに、今回のことはその身から出た錆だ」


と、上官少佐はそれみたことかと、嫌味を言ってきた。


「もし、中隊200名が戦死したら、お前のせいだからな。隊を犠牲にして自分だけ助かろうなどとセコイ考えをしたら承知せんぞ」


と、釘をさされた。たいがいセコイのは少佐の方なのだが、こういう時に自分の欠点を人に対して言ってしまうのは、無意識のうちに自分の欠点を気にしてることの現れだ。



こうして関係する面々に、お詫びをしつつ協力をお願いするという"王女"としては慣れない気配りをぬかりなくやった。それは中将に対する失敗を教訓にして、これ以上、南東軍内部に敵をつくらないためだった。たいがいは冷たい反応だったが、そんな暗くなる思いも、アーネットの隊にもどれば、皆が優しく受け入れ、笑い飛ばしてくれた。自分は一人ではない。それをこんなに心強く感じたことはなかった。それくらいアーネットの孤独な戦いは長かったといえた。



敵騎馬隊を陥れる罠の作成が始まった。砦の建設を思わせる骨組みの建設は、木箱を組み合わせて、高さをだし、柱を打ち付けてそれらしくした。遠目にみてそう見えればいいのだ。それを敵から見えないように、森の中で建設した。できあがってから、一気に相手の見える位置に出した方が「いつの間にあんなに建設したのだ」と思わせて相手の混乱を生み、より罠に嵌ってくれやすくなる。


それから罠となる穴や網。騎馬を落馬させるために、森林の木と木の草で隠れる低い位置にロープを張る。気づかずに突撃した騎馬は、足元をとられて落馬するだろう。それ以外にも、騎馬の進行を制限するために、板を木々に打ち付け、通り抜けできないようにする。そんな罠をいくつも準備した。




最後にもう一つ、重大なお願いをする必要があった。これはこの作戦における生命線といえるもので、絶対に信用をおける者にしかお願いできないものだった、だがアーネットに自分の隊以外に、この南東軍に頼れる者などいなかった。いや、いることはいるのだが、それはあまり頼りになるとは思えない存在だった、だがこの際仕方がない彼を頼ろう。それはバカ貴族息子2のことだった


「マンチェスター卿、お願いがあります」


覚えておいでだろうか、バカ貴族息子2の本名はマンチェスター公爵子息、アレンである。


「実は、今回の作戦において、どうしても私だけでは解決できない問題があって、こんなお願いができる立場ではないのですが、どうかお力を貸してはいただけないでしょうか?」


できるだけ丁寧に、今までの派閥参加を断ってきたことや、先生としての立場を改めて、真摯に頭をさげてお願いを申し出た。


「いいよー」


あっさりと、そしていつものとおりバカっぽく、バカ貴族息子2は返事をした。いや、してくれた。あまりにも軽い返事に


「いえ、よく考えてお返事ください。これはもしかしたら中将の反感をかうことになり、御家のためにも不利に働くことかもしれません。そのリスクがあることを考慮してお答えください」


と、改めてアーネットはバカ貴族息子2のバカさを利用せず、ちゃんとした判断をするよう求めた。しかしバカ貴族息子2は即答する


「だから、いいってば。その代わり、1つ俺からもお願いがあるんだけど、交換条件ってことでどうかな?」


なるほど、交換条件か、何を言われるかわからないが、アーネットには別に失うものなどない。派閥への正式加入ぐらいしか思いつかなかったので、その申し出を受けることにする。


「わかりました。なんなりと、どうぞ」


そういうと、バカ貴族息子2はとびっきりの笑顔で


「じゃさー、俺のこと、アレンって呼んでよ。もちろん敬称をつけちゃダメだよ」


といって、ビシっと指を指してきた。


「えっ、そんな簡単なこと?」


っとアーネットは呆れた、この人、相変わらず問題の深刻さを理解してないと思った。首を振って、もっと真剣に考えて欲しいと言う



すると彼は一瞬、間をおいて、アーネットを見つめて


「ちゃんと考えてるよ。でもそれ以前に、俺は君の力になりたいと思ってるんだ。会議で君を擁護する発言もできない自分に嫌気がさしてる。だからさ、気にしなくていいんだよ。君が背負ったものに比べたら、こんな頼みなんてちっぽけなもんだろ、むしろもっと俺を頼って欲しいぐらいさ」


と笑いながらも真剣な眼差しで、思ってもみない答えを言うのだった。


「この人、バカじゃないんだ」


アーネットは自分の人の見る目が外れたことに驚いた。以降アーネットは彼のことを "アレン" と呼ぶことになる。

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