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軍人王女の冒険譚(Devil's Teardrop)  作者: n.t
軍人時代
21/37

アーネットは夢を見ていた。


その人はゆっくりと背後から現れた。なんの気配もなく忍び寄る。その気配の無さに驚かされた。そんな人とは生まれてこのかた出会ったことがなかったからだ。といってもまだ生まれて5歳のアーネットに、そんなに長い記憶があるハズもないのだが、それでもあきらかに他の人とは違っていた。


でも、何が違っているのかわからない。普通はじっとその人をみればいろいろなことが見えてくるのに、その人の心は見えなかった。私はその時泣いていた。悲しみのなかで暗い闇の中を彷徨さまよっていて、あらゆるものを奪われ、絶望に打ちひしがれて居る時にその人はやってきて、無言の笑みで私を助けてくれた。


炎につつまれた時もそうだ。煙で前が見えなく、息もできなくて、何が起きたのかさっぱりわからない。それでも自分の身に危険が及んでいることはわかった。私はこのままここで死ぬのか・・・・・と意識が朦朧とするなかで、その人は突然現れた。やはり、何の気配もなく、煙の中から突然現れて、本当は恐ろしいはずなのに、既にパニックになっている私はその抱きかかえられた腕に幼い記憶を呼び覚まされ、つい、すがってしまった。その両腕はがっしりとしていて、私に襲い掛かる何者をも守ってくれるように感じられた。そして私の記憶は安心してまた薄れる。


そして私は今、まさに絶対絶命の危機にいるハズだ。多くの敵に取り囲まれ、敵のやいばを四方から受けて全身から痛みが走り、血を流して、でも今倒れたら、今までの苦労が無に帰すと思い、必死に立ち続けている。でも痛みと興奮で聴覚が亡くなり、視覚も狭まってくる、痛覚さえ麻痺しているようだ。全てがゆっくりと動いているように見える。薄れゆく景色は激しく揺れてものすごい戦闘がおこなわれているハズなのに、なにも聞こえない。ああー、私はもうダメなのだ。


そう思った時に、やはりいつの間にか背後に現れて、その気配のなさに本当は驚くはずなのに、いつも私は自分のことで手がいっぱいでそれに気づかない。そして今回もまた、その抱きかかえられた腕の中に、私は安堵の気持ちを覚えつつ意識を失った。



そうだ、この昔から私を救ってくれた気配はなんだったのか。それを思い出したのが、ロウア鉱山事件で全てが終わり、帝都に戻って数日たった日のことだった。いつでも思い出せるくらい鮮明な記憶なのに、その記憶の始まりと終わりが常にぼやけていて、よく覚えていない。だからこうして夢を見た時しか思い出せない。うつろげだった夢が、今ハッキリと像を結んだ。アーネットは眠りから覚めた。


「グロー」だ


あの時、最後に私を誘拐した敵と戦い、絶対絶命の時に現れたあの人の感覚。あれこそがまさに、ずっと昔から見て来た感覚とそっくりであることに思い至った。グローは私の部下だ。3ケ月前に17分隊に配属され、私の指揮下にいるものだ。だが、あの時の感覚。それは、人に見えて、人ではないように思える。あの謎の人の感覚だった。


思えばグローにはあまり、アーネットは気を払った覚えがない。ちょっと背が高く、無口で、顔を隠した服装を好んでしている。それくらいしか印象がない。特に技量に目立ったものがあるわけでもなく、表立った発言も聞いた覚えがない。印象の薄い人。それがアーネットがグローに受ける印象だ。アーネットが17分隊のメンバーに最初に抱いた、一体感の無さの原因にもなった男だ。だがそう思えた彼は、いまでも無口で孤立しているようだが、隊の一体感を乱すというほど孤立しているわけではない。適当に他人と話すし、だがやはり無駄な話はしてないようにも思える。


アーネットはグローのことを気にしようと思うが、これと言った特徴のなさに、やはり意識が集中しない。だが確かにあの時、私の命をすくったのは彼だったハズだ。あの絶対絶命のなか、単独で乗り込み、あの状況をやすやすと変えてしまったハズだった。いや、でもオーランドや軍曹も乗り込んで来ていた。だから助かったのだろう・・・・・


本当にそうだろうか。あの時、背後から抱き抱えられた腕の記憶が、アーネットの過去の記憶とシンクロして、他の人とは違うようにも感じられる。



「グロー、ちょっといいか?」


アーネットはある日、グローに声を掛けた。


「なんでしょう?」


と、グローは相変わらずなんの変哲もない風貌と口調で近づいてくる。


「いや、なんという訳でもないのだが、ちょっと聞きたいことがあって、部屋まで来てくれるか?」


「はい、わかりました」


と、これまた何の変哲のなさで彼が答える。やはり私の思い過ごしだったのだろうか、彼に違和感など感じない。どこにでもいる兵の一人にすぎない。

部屋で二人きりになったアーネットはグローに紅茶を淹れてもてなした。


「えーと、特に重要な話があるという訳でもないんだ、ただちょっとだけ聞きたいことがあってな」


「はい」


「その、ロウア鉱山事件で、私が人質となって敵と戦っていた時に、グロー達が助けに来てくれたじゃないか?」


「ええ」


「あの時のことが聞きたいのだが、確か一番最初に助けに来てくれたのがグローだったような気がするのだが、あってるかな」


「さー、どうでしたかね、あの時はとにかく急いでいかないと、ということで皆が建物の3階を目指していたので、誰が先についたのかはよく覚えていません」


「そうか」


とアーネットは答えて。やはり自分の思い違いだったかと頭をひねる。そうだよな、あの時は混乱の最中さなかなので、誰もハッキリとしたことは覚えていないよな・・・・・


「あの時は、助けてくれてありがとう、たぶん皆がきてくれなかったら、私はあそこで死んでいたに違いない」


「いえ、部下ですから隊長をお助けするのは当然の義務ですから」


と、グローは答える。これも至極当然な答えだ。だがあまりにもまともすぎて、しっくりとこない。オーランドや軍曹なら、それについて自慢やら、個人的感想を挟んでくるはずだ。だがこの男は、さも自分の感情もなく言ってのける


「そうか、見上げた忠誠心だな。だがどうしてそこまで命を懸けてくれるのだ?

グローには何か個人的な希望とか、欲しいものとかはないのか?」


と、今度はグローのプライベートな質問に踏み込んでみた。すると


「いえ、特にはないですね。私にはこれといった特技もありませんので、その日を暮らしていける食い扶持さえ稼げればそれで十分なんです」


と、答える。まるで一般市民のようだ。だが、それがちょっとアーネットにはひっかかる。17分隊のメンバーはいづれ劣らぬ熟練兵で、皆いい意味でも悪い意味でもプライドが高い。にも拘わらず、この男にはそれを誇ることも、それで立身出世を望むでもないというのだ。


「いや、違う! グロー、お前があの時私を助けてくれた時の剣には、私も虚ろだったが、常人ならざるものを感じたぞ」


と、アーネットは記憶の断片から、あの時意識が飛ぶ前に一瞬みたグローの鋭い剣さばきを思い出し、「何の特技もない」といった自嘲気味の発言に異をとなえてみる


「えー、そうでしたか? 私もあの時は無我夢中で剣を振っていただけですよ」


とまたも、アーネットの思惑を外す解答を返してくる。私の思い違いなのか、それともグローが本当に私心のない真面目な性格なのか、何かを隠しているのか。わからない。そもそも、アーネットには人の心が解らないことなどなかった。それはあの特殊能力の性なのだが、このグローだけにはそれがいまいちしっくりこない。心が読めないのではなく、読まされているような感覚にも思えるのだ。


「そうか、そうだな。あの時は大変だった。全て私の身勝手な行いの性だ。心配をかけてすまなかった。これからもよろしく頼む」


そうアーネットが謝辞を述べると、グローは


「そんな、もったいないお言葉です」


と、平身低頭して恐縮するのだった。

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