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軍人王女の冒険譚(Devil's Teardrop)  作者: n.t
軍人時代
19/37

奴隷坑夫の反乱 その3

「第四王女が軍にいるというのは本当らしい」


「では、あの女が王女というのは本当だったのか?」


「わからない。王女が敵陣に一人で乗り込むというのはさすがにあり得んと思うのだが」


「うむ。だが荒唐すぎて逆に本物のように思える。ひょっとすると、ものすごい獲物かもしれない」


「というと、殺すのか?」


「いや誘拐して人質として利用する。あの皇帝といえど娘を人質に捕らえられれば、その命は惜しかろう」


「なるほど、それは面白いな」


鉱山街の一室で男達は不気味に笑ってそう話した。



ロウア鉱山の暴徒鎮圧作戦は、一方的な帝国軍の初戦敗北により停滞している。動きがない。というより動けない。ほとんどの兵が負傷しているからだ。とても鎮圧などできる状態ではない。むしろこの残存部隊は自衛のために街の一角に防衛線を張って息を潜めている、と言った方が正しかった。


アーネットは二人の少尉とオーウェン軍曹を部屋に呼び、臨時の作戦会議を開いた。


「この会議の内容は秘密にしてください。くれぐれも外部にもらさないようお願いします」


と前置きした上でアーネットは作戦を説明する。


「おそらく1週間~2週間ほどで援軍が来るでしょう」


アーネットが帝都の中佐からの手紙を見せながらそう言うと、部屋にいる3人の顔がパッと明るくなった。


「本当ですか? 援軍は期待できないといってたのに、本部が出してくれることになったんですね。よかった」


と、ホッとする3人に、「だが本当のことを言うと」とアーネットが説明を続けると、3人の顔色が険しくなった。そして最後まで聞くと


「それはダメです。そんなことをしたら・・・・・」と取り乱して計画の変更を訴えた。だが、アーネットは


「他にいい案がありますか? 放置すれば敵の扇動はもっと増えるでしょう。各地の暴動が合流して反乱レベルに巨大化すれば、帝国は交戦中の部隊を引きあげて対処しなくてはならなくなります。


そしたら敵国は我が国を侵してくるでしょう。そんなことをさせるわけにはいきません。この問題は私達の部隊が、今此処で食い止めなければなりません。それにはこの方法しかないと思うのです」


事の重大さはよく分かる。だがそれと、この作戦への同意は別次元の問題だった。

困り顔の3人に、アーネットは明るく笑うと、


「そんなに心配することはないですよ。私は部下を信じていますから」


といって笑うのだった。アーネットが笑うのを始めてみる3人は、その美しい笑顔に、悲しみを感じるしかなかった。



その日の午後、中隊全員に援軍が来ることが伝えられた。その知らせに今まで停滞していた兵の顔に希望がともる。

「本当か?よかったこれでなんとかなる」

「ああ、これでこの事件も解決だな」

「よく本部にそんな余力があったな?」

「最初からケチらず正規軍を派遣すればよかったんだよ」


などと、口々に安堵の声を漏らした。そんな朗報に湧きたつ兵士たちを横目に士官と軍曹は表情を変えずに部屋に戻っていく。それを遠くから見ていたグローは、異変を感じるのだった。


この知らせは倉庫で治療を受けている兵にもロブから伝えらえる。やはり皆嬉しそうだ。


「これで何とかなりそうだな」


と負傷中のオーランドもベットで笑顔をみせた。彼は手足の骨折で全治に1か月は要するだろう。今回の任務ではお荷物でしかない。それでも事態の好転を素直に喜んだ。少なからず、アーネットとの関係改善が、彼にとってプラスに働いていた。


急にオーランドは真顔になり、ロブに向かって


「ありがとな」


と照れながら言った。


「え?」と驚くロブに


「俺、今まで大怪我とかしたことなくてさ。今回のことでわかったんだけど、手当てをしてもらって、そのありがたさがわかったよ。お前がいなかったら、俺、今頃死んでいたかもしれないってな」


「アハハ、やめてくださいよ、らしくもない。私は少尉の指示でやってるだけなんですから」


「いや、お前の献身的な介護があってのことだから、それはここにいる皆が解ってるよ」


というと、倉庫にいる患者が、皆そうだと頷くのだった。すこしずつだが、この集団にも協調性が生まれようとしていた。



それからさらに数日後、夜陰にまぎれて複数の影が、中隊の宿営地に忍び込んだ。敵国工作員スパイだ。さすがに工作員スパイだけあって、手際がいい。あらかじめ内偵を潜入させていたのだろう。無駄のない動きで目的地まで達する。


「それにしても、まったく警備兵に出会わないとは、この軍はどうなっているんだ?市庁舎の時も思ったが、こいつら不用心すぎるぜ」


と一人が、思わず警備の不備を指摘する。


「最後まで気を抜くな、慢心した時こそ、失敗の芽を生むものだ」

とリーダーとおぼしき者がたしなめる。


「この部屋か」と扉に近づき、慎重に、そして静かに扉を開け中へ入っていく。簡素な部屋のベッドに、確かにあの日、一人で乗り込んできた女が眠っていた。その首元に短剣を押し当て、揺り起こす。


目が覚めたアーネットはすぐに異常を察知し「キッ」と刃物を押し当てる男の顔を睨みつけた。


「騒ぐと命はないぞ!!」


と脅され、アーネットは後ろ手に縛られ、声も出せないようにして。連れ出された。廊下を抜け、玄関を出たところで、流石に警備の者に発見される。


「待て、お前達、そこで何をしている!」と威嚇するも、素早く強襲され悶絶してその場をのたうち回る。その物音で不審に思った兵が次々飛び出してくる。だが、もう手遅れだった。アーネットを乗せた馬車は勢いよく駆け出し、追いかける兵を振り切って夜陰に消えていった。


「なんだ、なんの騒ぎだ!」と寝起きの兵達が尋ねると。

「アーネット小尉がさらわれた」と警備兵が状況を報告する

「なんだと、王女様か?」マズい、その場の誰もが思った。


そこに現れる軍曹と少尉。二人はあまり驚いていない。周囲を見回し

「この後のことは私達に任せて、兵は部屋に戻るように」と指示する。この話は翌朝までに宿営地全員が知るところとなる。



日が明けてから、一番遅くその情報を知ったオーランドが


「なんだと!! 姫様が連れ去られたって言うのか?」


とベットの上で大声をあげた


「俺たちの王女様だぞ。それをこうもあっさりと誘拐されるなんて、お前達、恥ずかしくないのかよ!」


と、ロブを含めた数人にどなり散らしている。数日前まであれほど嫌っていた相手ではないのか? と誰もが思ったが、今はそうも言っていられない。実際、事は重大だった。さらわれて始めて気付いたが、当たり前だがアーネットは王女なのだ、帝国にとって、間違いなく重大なことになると思われた。


「あー、俺がこんなじゃなきゃ、絶対に守ってやれたのに」


と、オーランドが涙を流さんばかりに悲しんでみせると。


(そもそもお前が、指示に従っていれば、こんな事にならなかったんだよ・・・・・)


と分隊の誰もが思うのだった。


(っていうか、いつからお前は王女様Loveになってんだよ!!)


とつっこみたい皆を前に「今から助けにいく」といってベッドから無理やり立ち上がろうとするので


「今のお前じゃロブにだって勝てやしないぜ」


と、皆におちょくられると、先日あんなに礼をいっていた恩人に


「いますぐお前を殺してやる」


といった目を向けてロブを震え上がらせるのだった。



翌日、矢文やぶみによって脅迫状が届く。血相を変えてそれが指揮官のもとへ届けられた。兵の全員が、指揮官に


「どうなるんでしょう?」


という心配の目を向けてくる。それを感じとった少尉は


「本部に報告するので、待って欲しい」


といい。それとは別に


「援軍が到着したら、すぐに行動を起こすので、準備をするように」


と意外な命令をするのだった。


それを聞いたオーランドは


「王女様が人質に取られてるのに、援軍がきたら、すぐに出発ってどういう意味っすか? それじゃあ王女様が殺されちゃうじゃないですか?」


と激しく食って掛かる。


「わかってる、わかってるよ」


と軍曹が間に入って、オーランドを手で制して、


「同時に王女の救出もおこなうから」


と言い訳をするのだが、オーランドは納得しない。


「わかってないじゃないですか、こっちが攻めようとしただけで、殺されるかもしれないんですよ。王女様の命を最優先に考えるのが、うちらの務めじゃないですか?」


と至極まっとうなことを言う。その通りだ、この時代、軍は王族を守るためにあるといっていい。何をおいても王族の命を優先させるべきだ。がしかし・・・・・


「ここで言い合うのも、皆の雰囲気を悪くするので、奥で話そう」


といって軍曹はオーランドを無理やり部屋に引き込んだ。そこで真相を教えられると



「え、王女様の命令?」


と、すっとんきょうな声をあげてオーランドが驚く。

どういうことですか?と説明を求める。


「詳しくは言えない。だがアーネット少尉は今回のことを予見されていた」


「誘拐されることをですか?」


「そうだ」


これを聞いて一瞬オーランドの気持ちが収まるかに見えた。だがまた別の怒りが湧いてくる


「なんでわかってて、軍曹はそんなこと認めたんですか?

認めちゃいけないでしょー、事前に知ってたなら、絶対にそれを防がなきゃ。王女様の命を懸けるマネなんて部下として認めるわけにいかないでしょー!!」


と前以上に怒りだした。


「俺だって止めたよ。でも仕方がなかったんだ。他に方法が思いつくかと言われたら、俺にはとても作戦なんて思いつかなかった。状況はホントに深刻で、それを解決するにはアーネット少尉の計画以外に解決できる方法はないと思えたんだ。だけどそのためには、少尉自身の身を危険に晒さなくてはいけなくて、俺も辛かったんだ、そんな決断。でもすまん。俺の力不足で、でもホントに俺ではどうしようもなかったんだ」


あの鬼軍曹が、涙を流しそうになっているのを見て、流石のオーランドも軍曹に怒りをぶつけるのを辞めるのだった。



「部下を信じている・・・・・っと言っていた」


「えっ、姫様がですか?」


「そうだ」


オーランドは頭を捻って考えたが、その意味を理解できなかった。


「どういう意味っすか?」


「それを俺に聞くな!」


軍曹も明確な答えはもっていなかった。ただあの時、そう言われた自分は、わかりましたと答えるしかないと思ったのだ。


17分隊全員にそのことが知らされると、お通夜のような全員は黙って。自分に何ができるかを考えるしかなかった。

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