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軍人王女の冒険譚(Devil's Teardrop)  作者: n.t
軍人時代
24/37

南東王国との辺境戦 怠惰

色々と驚かされる駐屯地だが、その最たるものが、夜になっても繰り広げられる貴族主催のパーティーだった。もう夜の9時になろうというのに、テントの周辺に焚火がおかれ、どこからやって来たのか、娼婦達をはべらせて酒をあおっている。ここはリゾートクラブか? とつっこみたくなるような光景に「何もかも間違っている」と嘆くアーネットは、帝都での規則と同じ、9時消灯、5時起床を命じて、就寝した。


アーネット隊が翌朝起きると、夜中まで騒いだ貴族達が、そこここに倒れ込んで爆睡している。もちろん一般兵はそこまで狂った振る舞いはしていないが、アーネット隊が朝の訓練と称して丘の周りをランニングして軽い運動をこなして戻って来たあとも、テント集落には静寂が満ちていて、起きてくる気配はない。「ここはもう軍隊とは呼べないだろう」と、あきれ返るアーネットだった。


7時に食堂が開き、朝食を済ました一同が戻ってくると、ようやく起き出してくる他の兵に、軍曹が声を掛ける


「おはよう、ここの朝は何時ぐらいに皆起きてくるんだい?」


「ああ、今日もいい朝だね。ずいぶん君たちは早起きみたいだが、もう朝食を済ませて来たのかい?」と逆に聞かれ


「ええ、もう済ませました」と答えると


「ここじゃ、食堂が開いてから、皆が起き出すんだよ、そんなに慌てても、一日やることがなくなって、暇になっちゃうからね」


と、欠伸あくびを噛み殺しながら、答えてくるのだった。


「どれだけ、たるんでいるんだか、うち等が朝から訓練をしてきたことを話せば、きっとバカにされるんでしょうな」


と、軍曹も呆れ顔だ。軍歴の長い軍曹でもこんな軍隊は聞いたことがなかったらしい。南東軍とは、それくらい特殊な環境の軍隊と言えるだろう。



「おい! なんだお前らは? なに勝手にテントの中荒らしまわってるんだ!」


と、ロブが声を荒げている。「どうしたんだ」と他の隊員が声をかけると

テントから子供が二人、ひょこっと顔を覗かせる


「どうもこうもないですよ、ガキが二人、勝手にテントの中をあさってるんですよ」


と、ロブが言うと、子供達が声をそろえて


「違うよー、俺ら掃除をしてたんだよ」と言ってくる。


「掃除?」と聞いて皆がいぶかしんでいる。


だがアーネットにはちょっとだけその感覚がわかる。王宮ではメイド達が部屋の掃除をしてくれるのは当たり前だった。そして案の定、子供達は代金を請求してきた。

掃除だけなら、指1本、洗濯もするなら指2本と、説明する。指1本はおそらく銀貨1枚を表しているのだろう、だいたい500円程度だろうか。その態度に他の隊員は「金を取るのかよ?」とびっくりしている。アーネットは仕方ないと、既に掃除をしてしまった2つ分のテントの料金、銀貨2枚を子供に渡し、


「うちの隊のテントは、掃除も洗濯も自分でやるので必要ないから、明日からはこないでくれと告げる」


子供達は「一般兵かよ」と不満をもらしながら去っていく。


「なんだ、あいつらは?」とロブが不満たらたらで言うので


「貧しい子供は、ああいうものさ」とアーネットは気にするなとロブを諭した


しかし、あのての子供や昨夜の貴族のテントではべっていた娼婦といい、この駐屯地では、外部の人間が勝手に入ってこれることに驚く。これでは軍隊としての秘密性などあったものではない。秘密の書かれた資料や作戦手順等が、平然と子供や娼婦に見られてしまうのだ。ありえないといってよい。


そして、それが当たり前となっている空気は、おそらく今は驚きをもってみているアーネットの一団にも、いつの間にか自然に溶け込んでしまうことだろう。この雰囲気に慣れてしまえば、軍人として死んだも同然だ。なんとしても自分の隊だけは、この緩い空気に飲まれないようにと、気を引き締めるのだった。



アーネットの隊は日課として、午前中に、算数や物理、地理や心理学、それに軍事資料からの戦術研究等をアーネットが教師となって教えた。昼食を1時間挟んで午後は、実技訓練、素手での武術、剣や棒を使っての稽古、そして銃での射撃訓練をこなす。

それをなるべく、他の兵が見えるところで行った。もちろんこの緩んだ空気に飲まれないようにするためだ。


他の一般兵がそれを遠巻きに眺め「どうせ彼らもすぐに、うちらのように慣れる」といって、自分達は何もせず、怠惰な生活に身をゆだねるのだった。

そんなことが3日ほど続いた日、午前中の戦術研究の講義中にふらっとアーネットに近づいてくる者がいた。以前食堂で駄々をこねていた貴族の子息だった。


「やあ、やあ、君たち、本当に勉強熱心だねー」


と、気軽に、そして無遠慮に授業中の隊に踏み込んでくる。それに対してアーネットが「何か御用でしょうか?」とやや冷たくあしらうと


「これはこれは、誰かと思えば第四王女殿下ではありませんか?」と白々しく驚いて挨拶をしてくる。


「私はもう、王女ではありません。ここにいるのは一介の少尉にすぎません」


とアーネットは貴族子息に対して、毅然といい放つ。貴族相手にその態度を取れることこそが、まさに王女の現れなのだがと隊員がみな思うのだが。そんなアーネットだからこそ、平民の隊員からしたら、頼もしく思えるのだ。


「これはこれは失礼しました。勉強熱心なのは大変よろしいですね。でもさすがに毎日していては疲れるでしょう。週末にパーティを催そうと思っているので、是非、羽目を外して気分転換するのもよいのではと、お誘いに参りました」


と軽く頭をさげて、チケットを渡してくる。それを大きな目で冷たく眺めたアーネットは


「どうぞ、お気遣いなく。そもそも兵たるもの、万一の事態にそなえて日々鍛錬をするのは当たり前のこと。そしてそれこそが仕事というものです」


と毅然としてこたえると、無下に断られた貴族子息が、気分を害したのか


「とはいえ、この軍では創設以来、2年間戦闘らしい戦闘などおきていないのですよ? そしてもっというなら、今後も戦闘などおこるハズもない。つまりあなた方の訓練は時間の無駄に他なりません」


と皮肉たっぷりにいってくる。それをキッと睨んだアーネットは


「軍事において、絶対的な平和などありません。それは日々の鍛錬の上に成り立つものです。ここでの平和は、平和ボケというものです。そしてその元凶をつくりだしてるのが、貴族子息の毎夜毎夜繰り広げられるパーティです。つまりあなたこそ、その元凶をつくりだしている張本人です」


と、アーネットは貴族子息を指さし、挑戦状を叩きつけるのだった。


「アッハッハッハ、これは噂にたがわぬ、じゃじゃ馬姫ですな~

王女といっても、いずれは平民。そして所詮平民の子。どこまでいっても、しみったれた考えは捨てきれない、ド庶民ですなー。せっかく私が時間を有効に使うすべをご忠告申し上げたのに、それすら理解できないとは」


と、口に手をやりえげつなく笑う。だがアーネットはこういう挑発には宮廷生活でなれている


「それはそれは、ご親切にクソの役にも立たないご高説をありがとうございます。平民の私にはもったいないお言葉ですから、その辺の野ネズミにでも、どうぞお話しになってください。きっとネズミも退屈過ぎて、欠伸あくびをしながら帰っていくと思いますよ」


と平然とした顔で嫌味返しをするのだった。するとさすがに貴族子息もキレ気味に


「クッソ、口の減らない女め」と言い捨てて、帰っていった。



ここ南東軍で、貴族息子が大きな顔をしていられるのには訳がある。もちろんそれは戦闘がないからだ。一たび戦闘が起きれば、地位も名誉も関係ない。金を幾らつまれようが、1つしかない命を守るのに皆、必死になる。そこでは自然と真の力のあるもの、自分達を正しく導いてくれるものがトップに立つことになる。だが、戦がなければ、軍隊もただの組織だ。そこは普通の貴族社会のように、地位や名誉、金と人をどれだけ動かせるかで序列がきまる。派閥が顔をきかせるようになるのだ。


「大方、あいつも第四王女という肩書のメンバーを、その派閥に取り入れたいと思ったのだろう」


アーネットがもっとも嫌う、貴族社会の悪弊がここでも幅をきかせている。


「これでは、何の為に軍にいるのか、わからないではないか」


そう不快感をあらわにするアーネットだが、その後も事あるごとに、他の派閥から、誘いを受けることになる。


「そんなに第四王女という肩書が欲しいか?」


とアーネットは思う。あれだけ宮中では馬鹿にされ、コケにされてきた称号だ。平民王女だ。それ自体はアーネットはなんとも思わなかったが、その言葉の裏にある、王女なのに、貴族より身分が低い。所詮は平民といった貴族の鼻もちならない態度が気にくわなかった。お前らが何をもって偉いのかと思った。代々広大な土地を譲り受けてるだけではないか。なんら誰かの役に立ってる訳でもない。それなのに、平気で奴隷をこきつかい。偉そうにしている。


可哀そうなのは、アーネットの部下達だ。アーネットはその特殊な地位から、色眼鏡で見られるのは仕方がないにしても、部下にはなんの間違いも、非難される理由もない。それなのに、一般兵士からも「変り者の集団」として認識されてしまっている。間違っているのは他の者なのだ。そういうフラストレーションが最悪な形で表にでてしまった。それはアーネットの部下の一人が貴族のパーティの近くを通りがかった時のことだ


「お前、そこの新入りのお前」


と、貴族子息配下の兵がアーネットの部下と知っていて、夜中のパーティ中に、厠へ用をたしに行ったモノを呼び止める


「なんでしょうか?」


と眠そうに眼をこする部下に、その兵が


「いいから、こっちへこい」


と無理やりテントに引き込まれて、貴族息子や娼婦が眺める前で、


「今から賭けをするから、投げナイフの的になれ」


と言われた。投げナイフとは、壁の前に両手を縛られて吊るされた人に向かって離れたところからナイフを投げることである。もちろんそんな的にされることなど嫌に決まっている。アーネットの隊員は、そこから逃げ出そうとして暴れ、手を縛りあげようとする数人の相手兵を投げ飛ばして、自分のテントまで逃げ帰って来くる。


事の次第を聞いたオーランドが怒り、鉄剣を持ち出してテントの前で仁王立ちをしていると、先般の貴族息子がやってきて


「お前達の隊員が無礼を働いたので成敗してくれる。譲り渡せ」


といってきたので、血の気の多いオーランドが、


「もしお前らがテントに一歩でも入れば、お前らを全員この場で殺してやる」


と、鉄剣を見せつけて脅したものだから話がおおきくなり、双方睨み合いになってしまう。そんな騒ぎに気づいて急いで起きて来たアーネット。そして大事になったことで上官にも知らされたようで、憲兵がやってきて、


「翌日調査するので、ここは一旦武器を双方しまうように」


といわれ解散さえられるのだった。

翌日、アーネットとその問題を起こした隊員の二人が、上官の元に呼び出され、相手方の貴族子息と双方が事情聴取を受けることになった。すると貴族方の兵士が


「私達がテントで飲んでいたら、突然この男が暴れて入ってきて、私達の仲間数人を殴って逃げたので、私達が追いかけ、そのような乱暴をはたらかないよう罰をあたえるために、押し掛けたのだ」


というのである。とんでもない嘘八百だ。アーネットの部下が


「そんな話は全部でたらめです。私が厠からの帰り道、その男に呼び止められ、テントの中に連れていかれて、突然複数の男に両腕を縛られ、投げナイフの的にさせられそうになったので、逃げてきただけです」


と、事情を説明すると、上官は考えるそぶりはするものの、既に判断はついていると言った感じで


「貴族と平民ではどちらが正しいかといえば、貴族が言うことに決まっている。名門の名前に掛けて誓っているのだから、嘘などいうわけがない」


と断じて、アーネットの部下の身柄を貴族に渡すよう言い渡してしまう。それに激高したアーネットが、


「私の部下に限って嘘など言いません」


と断言すると、上司の少佐は、困り顔で、


「アーネット少尉も判るでしょう、こういう時には貴族の言うことが正しいと、決まっているのです」


と、さも当たり前にいうのだ。そんな身分差別をもっとも嫌うアーネットは、上官少佐に


「いいえ、わかりません。というか、ここの貴族も上官である少佐も、この南東軍もすべて理解できません」


と、この1か月の不満を爆発させて、全否定をするのだった。それを聞いて、今度は上司少佐が怒りだす


「アーネット君、君は自分の部下の不始末を誤魔化すために、言うに事欠いて、この南東軍全体を侮辱するとは、許しがたい、不敬罪で処罰する!」


と、顔を真っ赤にして怒り出すので、それを聞いたアーネット同様に顔に険しさをあらわにして、そっちがその気ならと


「いいでしょう。私も軍のお偉いさんを知っていますし、なんなら父に直談判してもいいのですよ」


と、上官を睨みながら、超絶な爆弾を投下するのだった。これを聞いた上司少佐は顔面が真っ青になる。アーネット少尉のことは、軍の扱いとしてあくまで王族ではなく、少尉として扱うよう、指示がでている。だからこその少佐の判断だったのだが、当の本人から、王の名前を出されては、親子の間にどんな関係があるかは、少佐程度では予測することなどできるハズもない。それが例えハッタリだとしても、万一にも王の耳に入ったとしたら、自分の存在など道端に落ちている石ころよりもはかない存在になってしまうだろう。


上司少佐は、自分の地位での判断を超えると思い。今回の件は双方痛み分けで丸く収めてもらえないだろうかと、前言を撤回して両者に対して、下手からお願いしてきた。それに対してアーネットは、


「私は構いませんが」


というのだが、貴族子息の方はおさまりがつかないようで


「少佐程度では話にならない、将軍を呼べ」


と、大柄な態度でこの軍の最高指揮官を呼び出そうとする。ところが将軍はこの話を伝えられると、「私は今外出中だから」と居留守を決め込みでてこなかった。仕方なく上官は、


「この話は中将のご帰還をまってから再度、検討すると言うことで。今日のところは、お二方ともお引き取り願えませんでしょうか」


と、話を終わりにしてしまうのだった。この件は将軍預かりとなった。

しかし、この問題は将軍といえど簡単に判断できるものではない。ことの詳細を聞かされたレスター中将は


「そんな判断を私のところにもってくるな。そんな些細なことで、私の政治生命を終わらせるつもりか!!」


と、怒鳴って判断を放棄してしまう。つまりこの問題は永久に不問とされるのだった。

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