南東王国との辺境戦 3バカ貴族
毎日アーネットの隊は規則正しく、日々鍛錬を繰り返す生活を続けている、それは着任して1か月経つが変わらない。アーネットへの信頼はロウア鉱山事件での英雄的な活躍で隊員達の心が一つになって以来、ずっと同じままだ。今回、部下と貴族の間で起きた事件についてもアーネットは貴族の横暴にも全く動ぜず、上官の不公平な判断をも覆し、部下を守ったことで、さらに仲間の連帯感やアーネットへの信頼は厚いものになっている。
その一方で、アーネットやその部下に対する周囲の反応は冷ややかなままだ。
「いつまで続くかな」とバカにしていた者も「意外にしぶといな」と認めるまでになっているが、それでもこの軍の体制が変わるとは思ってないので、アーネット隊の行動はどこまでいっても無意味なものにしか映らず、嘲笑のネタにされ続けた。だがそうした者の心理には、自らの怠慢に対する負い目があって、それを無言で指摘されてる気がして、そこから目を反らすために、ちゃんとしてる者を見下すことで自分を正当化しようとする甘えがあるのだった。
さて、この南東軍の堕落の象徴は貴族たちの派閥争いだ。
ベルファルト伯爵子息 バカ貴族息子1
マンチェスター公爵子息 バカ貴族息子2
ペンブルック伯爵子息 バカ貴族息子3
この3バカ貴族息子の派閥争いが鎬を削ることで、どんどん軍の風紀が乱れ、モラルや規律の低下を招いているのである。そんな3バカを上官が止められないのは公爵・伯爵といった名門家の父親の威光があるが故のことで、軍人といってもやはり貴族出身のものもいるし、出世すれば爵位をあたえられて、貴族社会の一員となることもあり、そうなるとやはり名門家との関係は良好に保ちたいという思惑が働き、貴族に強くいうことができない。
その挙句がこの南東軍のザマで、3バカに言わせれば、
「この南東軍最高指揮官のレスター中将といえども、俺たち選ばれし上級貴族の行動に口出しなどさせない」
といった、意気がった発言につながるのである。もちろん一般市民兵や農民兵などもここでの仕来りにのっとって、ひたすら3バカ派閥には近づかないようにしていた。
本来軍の力関係は、上官 > 兵 となるのに、この軍では
南東軍の力関係は、3バカ貴族 > 上官 > 一般兵
となり、さらに現在はその勢力図に"アーネット王女一派"という不確定要素がはいり込んだことで、この一派がどこに位置するか、あるいは既存の勢力にとりこまれるのかを、見守っているという状況だった。
まったくバカバカしい。アーネットにとってはその一言で片付くことだった。自分の存在を特別視されるのも望まないし、派閥がのさばることも許せない。それなのに、3バカ貴族がいまだに勧誘にやってくる
「王女殿下、今週のパーティこそ、是非」
「結構です」
「麗しのキミよ、是非とも我が集いに」
「気持ち悪いので、その呼び方辞めてください」
「おー、アーネット様、あなたは、どうしてアーネット様なのですか?」
「オペラの見過ぎです。私は一介の少尉です」
もう、いちいち相手にするのもウザったらしい。相手も半分からかいにきてるのもわかっているが、それらを含めてこの軍の規律の緩さが辛抱できない。ムリだとわかっていても、あの無能な上司の元に苦情をぶつけに行かずにいられなかった。とうとう我慢ならず、直属の上司である少佐の部屋へ押しかけたアーネットは
「少佐、あの3バカ・・・いえ貴族息子達の派閥をなんとかすることは、できないのでしょうか?」
と、問うと、上司は「また、君か」とウンザリとした顔で
「ここでは、することがないんだよ、ああして皆、ヒマな時間を有意義に過ごそうと努力してるのさ、君もいつまでも片意地を張らずに、もっと気楽に貴族達とつきあったらどうだね」
と、逆に、「郷に入れば郷に従え」と諭してくるのである。
その言葉に我慢ならなかったアーネットは、「それでは」と本質をついてくる
「どうしてすることがないのですか? することがないのなら、この南東軍を引き上げてしまえばいいではないですか」と詰め寄ってくる、だが少佐は頭を振りながら
「そう、事は簡単ではないんだよ」と面倒そうに答えるのだった。
その本題に向き合おうとしない姿勢にいらだったアーネットは
「どうして、もっと真剣に考えないのですか? 何もすることがないと、諦めてしまっているのですか?
こうして南東軍が、のほほ~んとしている間にも、北東地域では激しい戦場で兵がたくさん亡くなっています。この地の2万の兵を遊ばせているのは、上官達の怠慢ではないでしょうか?」
と、上官を叱責するような発言をしてしまう。これにイラっときた上官少佐は。そこまで言うのなら教えてやろうと、地図を引っ張りだしてきて解説するのだった
「南東王国軍は動かない。帝国との国境ギリギリに兵を置いているだけだ。帝国領に侵攻してくるわけではない。だが引けないのにはわけがある。それは東西に長いヨーロッパ大陸を、このまま帝国が東に進んでいけば、右下にあたる南方王国との国境線は、帝国にとって防衛ラインよりも内側になってしまうんだよ。前線が東にある時に、それより内側の南東王国軍が、突如国境を突破して帝都へ直進したら、それを防御できる軍は帝都を守る近衛兵しかいなくなる。
そんな最悪な事態でなくても、東部諸国連合と帝国軍がお互い消耗戦を繰り広げて動けない状態ならば、いかに無傷のこの南東王国軍が危険な存在かわかるだろう」
と、上官少佐は教えてくれた。だがそれはアーネットも薄々理解している
「ならば、この今いる南東王国軍を排除すればいいではないですか? なぜ指を加えて見ているだけなのですか?」
とようやく議論になったことに多少手ごたえを感じたアーネットが、質問を投げかけると
「だからいっただろ、南東王国は自分から攻めてきてはいないんだよ、ただあそこにいるだけさ、北東軍との戦線で手一杯の帝国としては南東王国と戦争になどなりたくないし、もしなればそれこそ、2正面に敵を迎えることになり、帝国はお終いさ。だから、帝国から南東王国に手出しをすることはない。万一にも南東王国軍が帝国に侵入してこないように、ここで睨みをきかす。それが我が軍の役目なのさ」
と、上司少佐から事情を説明されたアーネットは
「睨みをきかせているようには、とてもみえませんが」
と、揚げ足をとるようなことをつい、口にだしてしまう。それに対して上官少佐は
「では、王女殿下はどうしたらいいと、お考えなんですかね?」
と、嫌味を含んだ物言いで、意見を求めてくる。それに対して、アーネットは
「それを考えるのが、上官であるあなた達の役目ではないのでしょうか?」
と喉元まで言いかけて声にだすのを辞めた。彼女はすごすごと部屋を出るしかなかった。自分も同じなのだと気づいたからだ。他人に解決策を期待し、それができないことを批判するのは誰でもできることだ。上級だろうと、下級だろうと士官であるなら、自分も同じく答えを出す側なのだ。アーネットはそう自覚し、自分なりの解決策を考えねばならないと思うのだった。
まづは敵を知ることだ。そう考え南東王国軍、砦へと単身向かうのだった。