南東王国(アラブ)
今回は状況説明が長いです。世界観を説明する必要があると思ったので、興味がない人はざっと飛ばしてください。それと国名で実際にある国名がでてきますが、リアルな世界ではありません。地形もかなり違います。想像しやすいように借りているだけで、地形的にも歴史的にも微妙に似たところがあるぐらいのまったく別の世界の話です。ご承知おきください。
当時の世界は100年戦争の末期、誰もが疲弊し裏切りの連鎖が国や組織をむしばみ、口先だけの指導者が大量の奴隷を使って国内外を問わず牛耳っていた。その暗黒時代に一筋の光をもたらす傑物こそ帝国の王であった。
彼は絶対的な力で他を圧倒した。完全なる独裁、秘密主義、効率重視の姿勢は人々の反発を生むこともあったが一部で熱狂的な崇拝もあり、彼の支配する国は広がっていた。だが支配する地域が増えればその管理に力を奪われ防御が手薄になる。追い詰められた反対勢力が集結して帝国に挑んでくる。このまま帝国が世界を支配するのか、それとも膨張した風船が弾けるように反対勢力が盛り返し、また混沌とした世界に戻るのか、世界はその岐路に立っていた。
帝国の軍隊は五軍あり、帝都を守る一軍、おおざっぱに言うと西・南、北東、南東の四軍の計五軍である。西と南は比較的穏やかで、戦闘というよりかは地方部族の管理や友好国との連携の為に置かれている軍であるのに対し、北東地域は激しい戦闘をつづけている。五軍といったが兵数のほとんどは北東軍に属する。この大陸は東西に長い、帝国は比較的西側に位置し、早くに西側を領土にした。
西側に戦闘がないわけではない。ただ昔からの文化が共通してることと、西側だけでみると既に帝国に併合されて時間が経ち、新たに戦いを挑むほどの大国がいないこともあって、西側はそれだけ平穏を保っている。
南は友好国だ、だが友好といってるのは帝国側だけで、南側からすれば従わされているに近いモノがあるかもしれない。それはこの100年戦争が始まる以前の歴史で帝国と南側が戦った戦争による。その結果は南側の壊滅的な敗北で幕を閉じ、以降平和条約を結んで不可侵の関係になっている。南は武力より商業が発展しており、戦争より商売を選んだともいえる、不平等な貿易協定を結んでも戦闘による死者をだすよりかは得策と判断したのだ。それほどに帝国と南側との戦力的な差は大きかった。この南との貿易で利益を得た帝国は、北での地位を固めていったのだが、帝国では南方人を弱虫で利にあざとい亡者と蔑む空気がある。
一方一番の激戦を繰り返しているのは北東だ。文明的にも技術的にも帝国のそれと比較して遜色ない民族達だ。各民族が多様な国家を形成し、時に手を組み、時に裏切り、そうして果てしもない戦いの歴史を続けている。だが今や西をまとめる帝国に対抗する形で東方諸国連合を唱えてまとまっている。これ以上の帝国の拡大を許せば、いずれ全ての国が帝国に飲み込まれてしまう、との危惧から小異をすて団結したのだった。各国バラバラだった時は帝国軍の方が優勢だったが、まとまってからは帝国軍の局地的敗戦が続いている。
南東方面は文化的な違いが大きい、南方独特の温かい気候と、南北を隔てる山脈があるせいか、はたまた宗教による影響か縁遠い。また政治形態も特殊で、小国の集まりかと思えば、旧宗主国の名を出して連携することもあり、ヘンにつついて民族的な反発を買うと面倒なので、対立を避けていると言ってもいいだろう。むしろ死闘を繰り広げている北東諸国との方が個人的に良好な関係を築けていることの方が多かったりする。また南東は技術的な遅れが目立つ、それは帝国と南部地域の関係に似ている。だが肉体能力や豊かな国土による人口や家畜の多さがそれらを補っている。つまりは物量作戦だ。人やモノの数で押し寄せる大群には、歴戦の勇者もたじろがざるをえない。
ざっと帝国の周辺地域との関係を並べたが、やはり一番の問題は北東だ。この地域さえ平定できるなら、あとの諸地域は徐々にでも懐柔できる。逆に帝国まで侵攻する勢力は北東勢力以外ないといってもいいだろう。いやそれは思い過ごしなのかもしれないが、すくなくともここ100年の戦争ではその殆どが北東地域とのモノだった。
さて、東方諸国連合との闘いだが、ここにきて戦況が帝国にとってかなり厳しい状況になっている。その最大の理由は東方諸国連合との直接の戦闘が原因ではない。間接的な問題だ、東方諸国連合は帝国も同様だが、この長きに渡る戦いに疲弊しきっている。東方で纏まったと言えども帝国との力は均衡になった程度である。お互いが消耗戦を続けていては、いつしかお互いがすり減ってなくなってしまうだろう。そう危惧したフランス王国の宰相フィリドール卿は第三者を巻き込もうと考えたのである。
彼の策とは、帝国との戦いに南東地域を巻き込むことだった。もともと帝国と南東地域とは仲がいいとは言えない。ただ何もしなければ南東地域が帝国や東方へ攻めてくることはないだろう。だが帝国が東方諸国連合を吸収したなら、その矛先はいずれ南東地域へと及びその時に対抗しようと思っても帝国の国力に飲み込まれてしまうだろう、帝国の伸長を防ぐのは南東地域にとっても共同の命題であるハズだ、と説得したのだ。
大戦に巻き込まれることを恐れる南東王国にフリードマン卿は言葉巧みに、
「帝国との国境に兵を並べるだけでよいのです。戦う必要もありません、それだけで帝国はその地域に部隊を派遣しなければならなくなります。それらを釘付けにするだけで我が方としてはとても助かるのです」と協力を求めた。
「北東の戦いが有利に働き、帝国の脅威はなくなれば、南東地域は元のように兵を引いてもらえれば、それで平和が戻り、後顧の憂いもなくなりましょう」
と結び、南東王の許しをえて、助力を引き出すことに成功するのだった。本当のことを言えば帝国と東方諸国連合が死闘を続け、国力を減らし合って自滅したところを南東軍が漁夫の利を得ればもっと美味しいところだが、それに気づかせないところが、いかにも狡猾な北方民族のずる賢いところだろう。
斯くして万単位での兵力を割かねばならなくなった帝国軍は以来、戦力的に厳しい戦いをしいられることになる。
◇◇◇
アーネットは帝都での暫定的な中隊での予備役を終え、いよいよ最前線に送り込まれることになる。あの中隊ごと北東戦線へと投入されると思っていたアーネットは辞令をみて驚きと不満の声を漏らす。
「どうして、私が南東軍へ行かされるのですか?」
と倉庫番中佐の元へ直談判をしにきたアーネットにたいして、中佐は
「そんな贅沢をいうもんじゃない、南東戦線へ志願する兵は沢山いるのだ。望んだってなかなか叶うもんじゃない。むしろ喜んでもらわないと」
と中佐は宝くじが当たったかのように説明をする。だがアーネットは納得しない
「それなら、その望む方に私の代わりに南東へ行ってもらえばいいではないですか、私がその人の代わりに北東へ行きますから」
と、どうしても北東方面への配置を希望するのだった。そんなアーネットの言動に「はぁー」と深くため息をつきながら
「あのなー、北東地域は地獄だぞ。あそこに配属されるということはだな、死体となって帰国するか、死ぬ以上の地獄をずっと味わうかの二拓しかないんだ。そんな場所へ王女を配属できるかー!」
と北東地域の悲惨な実態を説明し、王女だからと過保護に扱う中佐に、アーネットが「いらぬ心配を」と言うのだが、せっかくの心配を無下に扱われた中佐も堪忍袋の緒が切れて
「いいからお前は南東へ大人しく行け! それもまた命令だ!」
と、野良犬を追い払うように言うのだった。もちろんこの決定は中佐の個人的裁量ではない、もっと上層での、王女への配慮と、厳しい戦場で足でまといになられるのも困るという意見が珍しく一致した成果でもあった。
斯くしてアーネットは17分隊共々、激しい戦闘が繰り広げられる北東ではなく、ひたすら我慢をしいられる南東軍へと配属されるのだった。




