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軍人王女の冒険譚(Devil's Teardrop)  作者: n.t
出生~少女時代
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出生について

初めて読まれる方は「軍人時代」篇から読まれることをおススメします。

「少女時代」篇はキャラ設定ともいえる内容で、主人公に興味をもったあとで、キャラのバックグラウンドとして読んでいただくのがいいと思います。

18世紀の英国。欧州100年戦争の後期、人々は疲弊し、夢も希望ももてない時代だった。そして、ここエジンバラは、併合によって首都の座を奪われ、人口だけが増え続けたおかげで、過密化が進み不衛生な街になり、建物は上にも下にも伸びていき、下水もなく汚水が染み出す地下部屋には、貧困層が押し込まれ、光も差し込まない暗く湿った空気と悪臭、飢えで病気が蔓延していた。


「オギャー」


と元気な声で生まれた女の子は、産湯にいれられると心地善さげに


「ウフフ、キャハハ」


とニッコリ笑った。その無邪気な笑い声は心地よく人々の耳に届いた。

肌はわずかにピンクがかり、大きな瞳は青く澄み、真っ白に輝く銀髪が神々しいばかりの存在感をはなっている。


「天使だ、こりゃ天使だよこの子は」


産婆はそう言うと、母の枕元に赤子を置いた。

その小さな手をとり、じっと見つめる母に、赤子は精いっぱいの笑顔を返すのだった。虹色に輝くような、幸せな空気があたりを包んだ。埃の舞うカピ臭い紡績工場の2階でアーネットは産まれた。


母は紡績工で機織りをしていた。女工はもって1年、すぐにその辛さに耐え兼ね帰郷したり、男を作って出て行ったりしてしまう。そんな時代に、彼女は真面目に7年間、休むことなく毎日仕事をこなし、しかもその織り上げた布は均一に編み込まれ、とても質の高いものだった。そんな日頃の働きがあったからこそ、工場長も周囲も彼女の出産を快く受け入れ、十分な休養をとらしてくれた。他の女工は彼女の妊娠を聞くと一緒になって喜んでくれたが、同時に


「結婚もせず、真面目に毎日機織りをしてる彼女がいつ子作りしたんだろうね?」


と下世話な話で盛り上がっていた、彼女はそれについて語ろうとはしなかった。そんな噂話がかすむほどに、アーネットの可愛さは日に日に増していき、3歳になる彼女は背中に羽が生えてるんじゃないかと疑いたくなるほどの、まさに天使だった。そんな彼女に、母は早くも働くことを教える。梳毛そもうといって、羊毛などから繊維をより分け、縮れを伸ばし、平行に揃える仕事だ。紡績工場での一番最初の工程で、それは奴隷やそれに近い身分の捨て子がさせられる仕事だっただが、まだ手先が器用に動かせない彼女はそれでも一生懸命に仕事をこなそうとした。そんな姿を不憫に思った周囲が、いくらなんでもまだ早すぎるのではと母親にいうのだが、


「ううん、これはあの子のためだから」


といって時々愚図るアーネットにも、優しく厳しく教えこんだ。あの子は見た目がいいから皆に甘えさせてもらえるけど、それに甘えていたら将来不幸になる。あの子は自分一人で生きていける子にならなくてはいけないの、と母親は強く戒めるのだった。


2年後、そんな母親の予言どおりに悪い予感は的中してしまう。母親を含めこの紡績女工の半数が結核にかかってしまう。当時の紡績工では結核が流行ることがよくあった。長く務める母親には、いつか自分も結核にかかるだろうと予期していたのだ。死を予感した母親はアーネットを枕元に呼び優しく抱きしめると、引き出しから取り出したペンダントを首にかけ、重要な話だからよく聞くようにと諭す


「アーネット、このペンダントはあなたのお守り。これがあなたに降りかかる災いを振り払ってくれるでしょう。だからこれは常に首からぶら下げて肌身離さず大切にするのです。そしてここが一番重要、これは人によってはとても高価に見えるものです、決して信用できる人以外に見せてはなりません。普通の人なら騙してこれを奪おうとするでしょう」


と母親は強く念を押した。


「もし、どうしても自分自身の力ではどうしようもなくなった時は、この宝石に祈り、信頼できる人にこれを見せて助力を乞うのです」


もう母親は涙声になっていた。娘を抱けるのはこれで最後かもしれない。そう感じられたからだ。だがアーネットには母親の悲しみの感情しか理解できない。どうして母が泣いているのかわからなかった。


「泣かないで、お母様。どうしてそんなに涙を流して悲しむの?

私は何でも言うことを聞くから、どうか私を残してどこかに行ったりしないで」


と母親の涙を手で拭いて懇願する。その言葉に母親もうんうんとうなづき


「どこにもいったりしないよ。いつでも私はあなと一緒にいるからね」


と涙を隠して優しく微笑むのだった。


だがその後母親の病状は悪化し、結核は感染することから、患者が集めれ鍵をかけた部屋に隔離されてしまう。アーネットは母に会うことはできず。周囲から


「いつか元気になってお母さんは帰ってくるから、それまで我慢して待っていようね」


という言葉に小さくうなづくが、彼女には理解できていた。おそらくもう母親に会うことはできないのだということを。彼女は服の上からペンダントを握って祈ることしかできなかった。



母親の死後、アーネットは引き続きこの紡績工で働いた。まだ5歳の女の子に出ていけとは言えない。いやそれ以上にあの働き者の母親が残した子供に、そんな仕打ちは仲間の女工も工場長でさえできる筈もなかった。この先も私は母と同じようにこの工場で働き、死んでいくんだろうな、と漠然と考えていたアーネットに悲運が訪れる。それは工場の経営者が変わり、別の人物が工場長として送り込まれてきたからだ。この新しい工場長はアーネットの存在を知ると、どうしてそんな使えない子供を雇っているのだと不満げに彼女を呼び出し、即解雇を告げようとしたが、彼女の均整のとれた体格、顔立ち、汚れて輝きは失っているが、その肌や瞳、髪を見て、これは高く売れるかもと、さらなる悪だくみを考え付き、


「お前は人一人まかなうのに幾ら費用がかかるか、わかるか?」


と尋ねる


「飯代、宿代、給金と、会社が支払わねばならない額がどれほどか知ってるかときいているんだ」


と語気を強めて再び繰り返す。その勢いに震え上がるアーネットは小声で


「わかりません」


と答えるだけだった。


「わからないよなー、そうだろうとも。では逆にお前が月に稼いでる金はいくらになるかわかるか?」


と今度はアーネットの働きについて聞いてくる。それもわからないと答えると、じゃー教えてやろうと踏ん反りかえって新工場長が言う。


「お前がいくら糸の原材料を紡ごうが、せいぜい月5~6千円程度だろう、それなのに会社は飯代、宿代、これだけで月2万はかかる。なのに月1千円の給金までお前に支払っている」


どうだと言わんばかりに、工場長はアーネットを上から睨みつける。アーネットは泣きそうになりながら。


「すみません。すみません」


と何度もお辞儀をした。それをフンと鼻で笑いながら工場長は高飛車に続ける


「会社は慈善事業をしてるんじゃないんだ。聞けばお前は産まれてからこのかた、ずっと会社で面倒みてもらってるそうじゃないか、じゃー今までの5年間を総計すると、少なく見積もっても50万はお前に援助してやってるってことになるよな、こんなことは前任のクビになった工場長だったから見過ごされてきたが、俺が来たからには、きっちりと働いて返してもらうからな、今の3倍は働くように、さもなくば罰を与えるからな」


と無理難題を押し付けてきた。3倍働くなんてムリに決まってる。いまでさえ朝から晩まで休みもなしに働きどうしなのに、それ以上働くなんてできる訳がない。アーネットは悲嘆にくれるのだった。


アーネットは倉庫の片隅でしゃがみこんでひたすら泣くことしかできなかった。こんな時にペンダントを見せて助力を、と思ったが彼女にはもう信頼できる人がいなかった。前任の工場長なら信用できたかもしれないが、それもいない。服の下からもぞもぞと取り出したペンダントには中央に結晶のような石がはめ込まれているのだが、それが中から発光しているように、キラキラが変化して見ていて飽きない。何かの記号のようにも見えるのだが、それが何であるかはアーネットにはわからなかった、ともかくこの輝きだけが彼女の心の拠り所であり、その光を見ると自然と母親の愛情を感じることができるのだった。



工場長はアーネットが3倍働けるなど、はなから思っていない。アーネットの母親が会社の為に尽くしてくれたなどというのも自分にとっては関係がない、もう既に彼女は亡くなっているからだ。今後私のためにならない者を会社で雇っておく価値などない。それでもアーネットに無理難題を押し付けたのは、彼女にいかに自分が会社に迷惑をかけたかを信じ込ませ、納得の上で、その返済のために奴隷として売り払うと考えたからだ。あくまで納得済みというところがポイントなのだ、後々騙して売られたと訴えられ、責任を追及されたら、それこそ自分が捕まってしまう。翌月の給料日に、


「アーネット、お前は私の話が理解できなかったのか? まったく働きが向上していない、来月も変わらなければお前を奴隷として売って、借金を返してもらうからな」


と工場長が本音をぶつけてきた。

アーネットは奴隷がどういうことか、薄々はわかったが、今も十分貧しいし、苦しい。自由などない、何が変わるというわけでもない。他の女工もその話を聞いて眉をひそめたが、アーネットがこの工場を解雇されたら、街に一人、5歳の子が放り出されても生きていける訳もない。といって自分が面倒を見る余裕などないし、そもそも工場長と対立するなど、自分が職を失ってしまうだけだ。そう思うと誰も何も言うことも助けることもできなかった。


こうして翌月。アーネットは奴隷商に売られてしまう。略式の裁判で彼女は工場長の言い分を認め、自分を借金のかたに奴隷商に売る契約に同意してしまう。これにより期間限定、50万の債務により、彼女は契約書に従い奴隷の身分に落ちてしまったのだった。奴隷商に連れていかれた彼女は、まず身ぐるみはがされてしまう。胸に光るペンダントを見止めた売人は


「おや、コイツ珍しいものをもってやがるぜ」


というとペンダントを取ろうとする。


「ダメ!絶対これだけは渡せない」


と鋭い目つきで睨むアーネットに売人は一瞬ひるむが、次の瞬間には彼女に平手打ちを食らわせ、


「どうせ、盗んだか、拾ったものだろう。お前は売られた身なんだよ、売られた者には何も所有する権利はない、ほらさっさとそれを渡しな」


というと、彼女の両手を縛り、ペンダントをむしり取る。



体を洗われ、身ぎれいな衣装に着替えさせられた彼女はなかなかの見栄えだった。だがアーネットはずっと泣いたままだ。


「いつまで泣いてるんだい、せっかくの見栄えが台無しじゃねぇか、その器量ならお金持ちのメイドさんになれるかもしれないぞ。ほら、顔をあげろ、泣くのをやめろ」


そう叱咤され、おまけに鞭でたたかれる。アーネットは泣くのを辞めようとするがとまらない。ヒックヒックと嗚咽しながら泣くのを我慢する。仕方なく彼女は競売所から倉庫へ移され、そこで泣き止むまで食事はなしだと罵声を浴びせられ放置された。

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