奴隷坑夫の反乱 その2
「敵国工作員が暗躍していると?」
3人だけの作戦会議で、アーネットより3つ年上の士官が驚いた声を上げる。
市庁舎の爆破により味方の半数。約30名が死亡、残りの大多数50名程度が重軽傷を負った。士官も指揮官の大尉と他6名の内3名が死亡、または重傷を負った。残された士官は3名を残すのみだった。その一人にアーネットがいる。
「そうとしか考えられません。これほど見事な作戦が奴隷達によってなされるハズがありません。火薬は坑夫達にとって見慣れたものではあったでしょう、鉱山の掘削時に爆薬を使用することは日常的に行われています。しかし爆薬を直接奴隷が扱うことはないハズです。危険な爆薬を奴隷に扱わせることなど管理者が許すハズがないからです。なのに今回の市庁舎爆破では、タイミングを狙って一斉にしかも一瞬にして建物を崩落させるように爆発させています。そんなことができるハズがありません」
「敵には軍事のスペシャリストがいます」
そうアーネットは断じるのだった。突入前の作戦会議では、アーネットの発言は無視された。だがこの3人の会議ではアーネットが主導権を握っている。当たり前だが、アーネットの発言こそが的を得ていた。その忠告に耳をかさなかった大尉は戦死し、その他大勢が被害者となったのだ。誰の意見を尊重すべきかは明らかだった。
「ただの奴隷の反乱ではないということか?」
残された士官は狼狽している。経験の浅い少尉が3人と負傷してかろうじて動ける兵が40名ほどしか残されていない。弱気になるのも無理はない。
「奴隷坑夫達は扇動されていると推測するのが正しいでしょう。つまり他国の工作員による暴動、革命、そこまで大きくなくても後方攪乱には間違いないでしょう」
私見を述べるアーネットにゴクリと唾を飲み込む二人の士官。アーネットが推測した内容に、ただただ驚愕の表情を浮かべるしかなかった。加えてアーネットは第四番目とはいえ、王女なのだ。自然とアーネットの意見を求める雰囲気になった。アーネットはそれを当然のように受け入れ、言葉を続ける。
「まずは何をおいても報告です。今回の討伐隊を送り出した帝都の中佐へ早馬で伝令をおくります、何らかの指示があるかもしれません。それから改めて敵との接触をしてみたいと思います」
と、アーネットは意外な提案をする。これには他の二人が異論をはさむ
「今更あいつらに言うべきことがあるとは思えませんが? すでに降伏勧告を言える状況でもありませんし」
「いえ、今回の目的は降伏や和睦といった交渉ではありません。目的は敵の正体を見極め、推測が正しければ敵の分裂を誘うのが目的です」
とアーネットは狙いを口にする。その言葉に二人は軽く驚く。それは既にこの鎮圧作戦を諦めている自分達に対して、アーネットはまだ作戦を遂行しようとしてる、諦めていないということに対する驚きだった。相手は戦力を温存している。対してこちらは士官も兵も半数以上を失っている。兵の士気も無いに等しい。ここから挽回することなど到底できるようには思えなかった。
(正直、撤退した方がよいのではないだろうか?)
そう二人の顔にかいてある。だがアーネットはそれを無視して話を続ける。
「奴隷達は敵の工作員に扇動されているだけです。奴隷達は身分の解放を望んでいるハズです。なのでその身分の解放を約束すれば、敵は分裂し、工作員は敗走するしかなくなるでしょう」
そうアーネットが提案すると、露骨に二人の士官は嫌そうな顔つきをした。
奴隷の身分を解放するというのは、ちょっと・・・・・。といった拒否反応を感じた。
身分制度を維持しているのは、王や貴族の特権階級だけではない。市民の中まで細かく階層分けされ、身分の違いによる差別が定着している。それは上の階層の者が下の階層の者を見下す優越感で成り立っている。だから最下層の奴隷の地位を優遇することは、自分の地位が脅かされるように感じて不快感を感じてしまうのだ。この身分は世襲され、永遠に続いていく。支配者が手をくださなくても、勝手に下の者同士がいがみ合い、秩序を維持してくれるのだ、こんなに都合のよいことはない。そんな呪縛に人々は囚われ続けている。
だが、そんなことを言ってられない状況に今はある。
慣習によらない教育を受けてきたアーネットには、そうした問題が理解でき、人々が慣習にこだわり、自分達の首をしめている状況がわかる。故にそう考えることができた。
「おそらく帝都には追加の軍を送る余裕などないでしょう。現有40名でこの状況をなんとかしなくてはなりません。しかも敵にはかなりの策士がいます。普通の手段ではこの状況を収拾するのは難しいでしょう。こちらも思い切った策が必要になります、そこで相手内の離反を誘う作戦をとろうと思うのです」
とアーネットが作戦の概要を説明した。
目的は奴隷暴徒の殲滅ではない、本来は暴徒の鎮静化を目指すべきだが、それができないなら、奴隷を解散させてしまうのもありではないだろうか、奴らは捕まって強制的に働かされることに反発してるのだから、解放してやるといえば戦う理由がなくなるだろう。奴隷がいなくなるのは痛手だが、また補充すればいいことだ。これ以上この戦闘で被害がでたり、手間と時間を取られ、国内に不穏な噂が流れることの方が問題に思われた。
「もうこれは奴隷暴徒の鎮圧作戦ではありません。他国の工作員との闘いなのです。なるべく早期に内密に処理する必要があります。時間をおけば必ず敵は新たな奴隷を扇動し、その規模を拡大させてくるでしょう」
そうまくしたてるアーネットに、二人は頷くしかない。だが、それはその通りだが、そんなに話がうまくいくとは思えない。といった表情に
「私が敵鉱山へ使者として出向き、奴隷達を説得してきます」
と、あっさりとアーネットが言い放つ。
「そ、そんな今あれだけの戦闘をしたばかりだと言うのに、敵陣に一人で乗り込むというのは危険すぎる」
と慌てて二人が止めるのだが、
「では、他の妙案がありますか?」と問うアーネットに、二人はバツが悪そうな顔をして黙り込んでしまった。それを見て
「では、明日。私が敵のところへ行ってきます」
と、穏やかだが、決定事項を言うようにアーネットが宣言すると、二人もこの作戦に同意せざるを得ないのだった。
説得だけで解決すればいいが、うまくいかなかった場合の手も打っておく必要がある。それなりの仕掛けを用意しよう。
「ちょっとだけ中佐に無理を聞いてもらう」
そういうとアーネットは「中佐宛ての手紙を書く」と言って出ていってしまった。彼女はその日のうちに手紙を使者に持たせて走らせ、それが終わると奴隷達のことを調べるために鉱山街へと繰り出した。
この街はロウア鉱山のための街だ。そこで働く鉱山関係者の落とす金で成り立っている。古くから住む水タバコ店を経営する婆さんがアーネットに奴隷達の惨状を聞かしてくれた。
奴隷とはいえ、彼らは鉱山を開拓する働き手だ、15年ぐらい前までは比較的穏やかにこの街も成り立っていたという。だが現在の王により、戦争が激化するにつれ国内経済の悪化により、奴隷達の生活環境も次第に酷いものになっていったという。行き過ぎた軍拡の代償だろう。
始業時間を早め、終業時間を遅らせ、班ごとに分けて競争をあおり、順位の低い者達には連帯責任としてさらなる労働をしいた。連座制だ。また奴隷達にも賃金が支払われる。その金で生活品や、わずかばかりの嗜好品を買うのが彼らの唯一の楽しみだったが、自由に奴隷達に街で買い物をさせることは許されてはいない、彼らに支給される通貨は専用の店でしか使えない独自の通貨で、それで買える品物を年々値上がりさせられていったという。以前はタバコ1箱が1金で買えたのが、年を追うごとに2倍3倍と値上がりし、ついに10倍に達した。そんな過酷な状況が暴動へと発展したのだという。
「奴隷達が反乱を起こすのはムリもないことだ」
と上官に聞こえたら即刻叱責されるようなことをアーネットは思った。この暴動も元はといえば帝国が無理をして、末端へその皺寄せをしたがために招いた事態なのだ。
「奴隷達は利用されているに過ぎない」
そう思うと、やるせない感情をいだくアーネットだった。できることなら奴隷達も救ってやりたい。もちろん、こんなことも上官にも誰にも話すことはできない。だが、一度は奴隷として売られたことのあるアーネットには、他人事としてこの問題を見過ごすことはできなかった。
宿舎にもどったアーネットは負傷者の見舞いに病院となっている倉庫へ行った。ロブはアーネットの期待以上の働きをしてくれている。17分隊だけでなく、この中隊の負傷者全員にとってロブの存在はありがたいものになっていた。
オーランドのところまでくると、先に軍曹がそこにいた。
アーネットの忠告を無視して敵陣に突っ込み、見事にその術中に嵌ったオーランドは超気まずい。そんなオーランドの気持ちを察して
「傷の具合はどうか」
とだけ尋ねるアーネット。
「大丈夫です」
とうつむいて答えるオーランドに、、
「無事ならそれでいい、しばらくは安静にすることだ」
といって出ていこうとするアーネットを、軍曹がたまらず苦言を呈する。
「ここは、ハッキリとオーランドの独断専行を叱るべきではないでしょうか?
このままうやむやにしたら、再び同じ間違いが起きます。今度も助かる保証などありません。軍とは上官の命令に従うのが鉄則です」
と、言うのだった。その言葉を聞き、オーランドも意地を張るのをやめて
「少尉、ご迷惑をおかけしました。今後は少尉の命令に従います」
とうなだれて言うのだが、それを聞いたアーネットは、オーランドの傍らに立ち、ゆっくりと首を振って言う
「それは違う。私の意見が常に正しいとは限らない。私がお前に望むのは、もし意見が違う場合にも、私の意見を聞き、検討して欲しいということだ、公平に客観的に、自分の意見と私の意見とを比べ、どちらが正解かを常に考えて欲しいということだ。その上で自分の意見を取るのなら、それで構わぬ。
愚者は己の経験だけに頼り、賢者は他人の経験から学ぶ。
とある人物の言葉だ」
と格言を授けて、その場から立ち去った。この言葉をオーランドは終生忘れなかった。(だが、その言葉が敵国の宰相のものだと知るのはずっと後のことである)
翌日、アーネットは奴隷坑夫が立てこもる鉱山へと足を踏み入れた。鉱山街は鉱山設備と坑夫の寝床が一緒になったもので、赤レンガでできた建物はお世辞にも立派とはいえず、周辺の牧草地の緑に対して、その一帯だけが剥き出しの茶褐色の大地で、人工的な印象を受ける。土埃が舞い、人気のない町並みが不気味な印象だった。その入口へとアーネットはゆっくりと近づく。
「止まれ」
大きな威嚇する声が上から聞こえた。塔の窓に人気を感じる。
「交渉をしにきた、話がしたい」
とアーネットが叫ぶと、「ダ、ダーン」と足元に銃弾が飛んできた。
「必要ない」ということか。
だがアーネットはさらに歩を進める。慌てたように、狙いが定まらない銃弾がさらに2発、周囲に着弾する、狙って撃ったのかもしれないが、この時代の銃は精度が悪い、しかも彼女は歩いてどんどん街の中へとはいっていってしまう、塔からは遠ざかるので、それを2階から狙ってあてるのはなかなか難しい。銃の数があまり多くないことがわかる。突然の来訪者でも銃を一斉に発射すればあてられる、それができないのは、銃が限られているからだろう。
どんどんと街を進むアーネットにさすがに敵も焦ったのか、奴隷達をけしかけるように「侵入者を捕獲しろ」と命令が飛ぶ。その声を聴いたアーネットがすかさず、
「軍は坑夫達を攻めない、こちらに協力すれば奴隷の身分を解放しよう」
と高らかに宣言する。奴隷坑夫の間に動揺が広がる、
それを打ち消すように、別の声がこだまする。
「嘘だ、騙されるな、帝国がお前達にしたことを忘れるな、奴らは必ずお前達を殺す」
この言葉を聞いたアーネットは口元をニヤリとさせた。やぱり思った通りだ。
「坑夫達、聞いてくれ、騙されているのはお前たちの方なのだ、私は第四王女のアーネットだ、王の子として約束する、お前達の命は私が保証する」
王女の登場と、その約束に、奴隷達の間に驚きと動揺が広がる。目の前の兵がお姫様で、単独命を張ってここにいるという事実に驚いたのだ。
奴隷達の反応にマズいと雰囲気を感じたのだろう、ついに敵の親玉が顔を出す。やつらは教会に陣取っていた。
「いい加減なことをぬかすな、王女がこんなところに来るはずがないだろう」
「奴隷達、早くでてこい、こいつを殺すんだ、相手は女たった一人だ」
そういい銃を空に向かって数発、打ち上げる。
「ほら、威嚇してるのはどちらだ、私はただ話しているだけだぞ、お前は帝国の人間ではないな。どこの国の者だ? スペインか、フランスか?
坑夫達よ聞いて欲しい、お前達は利用されてるんだ、こいつらは工作員で、帝国を荒らすのが目的なんだ、
もしこいつらがお前達を解放してくれるというなら、それこそ嘘だ、どうやってお前達を帝国から連れ出すと言うんだ、いくら頑丈な坑夫といえど、飲まず食わずで休養もとれず、帝国軍に追われながら、国外に脱出することなど不可能だ。
もちろん帝都では今、この鎮圧に再度部隊が編制されている、次は1000人単位の兵がやってくるらろう。絶対に逃げることなどできない。私は王女として味方が殺し合うのを見たくないのだ、頼む、私を信じて武装を解いて欲しい」
アーネットはなかなかの役者だ。今の発言を聞いたら仲間はみんな驚いただろう。もちろん援軍などくるはずがない。完全なるブラフだった。
「嘘だ、みんな嘘にだまされるな!」
工作員も必死に訴えかけるが、王女という存在・やはり女性の言葉に奴隷達の心が傾きそうになった。その時だ
「帝国は信用できない、俺のとーちゃんも、かーちゃんも帝国の役人に殺されたんだ!!」
と、泣き叫ぶ子供の声が街中に響いた。こういう時、子供の声はよく響き、人の心をとらえる。
奴隷坑夫達の心が帝国への復讐心に満ちていくのがわかる。子供の声は発端に過ぎない。数多くの仲間が過酷な労働の末に死んでいったのだろう。その貯まりに貯まった怨念が噴き出してきたのだ。もうアーネットの王女という看板も、効力を発揮しなかった。一度は掴みかけた心が離れていく。
「帰ってくれ、ワシらの我慢は限界なんじゃ」
年配の坑夫は死は覚悟しているといった表情でそう言った。アーネットは理解した。すでにこの奴隷達は死を覚悟しているのだ。死より過酷な毎日がそれを決心させたのだ。
アーネットの企みは失敗におわった。あと少しというところまで来て、その手をつかむことはできなかった。帝国への憎しみはそれほどまでに強いと言うことだ。
アーネットは自分の境遇から、奴隷達の立場を理解できると思っていた。だが、それは間違いだったのだろう。帝国の中枢にいるアーネットには、本当の貧困層の苦しみは、もはや理解できない感情になってしまっていた。自分の浅はかさを思い知らされた気がした。