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軍人王女の冒険譚(Devil's Teardrop)  作者: n.t
軍人時代
29/37

南東王国との辺境戦 司令官

先日の嵐の後のバカ貴族息子2との会話で、アーネットの中の課題は全て消化された。あとは帝国内の怠惰な雰囲気と戦うことだけだった。「大事の前の小事」とはいわれるが、小事に足を引っ張られて大事に対処できないということはよくあることだ。


アーネットは嵐の後、バカ息子2と普通に話をするようになった。パーティにこそ参加することはなかったが、二人で食事をしたり、お茶を共にする姿をチラホラと見かけられるようになった。巷ではもう既に貴族と王女の恋愛話にまで発展している。噂話はいつの世でも庶民の暇つぶしだ。


本人からしたら、当然、恋愛などではないし、あの時、味方をしてくれたからでもない。大事の為には味方を増やす必要があると思ったからだ。面従腹背でもいい、多少のことには目をつむり、とりあえづこの南東軍内で、意見を聞いてもらえるぐらいにはなる必要があった。ハナから意見を聞いてすらもらえないのでは、どんな献策も無駄になってしまう。そのためには派閥に属するのが手っ取り早いと思ったからだ。


だが、アーネット隊の者からすると、急に仲良くなった、バカ息子2とアーネットの関係を快く思えない。当然だ、みな自分達の王女様という意識がある。


「少尉も、女だったか」

「やはり、王女が選ぶのは貴族なのか」

「よりにもよってあのバカ息子を選ぶとは、ここに俺と言う男がいながら」

と、勝手な妄想をいだくのは、当然ながらオーランドだ。

とまぁ、部下からはちょっと存在が遠くに思えてしまうのだった。


そんな部下の感情にはまったくアーネットは無関心だ。というかアーネットの人の心を読むセンサーには、恋愛防護フィルターというものでもついているかのように、自分に向けられた恋愛にまつわる感情について、一切感知できない仕組が組み込まれているようだった。


だが、この交流は思わぬ副産物を生み出す。意外にもバカ息子2はアーネットと話をするうち、彼女の考えに共感を覚え、ついには彼女の隊の授業に参加するようになったのだ。こうしてアーネット隊の秩序正しい訓練に、バカ貴族息子2の派閥の面々が加わることになる。


「おいおい、どういう風の吹き回しだよ」


と焦るアーネット隊の面々。


「よろしくな!」


と、かる~く挨拶するバカ息子2派閥の面々。微妙な空気が流れる。一触即発という意味での微妙ではなく、愛想よく応じるべきかどうなのか(汗、といった微妙さだ。


そんな一同を前にしても、まったく動じず授業をいつも通りに続けるアーネットに


「やっぱり、少尉はすげぇ~な。貴族にものを教えるなんて、しかもあの年でだ」とアーネットへの尊敬の念を深くする隊員達だった。


一方のバカ貴族息子2派閥の面々はあくまで貴族息子に付き合ってるだけなので、授業を受けてはいるが、その中身まで理解しようとは思っていない。だが時々アーネットの講義内容にでてくる、神を否定するかのような内容や、身分階級さえも否定するような内容には反感を覚えるのだが、派閥の領袖であるバカ貴族息子2がそれをさも楽し気に爆笑しながら聞いているのをみて、ただ黙って講義を聞くことにするのだった。



「いや~王女様、その発想面白いね~」


と授業後にバカ息子2がアーネットに笑いながら話しかける。彼女はそれに


「お気に召されたようで光栄です」


と答えておく。どれだけ彼が、事の本質を理解できたかは疑わしい。だが彼女からすれば彼が理解したかどうかは問題ではなく、彼がアーネットの授業を受けているという事実こそが重要だった。それは周囲の上官や一般兵にも、彼女の言葉は聞くに値する、ということを知らしめたからだ。



そろそろ、頃合いかな。

そう感じたアーネットはいよいよ作戦を実行に移す。狙いは南東軍司令官 レスター中将だ。


中将が日中、駐屯地内を視察している際に、わざと人目の多いところを狙って話しかけるアーネット。


「レスター閣下、閣下は敵の砦を偵察されたことはおありですか?」


いきなりではあるが、答えに窮するような質問ではない、中将も余裕をもって答える


「もちろんだとも、非常に立派な砦だ、そうたやすく攻め落とせるものではない」


と中将は威厳を保って言った。アーネットの噂はよく聞く。よくもめ事を起こす子だ。バカ貴族息子1との投げナイフ事件の審議では、あわや自分の進退まで巻き込まれるところだった。だが、最近は大人しい。なんでもバカ貴族息子2と仲が良いようで、一部ではカップル成立かと噂になってると聞く。そうなると将来は王女でなくなっても、公爵妃になるかと思うと、無下にもできない。


「そうですか、すでに偵察済みなのですね、では砦内に何門の大砲があるかもご存知ですよね?」


とアーネットはカマをかけてみた。その知っていて当然ですよね?という言い方に中将も「知らない」とは答えることができない。


「うむ、確か100門程度と聞いた気がするが、どうだったかな報告書をみないと正確な数字までは記憶してないな」


とかろうじて威厳を保って言い返した


「そうですか、100門ですか。では敵兵の数も把握してらっしゃいますよね?」


と続けざまにアーネットが聞いてくる。この連続質問はさすがに中将も、試されてるようで、不快な気分になる


「当たり前だ、2万人だ、敵が2万だからこちらも同数の常駐をしてるのだ、そんなこともわからないのかね」


と威圧でアーネットを黙らせようと睨んでくる。そんなこけおどしをアーネットは無表情にかわして、じっと中将を見つめる。


「アーネット少尉、君は王女かもしれないが、軍では一介の少尉にすぎないのだぞ、少しは口を慎みたまえ」


中将はついに大声でアーネットを叱り飛ばした。その声に周囲に人が集まってくる。


「閣下、北東方面ではこうしてる間にも、仲間達の大事な命がなくなっています、我々も最善をつくすべきではありませんか?」


と一見すると当然だが、よく聞けば喧嘩を売ってるような発言に中将が気色ばむ


「貴様は、この私が最善を尽くしていないと愚弄するのか? 仲間を見殺しにしてるというのか? 王女といえどそんな侮辱はゆるせん、そこに直れ、侮辱罪でこの場で処罰してやる。お前を引き受ける時に、陛下から王女とて手加減無用とお達しを受けているのだ、覚悟しろ」


と激怒して腰の剣を引き抜いた。


ぎょっとして、どよめきが広がり、周囲に人垣ができる。それを涼し気に見つめながら、アーネットも静かに剣を抜く。中将に反抗して処罰にも剣を抜いて対抗するとは、一般兵にはとても考えつかない発想だ。やはり王女様だと、その場の一同が思った。


「どうぞ、ご自由に罰してくださいな、閣下が嘘をついていないというのでしたら。ただ私も黙ってそれを受ける気はありません」


と受けてたつのだった。歳はとってるとはいえ、戦場経験豊富な中将である、片や王女とはいえ15歳、少女のあどけなさも残るものとでは、誰の目にも勝負は明らかに見えた。バカ貴族息子1は以前の恨みから、ついに平民王女の泣き顔が見られると喜々として「やっちまえー」とヤジっている。


「テヤー」


中将が奇声とともに剣を頭上からアーネットの左肩に向かって振り下ろした。さすがに頭ははばかられたのだろうか、それとも剣がふらついたのか、だが、それを難なくパリイしてかわすアーネット。表情は変わらない。


「クソ、小癪な」


今度は中将は横から剣を薙ぎ払う。それもアーネットは剣を縦にして防ぐ。その剣さばきに周囲から「おおっ」という声が漏れる


「(いかん、このままでは私が腰抜け司令官にみえてしまう)」


そう危惧を抱いた中将が、本気を出して剣を矢継ぎ早に斬り付けてくる。だがそれらを巧みに剣で防ぎ、時には体をひねって華麗によけるアーネット、これは控えめに見ても、アーネットの方に分がありそうだと、周囲も感ずいてくる。それを見越してアーネットが言葉を発する


「閣下は敵砦の中に大砲は100門あるとおっしゃいましたが、それは嘘です。あの砦に大砲はありません」


戦闘中にもかかわらず、アーネットに息の乱れもなく、ぴしゃりと言い切る。


「嘘はお前の方だ、なんでそんなことが断言できる?」


ぜいぜい言いながら中将が反論する


「私が先日、偵察してきたからです。加えて言います。敵兵は5000人しかいません」


「誰が、そんなこと信じるか、口からでまかせだ」


もう中将の顔は怒りで歪みきっている。そんな顔や態勢でアーネットに斬りかかるが腰がふらついて隙だらけになっている。アーネットはそんな、なまくら剣をはじき飛ばした。宙を舞った剣が遠くに落ちる。勝負あった。


アーネットは剣を空振りし、鞘にしまうが、その際、刃先が一瞬中将を指しただけで、丸腰の中将は怯えて後ずさる。意図しなかったが、そんな細かな一挙手一投足が二人の明暗を分けている。



「証拠は、ここにあります」


アーネットは近くに用意していた袋から敵兵の服を取り出し、中将の目の前に掲げて見せた。


「これを敵から奪い、変装して、砦内を調べました。敵の銃は50丁あまり、兵の雰囲気はゆるみきっています。ハッキリ言って弱兵です。そんな兵の為に2万もの兵を遊ばしていていいのですか? これが命を懸けている本隊の仲間にたいして最善をつくしているといえるのでしょうか?」


正論だろう。少なくとも一般兵にとってはアーネットの言うことは真っ当な発言に思われた。だが事情を知る士官以上にとっては、それは何度となく繰り返されてきた議題だった。それを素人軍人王女様の浅はかな発言だと理解したバカ貴族息子1が横からチャチャをいれる


「じゃあさ、どうしたらいいのさ?」


バカ貴族息子1がバカっぽい調子で聞いてくる。


質問者の顔をじっとみるアーネットは、そのバカ貴族息子1に質問を質問で返す。


「あなたは、その答えを考えたことはありますか?」



「俺が聞いてんだよ、先に答えろよ!」


痛いところをつかれて慌てて言い返すバカ貴族息子1。てっきり敵砦を攻めると答えると思っていたので、肩透かしを食らって泡を吹いている。


「あなたは士官ですよね、私より上官ですよね。士官ならこの状況を変える方策を考えるのは当たり前ではないでしょうか? それなのに自分の意見すらまともに言えない士官が踏ん反りかえって毎日遊んでいる。あなたは諦めて逃げているだけです」


まさにバカ息子の心臓をえぐり取る一言だった。それからアーネットは中将に向き直りつつも、その場にいる全員に訴えるように話を続けた



「敵砦を責められない、それは大前提にあることです。我が国はこれ以上戦端を増やせない。しかし現状を放置しておけば東北方面が壊滅し、多くの友軍の命が失われます。ようやく出口の見えかけた長い戦いの終わりを、また見失うことになるのです。 我が国のためだけでなく、他国を含む多くの人々の為に、この戦いを終わらさなければなりません。そのために、今ここで、私達はやるべきことをやるべきです」


ここまで言葉を続けてアーネットは周囲の雰囲気が変わったことを感じた。皆が好奇心や、やじ馬根性で話を聞いていない、それは王が語る言葉に相応しく、この長き戦いを終わらせたいという誰もが共感できる内容に、一様に感銘を受けていた、それはまさに人々の求める言葉だったのだ。


自分でもやや周囲の変化に驚きつつ、アーネットは続ける


「敵をおびき出します。

敵の砦を落とせば、それは侵略になり、開戦の理由になるでしょう。ですが敵がこちらを責めてきたのであれば、それに応戦するのは、開戦の理由にはなりませんよね?自衛なのですから。


以前こちらが砦を築こうとしたら、敵軍がそれを潰しにきたことを聞きました。相手はおそらく東方連合との密約で、わが軍をここに足止めすることを目的としているのでしょう。だから砦をつくって少ない数で対応されることを嫌います。必ず潰しに来ます。敵兵は多くても5000名、しかも騎馬は200騎です。総戦力でかなわない敵は必ずこの騎馬兵での火矢攻撃で建物を狙ってくるでしょう。


ここまでわかっているなら、敵を罠にはめることは可能でしょう。どうか皆さんの力を結集して、ここでの無駄な時間を終結させようではありませんか」


言い終わって、ちょっと演説っぽかったかなとアーネットは思ったが、精いっぱい思いのたけを言ったのだ、それで周りにどう思われても構わない、と思えた。彼女が立ち去ろうとすると、それまで水を打ったように静かだった周囲から、2~3の拍手が起きた。意外な反応にアーネットが振り返ると、同調したものがさらに拍手した、やがて全員が拍手して大喝采に変わった。アーネットは目を見開いてビックリしている。


「フーアー 王女様!!」声援が飛んだ。


アーネットは顔を真っ赤にして逃げ出した。そのしぐさが可愛くて、皆は笑った、でもそれは以前の嘲りの笑いではなかった、それは親愛の笑いに変わったのだった。


しかし、一人憤懣やるかたない中将がいた。剣術でも、司令官としても面目を潰されたのだ、面白いハズがない。


「ぐぬぬぬーーー、あの小娘めぇー」


なんとかして仕返ししてやろうと考えるのだった。その考える力を通常の作戦に生かせばと思われるが、性格のよじれてる人間は愚かなベクトルに向かって力を発揮してしまう。人は元から愚かな人などいない。賢愚の選択肢が目の前にあるのに、愚かな道を選んでしまうのだ。

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