南東王国との辺境戦 嵐
敵の砦からの帰り道、アーネットは急いでいた。
「早く宿営地に戻らないと・・・」
敵情の視察で、得るものはあった、兵数や軍備、指揮官の資質など、どれをとっても恐れることなどないと言えた。帝国南東軍も酷い軍隊だが、敵方の南東王国軍の方が輪をかけて酷いと感じた。それが故に、こんな敵のために2万の兵を遊ばせている現状をなんとか変えたいと、改めて思った。
だが、根本の問題が残っている、というかそれがあるから、帝国軍も南東王国軍もこのような怠惰な状況になっているといえる。それは両国ともに戦争をする気はない。もしくは戦争にはしたくはない。という矛盾した考えだ。大群を送りながらも本気で戦うつもりはないという矛盾。
無駄に殺し合うよりかはいいのかもしれない。怠惰であっても、2万の兵の命を危険にさらすよりも、現状維持はベストではないにしろ、ベターな選択かもしれない。
だが、しかし。北東地域の友軍のことを考えると、自分達だけこんな、のんびりした生活を送ることに疑問を感じずにはいられなかった。そんなとりとめのない考えをしているうちに隣から呼びかける声がしてることに気が付く
「王女様ったら、聞いてる?」
いきなりのお出迎えが、このバカ貴族1かと思うと、イラっとさせられる。
「ねぇねぇ、今度、余興にダービーを開こうと思うんだ、いいアイディアだと思わない?」
と、得意顔で話してくる。この男には人の顔色を伺うという気持ちはないのだろうか? いま私がとっても不愉快な顔をしてることに、どうして気づかないのだろうかと、この男の無神経さに毎度驚かされる。
「今、私はとっても急いでいますので、話しかけないでください」
といって、キッと前を向いて歩調を早めた。
「なんでさ、どうせ歩いてるんだから、その間だけでも、話を聞いてくれてもいいじゃないか」
今日は、いつになくしつこい。うんざりしたアーネットは、そのバカ貴族1に向き直って告げる
「もうすぐ、駐屯地に暴風雨がやってきます。いそいでテントの点検をしないと、吹き飛ばされてしまうかもしれません。あなたも自分のテントを見た方がいいですよ」
そういうと、彼女は再び自分のテントにむかって早歩きを始めた。
「はぁ、この青空の元、嵐がくるって? そんなウソ信じるわけないじゃん」
と、男は騙されませんよ、とひつこく食い下がってくる。
「信じられないなら、どうぞご自由に、私はもう時間がないので答えませんから」
そうアーネットはいうと、ついに走りだした。もう駐屯地内に入っているので、走れば10分で着くだろう。しかしバカ貴族息子1も走ってついてくる。
「ああ、もうしつこい」
ようやく自分の隊の宿営地についたアーネットは、外にいたロブから
「お帰りなさい」
と、挨拶されると、それに短く答えたあと「すぐに全員を呼び出して」と頼むと、一旦自分のテントに入った。皆が急いで「何事ですか」といって集まると。再び出て来たアーネットは皆を前にして
「これから西から暴風雨がくる。テントが飛ばされないように、向きを北側にセットして、四隅を大きな岩で固定して!」
と、素早く指示をだす。「ワシの出番かの」と軍曹が腕をグルグル回しながら近くにあった両手でかかえるぐらいの岩を力まかせに掘り起こしてくる。
「嘘じゃなかったのかい?」
と、バカ貴族息子1が傍らでつぶやく。
「まだ、いたの?」
と、アーネットが、「いい加減に帰ってよ」という顔をするのだが、相変わらずこの男には、そういうサインが全く通じない。
「この青空の中、嵐が本当にくるって思ってるんだ? へぇ~面白いねー」
と、空を見上げた後、憐れな人を見るような目でアーネットを見つめてくる。
それを無視して、急いでテントの補修を急ぐアーネット隊のメンバー達。
バカ貴族息子1が突然大声をだして、周辺に聞こえるように叫ぶ
「ハイハイ、皆さんお集りください、お集まりください、いまから楽しいショーの始まりですよ!!」
とパンパンと手を叩いて人を呼び集める。さすが第一派閥の領袖である、周りの一般兵達がぞろぞろと集まってくる。ここで無視したら、後でどんな言いがかりをつけられるかわからないので、従っているのだ。10人、20人、30人・・・どんどん集まってくる。軽く100人は集まっている。こうなると既にテントの周りを囲んでしまって、人垣になっている。
「なんと皆さん、こちらの王女様ご一行が何をされてるかわかりますか?
なんとですね。この青空のなか、今から嵐にそなえてテントの補修をされてるのです。訓練とかではありませんよ、本気で今、嵐がくると信じてらっしゃるのです」
完全に見世物に仕立てられた、一行は憮然とした表情になる。これは以前の"投げナイフ"事件の仕返しか、オーランドがギュッと拳を握るのをみつけたアーネットが素早く彼に近づき、その腕をつかんで「気にするな」と注意する。アーネットが一歩前へ進みでて、皆にいう
「信じられないかもしれないが、本当にまもなく暴風雨がここへくる。テントを飛ばされたくなければ、テントの向きを変えて、しっかりと固定することだ」
周囲には冷ややかに笑う声さへ聞こえる。するとバカ貴族息子1はさらに調子にのって
「はい、では皆さんお待ちかね、ギャンブルのお時間です!」
と、この嵐が来るか否かを予想するギャンブルを始めてしまう。イギリスでは皆ギャンブル大好きなのだ。とはいえ、この晴天といってもいいお天気のなかではほとんどが"来ない"へのベットで、賭けが成立しない。これはギャンブルの名を借りたいじめだろう。
周囲の意識とどれほどアーネットの意識がズレてるかをオッズで数値にあらわそうとゆう魂胆なのだ。本来のギャンブルなら、その掛け率の高さから不利な方にもベットが入るのだが、このギャンブルはバカ貴族息子1のアーネットへのあてつけだと皆が解っているので、だれも"嵐が来る"方には賭けない。どんどんオッズはあがっていく。その数値をバカ貴族息子1が笑いながら発表していく
と、その時
「"嵐が来る"に500万」
と、背後から言い放つ者がいる。皆がそちらを振り返る。そこにいたのは、バカ貴族息子2だった。バカ貴族息子1がそれをみて、イラ立ちを一瞬見せる。だが絶対に嵐など来ないと思ってるので、ついでにお前も一緒に笑いものにしてやると、
「じゃー、おれは"来ない"に1000万だ」
と、胴元なのに、賭けに参加してくる。といってもブックメーカー形式なので、正しくは胴元ではなく、管理元といったところなので賭けに参加しても問題はない。
「"来る"に1000万」
バカ貴族息子2が金額を合わせてくる。ポーカーではないので、レイズする必要などないのに、そうするのは意地のぶつかり合いなのか。アーネットもこれにはどう言っていいのかわからない。バカ貴族息子2はアーネットの肩をもっているのか?
そうともとれるが、単にバカ貴族息子1に対抗してるだけともとれる。でも勝ち目のない勝負なら、金額を合わせても負けたら意味がない。アーネットを信用したということなのだから、やはり味方と思うべきなのか。バカ貴族息子2と目があったアーネットは
「そんな賭けよりも、私を信じてくれるなら、テントを補修してください」
と、お願いすると
「もちろん、やってるよ」
と、いい白い歯を見せて笑って見せる。清々しい笑顔なのだが、なぜか嘘くさく感じてしまうのは、アーネットにも心の歪みがある性なのか。ともかくこのやりとりで、やや風向きがかわった、一般市民の中にもテントの補修を始めるものが現れ始めた。
面白くないのはバカ貴族息子1だ。せっかくの笑いもの晒し計画が潰されて「ふん」っといった顔になっている。それではと作戦を変えてくる
「では、そろそろ結果発表とまいりたいのですが、王女様、その嵐とやらは、いつここへやってくるのですか?」
と、聞いてきた。だがアーネットは即答しない。
「おや、だんまりですか? まさか、1年以内にくるとか、そういう逃げじゃないでしょうね?」
と、バカ貴族息子1が煽ってくる、だがずっとアーネットは西の空を見据えたままだ
そして次の瞬間「来た」とつぶやく。
あたりに冷たい風が吹き、その場にいた皆が耳鳴りを感じた。
「はやく、テントの中にみんな隠れろ!」
と、一際大きく叫んで、テントに入ってしまう。
西の空が、急に暗くなり、その暗さが天を覆うように広がり、足元を流れる風が強さをます。
「ゴロン ゴローーン」と遠くで雷鳴も聞こえる
「やばい、これは本当かもしれない」
と、いままでバカにしていた、一般人も嵐の噂を信じ始める。さすがにこれにはバカ貴族息子1も信じられない、といった表情を見せるしかなかった。
そんな人々をあざ笑うかごとくに、一気に風が強くなり、そこいらじゅうの土や砂を巻き上げで、押し寄せる。
「うわっー」
と、立っていられなくなる突風にあおられ、テントの外にいる人間がよろける。中には倒れて動けなくなるものもいる。雨も突然降ってくる。しかも大粒の雨が降ってきて、一瞬にして「ザーー」と土砂降りになり、稲妻の光と音が容赦なく襲ってくる。そして強風に吹き飛ばされた空の木箱やゴミクズ類が宙をとぶ。
ついにアーネットの心配したとおり、キチンと固定されていなかったテントが次々風にはぎとられ、飛ばされていく。中の人は必死になって紐を引っ張ってとどめようとするが、テントごともっていかれそうになり、やむなく手を離すと、テントは無残に空に舞い上がり、強風で凧のように、飛んで行った。
あとに残ったのは大量のごみクズと、ずぶ濡れで頭を抱えてしゃがみこむ、バカ貴族息子1の姿だった。
あまりの嵐の激しさに、みな度肝をぬかれて、テントを飛ばされた者、突風で飛ばされたもの、飛んできたものにあたって負傷したものなど、たいへんな騒ぎになった。ロブも救助活動に率先して活躍し、他のアーネットのメンバーも、手が許す限り、被害者の救済にあたった。
そんな救助活動をする、アーネットの元へさきほどのバカ貴族息子2がやってきて、
「王女様のお陰で、私も救われました」
と礼を言われた。
「いえ、私はただ、伝えただけで、それを信じるか否かは、それぞれの人の判断ですし、私はなんとも・・・こんなに大事になるなら、もっと強く勧めるべきだったなと思います」
と、言葉を濁した。
「いやいや、そうじゃなくて、王女様はどうして嵐が来るとわかったんですか?」
「え、えーと、まー・・・・その、勘? みたいな」
「勘で、わかっちゃうんだー、へぇ~凄いな。魔女的ななんかなの?」
「いや、そういうんじゃなくて、勘が働くっていう程度のものですよ」
「ほぇー、そうなんだ。俺、マジビックリしたよ、まさか、これほどまでの嵐とは思ってなかったし、バカ貴族息子1なんて、びっしょ濡れだし、あいつパンツの中までびっちょりだぜ アハハ」
と指さして、笑っている。まったく、このバカ貴族達は、どこまでいってもアホっぽいなと、思いながら、アーネットは軽口ついでに聞いてみた
「今までも天候が悪くて、テントで難儀することはあったのでしょ?
どうして、テントじゃなくて、ちゃんとした砦を立てようとしなかったんですか?」
と、聞くと
「したよ、この駐留が始まって、真っ先に砦を建設しようとしたさ。でも南東王国の奴らが壊しに来るんだよ」
と、アーネットにとって意外なことを言うのだった。
「え? 南東王国軍がここへ攻めて来たことがあるんですか?」
「ああ、あるよ。ただあいつらは砦の建設を止めさせるのが目的みたいで、それ以上の攻撃はしないんだ、騎馬でドドット押し寄せてきて、建設途中の施設を火矢で燃やして、こちらの兵には目もくれずに去って行ってしまうんだ。変な奴等さ」
と、バカ貴族息子2は、どうして皆がテント生活なのか、その理由を教えてくれた。
「そうなんですかー、ああ。それでテント生活なんだ」
と、納得した。だが、敵に破壊されたから、砦の建設を中止して、テント暮らしとは、軍として情けなさすぎるのではないかと思うのだが、敵と慣れ合ってる感じがするのもそのためなんだと、理解できた。
向かい合っても戦わなかった。その事で、敵の目的があくまで、帝国軍をここに留めることだと暗黙に了解させられたのだろう。それゆえ、こちらも敵を敵として認識することも薄れていったということなのだろう。
「と、いうことは・・・・」と、アーネットは閃くのだった。




