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軍人王女の冒険譚(Devil's Teardrop)  作者: n.t
軍人時代
23/37

南東王国との辺境戦 到着

アーネットとその一行、中隊第二小隊17分隊と呼ばれた部隊の肩書はもうない。アーネットのその仲間達は、主人の希望に反して南東王国アラブとの国境、エラーズの街にやって来た。ここが最後の街になる。ここから先は森林地帯になり、南東王国アラブとの国境までは小さな村しかない。


大地は緑につつまれ、空は澄み渡った青で、川を流れる水はやや南国特有の濁りがあるが、豊富な水量できっと大地に恵みを育んでくれているだろう。鳥のさえづりがそこここから聞こえ穏やかだ。そろそろ帝都では肌寒くコートを着る季節になるが、この地ではようやく素肌だと寒さを感じる程度で暖かい。逆に南部にいくほど湿度が高くなる。夏はサウナにいるような暑さになるが、これからの季節はまさにそのバランスが丁度いい頃といえた。


この街から毎日、帝国南東軍2万が駐留する地まで物資が供給されている。それらの馬車にのせてもらい、アーネット分隊ともいえる一行は駐留地、ビトリスの丘を目指している。


「いやー、いい場所じゃないですか、まるでピクニックに来たみたいだな」


と、上機嫌で軽口をたたくのはオーランドと決まっている。


「ホントに、帝都の淀んだ空気、色あせた景色とは何もかもが違います。きっと美味しい食べ物がとれるに違いありません」


と、ロブがそれに同調する。二人とも、というか隊員全員がそうだが、南東地域への配属を喜んでいる。まぁそれは当たり前だろう。好き好んで死にに行きたい者などいない。だが望んでも南東軍に配属されることは少ない。よっぽどのコネや運がなければこの地への配属にはならない。それなのにアーネットのお陰で分隊ごと配属になったのだ。加えてこの穏やかな雰囲気、気持ちが緩むのも仕方がない。


だが、アーネットはそんな希望をした覚えはないし、今でも北東地域へむけて、この馬車をはしらせたいところなのだ、そんな二人の浮ついた雰囲気に多少の不快感を覚えずにいられない。


「気を緩めるな、私達は遊びにきたのではないのだぞ」


ついに、アーネットが我慢できずに毒づいた。この隊のいつもの光景だ。普通こういう会話は女が軽い日常会話を楽しみ、それを男が冷ややかな目で指摘するのが常だが、この隊の場合は立場が入れ替わる。隊員達はその一連の会話を楽しんでいるようだ。ロウア鉱山事件以来、隊に連帯感がうまれたのはいいのだが、どうも普段の緊張感がなくなってしまったようだ。それはアーネットを助けるために皆で一丸となり、皆で一緒に笑ったことが大きい。


24時間、常に緊張してなどいられない、時には冗談をいって和むこともいい。だがいつでも臨戦態勢に移行できなければ兵としては失格である。そのバランスが難しい。各人がそれをわかってやってるうちはいいのだ。だが人はすぐにそれを忘れがちになる、気が付いた時には油断になって、敵に足元をすくわれることになる。それをアーネットは心配するのだ。


「あんたがた、ここの駐屯地に来るのは初めてなのかい?」


と、今までその存在さえ忘れていたが、馬車の端に座っていた、商人と思われる老人が話かけてきた


「その話しぶりからわかるんだが、この地で、そんなに堅苦しいことをいってると笑われるよ。この地で戦なんて、なれ合いのほんの小競り合いぐらいしかおきないんだから、そんなに警戒するのは無駄ってものさ」


と、笑顔でいわれた。これにはアーネットも拍子抜けだ。そもそもこんなに気軽に一般人が軍人に話しかけてくること自体が、この地が平和なことの現れなのだろう


「そ、そうなのですか? だが帝都では万単位の部隊が睨み合う場所と聞いてきたのですが・・・・」


と、中佐から聞いた話をしてみると


「たしかに兵は多く駐留してるけど、一度も組織だって行動してるのもみたことがないしね。敵だってもちろん見たことないよ」


と、老人はいたって平穏だよ、と話すのだった。確かにこの南東地域での戦死者は圧倒てきに少ないと聞いている。それが故に志願者も多いのだ。だが戦地には変わりはないだろうと思っていたのだが・・・・・


(まぁ、駐屯軍に合流すれば、嫌でも現場の空気がわかるだろう)


と、アーネットは考え直し、オーランド達の軽口も許そうと思うのだった。


宿営地が経つビトリスの丘は地上100メートルほどの高さをもつ。丘のかなり高いところまで森が続き、頂上付近は開けていて、見晴らしがよい、この一帯では一番高い場所であり、国境を挟んだ南東王国アラブ軍の砦も見渡せる。北側は切り立った崖になり、こちらからは登れないが、他の3方からは森があるものの傾斜がゆるやかなので、普通にあるいて登ることができる。高台になっているにもかかわらず、東西に街道が通されたのは、以前からこの場所にはお寺があり、その眺めもあって景勝地として立ち寄る人が多かったためである。



「なんだ、この有様は。。。」


アーネットは駐屯地の内部を眺め嘆いた。駐屯地につけば軍の規律に刺激されるとおもっていたのだが、この駐屯地の雰囲気は、帝都の繁華街の騒ぎまくった翌朝のように雑然と、いやハッキリいえば汚れていた。そもそも駐屯地とも呼べない代物ではないか。なんなのだ、この貧民街のバリケードのような簡易の壁は。


「これで敵軍に攻め込まれたら、防げるとでも思っているのだろうか?」


と首をかしげるしかない状況にアーネットは困惑している。ここはまだ駐屯地内ではないのだろうか? そう思うしかなかったが、馬車が「本部についたよ」といって止まってくれた場所は、テントと丸太小屋が同居する簡易のバリケードに囲まれた一角だった。


「ここが、南東軍本部なのか・・・」と軽い眩暈を覚えるのだった。



「アーネット少尉以下10名の兵。着任しました」


と敬礼する。相手は大きめのテントに木箱を重ねただけの机の前に座る、スウェンディン少佐だ。この軍での人事や軍備、食料等を全てを管理する人物らしい。普通はそれなりの職の人が別々にいると思うのだが、この軍では一人で兼務しているらしい。本当だとしたら、大変多忙な人のハズだが、目の前にいる人をみるとそうでもないようにみえる。


「よぉ、ご苦労様。話は聞いてるよ、王女様なんだってな」


と、おもいっきりフランクな調子で話してくる。まぁアーネットは部下にあたるのだから話し方は勝手でいいのだが、それにしても気軽だ。


「でも、王女様でも驚かないぜ、なにせここには貴族の御子息様がたくさんいるからな、王女様も、せいぜい南国ライフを満喫するといい」


と、手元にあった紙にバンバンと判子を押すと、ここらへんにテントを張って宿営してくれ、資材は管理部でこの紙をみせれば渡してもらえる。夕飯は夜6時に食堂でだ、うちの食事は帝国でも随一と言われてるからな、楽しみにしてるといいぞ。それから所属は第8中隊所属だ、中隊長にも挨拶するように。


と一番重要なことを最後にチラッと言い「それじゃ」といってさっさと席をたって出て行ってしまった。


この扱いの軽さには、同行していた軍曹もさすがに、


「異常にノリが軽いですな、これが南国の雰囲気というやつでしょうか」


と、驚いている。そんな不審な顔をしている軍曹とアーネットを横目に


「俺はこの雰囲気、嫌いじゃないっすよ」


とオーランドは嬉しそうに、今晩のメニューがかかれた紙を目ざとくみつけて、


「今夜は羊肉のステーキですって!!」と小躍りしながら報告してくる


いろいろとやれやれ、と思わずにはいられないアーネットだった。

この南東軍は"軍"と呼ばれるだけあってその規模は大きい。2万人の兵が暮らすのだ、相当な広さとおもってもらって構わない。東京ドーム2~3個といったところか。その広さに広がるテントと丸太小屋に、仕切りとしての大きな幕が張られた空間を創造してもらいたい。お世辞にも強固な、とか防御とかいった感想はでてこないだろう。


おまけに、部隊の配置はめちゃくちゃ、各々が勝手な場所に自分達の宿営場所を確保するから、どの隊がどこにいるのかわからない。もちろん広場に集合した時に確認できれば一応問題ないといえるが、何かあった時に、不明者の捜索とか、緊急に連絡をとりたい時などどこに目的の兵がいるか皆目見当がつかない。これではどうなのかと思う。


それだけではない、衛生面もひどいと言わざるをえない。そこここに木箱が散乱し、食べ物やゴミも放置されている。もちろん厠もきまった場所はあるのだが、テントは適当に設営されてるから、遠くの兵は近場ですませてしまい、糞尿の匂いがあちこちからしてくる。それにハエがたかっている。


極めつけは、兵達のたるみようだろう。あちらこちらで適当にあつまり談笑しているのは大目に見るとして、昼間から木箱を机代わりにしてその周りに集まり、酒をのみ、賭けカードに興じてるのはどうしたものか? これでここは軍隊と呼べるのだろうかと疑わざるをえない。


資材置き場でテントや毛布、その他生活関連一式をもらうと、自分達のテントを設営した。10人の隊員用には大型のテントを2つ、それにアーネット用に中型のテントが設営された。しかしこのテントで古くからいる兵は、2年間の生活をおくっているのである。どうしてもっとちゃんとした砦を築かないのだろうと不思議に思うアーネットだった。


設営にあたって出たゴミ等を集積場まで運び、夕食まで時間があったので、周辺を見回ってみると、テントといっても色々なモノがあるのを見て驚いた。いや軍の施設なのだから、全部支給品なら同じものであるハズなのだが、どこから運ばれたのか、真っ白で20人位を収容できそうで、しかも前面が大きく開き、昼間はオープンカフェのようになるものがあったりした。そういうモノは貴族の息子が持ち込むもので、床には絨毯がしかれ、各種家具が運びこまれ、鉢に植えられた植物がいけられていたりして、優雅な雰囲気を醸し出している。それはそれで関心するのだが、ここが軍であるということを忘れてやしないかと突っ込みたいところだった。


色々な趣向をこらしたテントを見物し、ようやく食堂に辿りついた。食堂は各中隊別に大型の木造建築が用意されていて、そこで食べるようになっている。もちろん配給制なので、入口からはいると順にならんで食べ物を受け取っていって空いているテーブルで食べる。アーネットの一団も空いている席に一緒に座って食べた。


オーランドが楽しみにしていた料理は羊肉を輪切りにしたものをオリーブオイルで両面カリカリになるまで焼き上げたモノに、南国のピリッと辛い香辛料を振りかけた、実にご飯の進む一品であった。豆とトマトのスープとの相性もバッチリで、アーネット達は食事に夢中で誰も言葉を発しない。一番早く平らげたオーランドが


「うまいうまい、やっぱ肉を食うと元気がわくな」と満足そうに舌鼓を打った。やはり美味しいものを食べるとそれまでの不満も吹っ飛んでしまう。アーネットも駐屯地への不満でいっぱいだったのだが、美味しい食事につい不満もどこかえいってしまっている。


ところが、その楽しいハズの夕食をぶち壊す騒音が、遠くのテーブルから聞こえてくる。食堂の一番奥に上座のような間があって、将校クラスが座る席なのかと思ったが、案外若そうなのも混ざっていて、そいつが騒いでいるようだった。


「違う違う、これじゃなーい!!」という駄々っ子のような声とともに、「ガチャーン」という皿の割れる音が食堂に響き渡る。貴族の子息が今夜の夕食に、いちゃもんをつけているのだ。


慌てて、厨房から料理長がその子息の元へと駆け寄る。それを待ちわびたかのように、打ち捨てた皿を指さし、


「なんなんだよ、この肉は! 羊っていったら子羊だろ?」


と、さも当然のようにのたまう。その言葉に汗を拭きながら弁解する料理長。


「しかしベルファルト様、メニューにも"羊肉"と書きました通り、帝国では子羊(ラム肉)は入手困難でして、あれはフランスの食べ物でございます。帝国では普通、羊肉といったら成長したマトン肉でございます」


とあくまでも丁重に説明するのだが、子息は


「ベルファルト家ではそんな肉は一度でも食卓にあがったことはない」


と、譲らない。それを遠目に眺めるアーネットは


「アホか」


とつぶやく。だいたい軍隊の食事に美味しさを求めるのが筋違いなのだ、美味いものを食いたければ、近くの街まで毎日、毎食、馬を飛ばして食いにいけばいい。それで兵として務まるのならばだが。ここをどこだと思ってるのかと問いただしたい。こんなことがまかり通り、周囲もそれを止めないのは、この駐屯地全体がそういう勘違いを許していられるところなのだということだろう。


せっかくの夕飯がマズくなった、とアーネットは食堂をあとにするのだった。

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