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軍人王女の冒険譚(Devil's Teardrop)  作者: n.t
軍人時代
17/37

奴隷坑夫の反乱 その1

「うちの部隊はまだ経験が浅いので、無理かと思うのですが・・・」


「いや、無理はどの部隊も同じだよ、なんで君の部隊だけ特別扱いするんだね」


「いやしかし、まだ設立から3か月しかたっていませんし」


「3か月"も"だろ? 北東戦線では配属その日のうちに、前線へ投入されることも少なくないのだぞ」


「中佐も我が軍の状況はわかってるだろう、余力など、どこにも残ってなどいないのだよ」


「・・・・・」


「では、今回の件は君の部隊に任せるぞ」


会議が終わると、ぞろぞろと士官達がでていく、部屋で一人、頭を抱える人物がいた。倉庫番中佐とあだ名される彼は、主な任務が補給品等の管理なのだが、兼務して、17分隊を含む暫定部隊も管理している。


「やれやれ、どうなっても知りませんよ・・・・・

といっても、詰め腹は私が切らされるんでしょうけどね」


とやつれた顔で嘆いた。先の会議は、ロウア地区で起きている暴徒事件の鎮圧を誰が行うかの話し合いで、他国ではなく、自国内のしかも相手はロクな武器も持たない奴隷達ということで、急増の暫定部隊でもなんとかなるだろうと、半ば強引に任務を押し付けられたのだ。


もちろん他の将官達は、この部隊にアーネット王女が配属されていることは知っている。だが他の将官からしたら、アーネットがどうなろうと知ったことではない、直属の指揮官は、王女に何かあったら叱責を受けるだろう、だが他の部隊からしたら、何も遠慮する必要はない。むしろライバルに失点をつけるチャンスかもしれない。


こうしてアーネットも薄々予想したとおり、17分隊も含む第二中隊が暴徒鎮圧の命を受けることになった。どうして大隊規模の隊からアーネットのいる中隊が選ばれたかというと、暫定部隊には予備役の市民兵や農民兵、傭兵なども含まれていて、完全な形で今すぐ運用できるのはこの第二中隊しかなかったからだ。


それにアーネットの17分隊はアーネットがいるものの、そのおかげで熟練兵が集められている、戦力として大いに見込めるのだ。もちろんアーネットが足かせとなり、ロクな活躍もできず、最悪王女が戦死ということも考えられた。だから中佐は反対したかったのだが、他の将校達はそれを知った上で任務を押し付けてきているのだ。中佐の頭の回転ではうまい逃げ口上も思いつけず、見事に嵌められたわけだ。


こうして暫定部隊の第二中隊が暴徒鎮圧の任を受けることになる。

これを能天気に喜んだのが、中隊を指揮する大尉だった。まさかこんなにも早くに活躍できる機会がやってくるとは思っていなかった彼は、さっそく任務の詳細を聞かされ、早くもそれらを片付け賞賛される自分を想像してほくそ笑んでいた。


ちなみにこの大尉は、さる貴族のご子息で、次男ではあるが将来を嘱望された存在であるらしく、兄より早く手柄を上げて、あわよくば家督を継ぎたいとさえ思っていた。



さて、一方出陣の知らせを受けたアーネットは落ち着いて「了解しました」と答えたあと、事件の情報収集に努めるのだった。17分隊の部下には軍曹からすぐにその知らせが伝えられた。


「お! 待ってました」


と喜々として反応したのはオーランドだった。彼にしてみれば実戦でこそ自分の力は発揮されると思っている。こないだの"かくれんぼ"では苦渋を舐めさせられたが、実戦で俺の剣さばきを見せられれば少尉にもお返しができるだろう。


オーウェン軍曹はアーネット(王女)の存在があるので、うちの部隊に出撃命令が下るとは、そうはないと思っていたので意外に思った。できる限りうちの部隊は敵に対することは避けられると思っていた。むしろ王が出向く戦場の近くに配置され、万一の際には王女の盾となって命を犠牲にすることを求められると思っていた。それだけに今回の暴徒鎮圧という、どうでもいいといっては失礼だが、そんな戦場に駆り出されたことが意外だった。


17分隊で一番の若手、ロブはというと


「すごい先輩がいるこの部隊で、自分がお荷物にならないか」


という心配をしていた。初日の自信はどこかへ吹き飛び、"かくれんぼ"の時の少尉の説教でまず震え上がり、他のメンバーの身体能力や武器の扱いをみせられ、自分の能力不足を感じづにはいられなかった。そんなロブの元へアーネットが近づき声を掛ける


「ロブは手先が器用だな」


「い、いえ自分は他のメンバに比べたら半人前で、なんの取り柄もなくて申し訳ありません」


と殊勝な発言をする。ロブはアーネットより4つも年上だ。だがロブにとっては今やアーネットはオーウェン軍曹より怖い存在になっている。話掛けられただけで緊張している。そんなロブの手にまかれた包帯に注目したアーネットは優しく


「キミはまだ若い、焦ることはない。人にはそれぞれ向き不向きがある。いい面を伸ばせばいい。ところで、その右手の包帯は自分で手当てをしたものかい?」


「あ、はい。以前所属してた隊の先輩が教えてくれたやり方ですけど、それをマネてます」


「そうか、いい巻き方だ。ロブは人の手当てをすることに抵抗はあるか?」


「え? いえ、別にありませんが・・・」


「そうか、よかったら隊に怪我人がでたら、応急手当てをする役をしてもらいたいのだが」


「それは、私が実戦では役にたたない・・・ということでしょうか」


「いや違う。戦闘で敵を倒すのと、味方の犠牲を減らすのでは、味方を救うことの方が隊の役に立っている。だがキミが望まないなら、無理にとはいわない」


「いえ、すみませんでした。やらせてください。私がお役に立てることがあるなら、何でもします」


ロブはアーネットが見込んだ通りの反応をしめした。実はアーネットがこの隊で一番その素質をかっているのが彼なのだ。彼には自惚れるほどの経験がない、そして今の自分を客観視できている。体力や技量は経験をつんでいけばこれからついてくるだろう。それよりも、彼はこの隊を結びつける力をもっている。それは一番若く、技量も劣っているので、他の者が気安く、話しかけやすいということもあるが、彼から積極的に話しかけていることも大きい。もう一つ言えば彼はキレイ好きで身の回りのものをキチンと整頓していた。


「そうか、そういってくれると助かる。手当ての仕方を教えるから、後ほど私の部屋にきてくれ」そういって彼に医学的な知識をあたえるのだった。これはアーネットが受けた教育の賜物だろう。正確な医学はまだこの頃確立されていない、アーネットが受けた教育も完ぺきではないが、当時としては進んでいる。



さて、暴徒の反乱だが、それは帝国の直轄地ロウア地区の鉱山で働かされていた奴隷達が反乱を起こしたものだ。暴徒と化した集団が、周辺の農場や街を襲い、最終的にこの街の市庁舎に立てこもった。奴隷坑夫の数は100名程度とのことだが、この時代の地方都市の自警団は数十名がいいところで、手におえず帝都に救援の要請が来たというわけだ。


派遣される第二中隊の兵数もほぼ100名ほどで数の上では同数だ。相手が敵国の軍隊なら同数では危険だが、相手は奴隷の寄せ集め。本来武装を整えた軍隊の敵ではない。だがこちらも急造部隊だし、敵も奴隷とはいえ坑夫であるので、力は強いだろう、多少の抵抗は考慮して同数の派兵となったのだ。



第二中隊が帝都を立って翌々日の夕方にロウア地区へ到着した、大尉は宿営の準備もほどほどに、さっそく反乱側に使者を送った。もちろん降伏勧告である。

奴隷達も軍隊が出動したと聞けば震え上がって投降してくるだろうと思ったのだが、相手はそこまで単純ではなく、逆に相手はそれを無言の銃弾で返してきた。運よく使者には当たらなかったが、狙って撃ったとしか思えないものだった、使者は急いで逃げ帰り、事の次第を大尉に報告した。


「奴隷ごときが、調子にのりやがって」


この若い大尉は大いに逆上した、彼は中級貴族の次男坊で、ただでさえプライドが高く、奴隷は人ではなく家畜と同じと認識していた。軍の装備からみれば奴隷坑夫の武器など石器時代に等しく、ひとおもいに捻り潰してやると思った。

第二中隊の士官はこの大尉と6名の少尉からなっている。作戦会議で


「何も心配することなどない。相手はたかだか奴隷のあつまりにすぎない」


大尉はこの戦いを楽勝と決め込んでいる。そもそも軍隊という存在自体がイケイケなのは仕方がない。弱腰の軍隊など存在する意味がない。だが兵の命を預かる指揮官は、もうちょっと冷静な判断をすべきだとアーネットは思うのだった。多数の楽観主義の士官の中でアーネットだけが異論を述べた


「敵が建物の中に潜んでいるのは、軍の最大の武器である銃を使わせないためです。鉱山労働者は閉所での作業になれていて、かれらが扱う道具はおそらく建物内での戦闘に有利に働くでしょう」


「フン、奴隷ごときに何をビクついてるんだね?


奴等は我らが怖いから建物内に逃げ込んでいるだけだ、軍が一斉に押し寄せれば奴らは2~3手斬り合っただけで、逃げ出すだろう」


と、アーネットの意見をまともに検討しようとは思っていない。所詮王女様の戦争ごっこと舐めてかかっているのがアリアリと感じられる。それでもアーネットは引き下がらない。自分の部下の運命もかかってるのだ


「もう一つ懸念があります。それは相手が人質をとっていないことです。本当に自分達が弱いと感じているなら、人質を盾に何がしらの要求をしてくるはずです。それなのに、相手は人質をとらず、こちらからの使者も追い返し何の交渉もする気がありません。おかしいと思いませんか?」


とアーネットは事態の不自然さを説明するのだが、


「何も感じぬな。全てはキミの推測でしかない。推測だけして勝手に恐れていて、無駄に時間を潰している暇などないのだ」


そういうと、大尉は話を打ち切り、いまから建物への突入を図ると言うのだった。

アーネットの助言は一言も聞き入れられなかった。唇を噛みしめる彼女だった。

17分隊に戻った彼女は、隊員をあつめると


「今より建物への侵入作戦が始まる。だが私がいいというまで建物への侵入をしてはならない」


と命令するのだった。それを聞いたイケイケのオーランドが、


「どうしてですか? 突入命令がでてるんでしょ? だったら早く突入しなきゃ手柄を他にとられちゃうじゃないですか」


と反抗してきた。他のイケイケ気質のあるものもウンウンと頷いている。

アーネットにしても確たる証拠があるわけではない、だがどうしてもこの戦場の雰囲気は怪しい気がして仕方がないのだ。


「戦場が不自然に思えるからだ」

アーネットは、振り絞るようにそういった。だがそんな不十分な言葉ではオーランド達は止められない


「少尉は最初にいいましたよね? 自分の命令が納得いかなければ従わなくてもいいと。俺はいかせてもらいますよ」


と、息巻き、オーランドは剣を担いで部屋から出て行ってしまった。


アーネットの隊もまだ1枚岩とはとても呼べない。アーネットの考えが浸透するには3か月はまだ短すぎた



進軍ラッパがならされ、威勢よく大尉の「突っ込めー」という命令が飛ぶ。

第二中隊の100名が縦列になって市庁舎の正門へ向かって突撃していく。建物の2階から奴隷達が銃弾を撃って来た。


「えっ? どうして奴隷達が銃を」


と思ったのはアーネットだけだった。もちろん街にも銃を所持してるものはいる。警備兵から奪ったのかもしれない。だがアーネットにはその狙撃する姿から銃の扱いに慣れているように見えた。奴隷があんな風に銃をあつかえるだろうか。やはりおかしい。


だが、アーネットの疑惑とは裏腹に、中隊は順調に市庁舎の門を破り、中に入り始めている。


「それじゃ、俺は先にいって敵のかしらの首でもとってきてやりますぜ」


とオーランドは仲間2名をつれて17部隊から独立して建物の中へと向かってしまった。それを口惜し気に見送るアーネットは。それ以外の者を睨み、目で威嚇する。

他の者もこの勝ち馬に乗りたかった。だがアーネットへの恐怖がそれを押しとどめていた。17分隊は建物の外で2階の兵を狙撃したり、周囲の警護をしていた。


このままいけば後で、大尉から叱責を受けるのは間違いない。腰抜けの部隊といわれるだろう、だがそれでもアーネットは突入をしなかった。責任問題になった時は、自分が一人責任をとればいい。士官から一兵卒に降格になってもいい。だがもしここで判断をミスし、部下を失うようなことになれば、それは自分の一生の後悔になる。アーネットにはそちらの心配の方が勝っていた。


建物の中では激しい戦闘が繰り広げられていた。こちらは銃剣、相手は鉄梃かなてこや金槌程度だ、開けた戦場なら銃の一斉射撃で敵のリーダーと最前線の兵は撃ち抜かれ、残された烏合の衆は銃声と煙に怯え敗走していただろう、だが屋内という限られた空間、味方と敵が混在する状態では銃を撃てない、そして相手が音や煙に慣れた坑夫だと銃の威力も限定的だ、肉薄して力比べの戦闘になると、日頃鍛えている坑夫の力は侮りがたかった。そんな膠着状態の建物内へと飛び込んで来た集団がいた。オーランド達だ。


「ヒャッハーーー!!! グサッ ザグッ ビシャー」


と建物内で剣を振り回し、水を得た魚のように暴れまわる。


「ホレ、ホレ、こっちだよ」


といいつつ、相手を翻弄し、剣を巧みに扱い次の瞬間には相手を斬り刻む。次々と反乱坑夫達を倒していく、その進撃に押されるように、敵がジリジリと下がり始めた


入口から通路を押し切り、大ホールでの戦闘を制し、敵の勢力が崩れて引きだした。


「オーラどうした。もう終わりかよ、こっちはまだまだ暴れたりないぜ」


と、相手にむかって来いよ、と手招きをしてみせる。そのポーズに威圧されてか、敵が背を向けて逃げ出した


「こら待てー、逃がしゃしねぇーぜ!!」


と、満面の笑みを浮かべながら後を追う。

大尉もその勢いに勝利を確信し、号令をかける


「敵は逃げ出したぞ、逃がすな、敵の司令塔を捕まえろー!」


そこにいる皆が勝利の雄叫びを上げようとした瞬間、


「ドッ、ドーーーーーン!!!!」


と数カ所で爆音がした。火薬の音だ、それは兵に対して仕掛けられたのではなく、建物自体に仕掛けられたものだった。石造りの建物は柱を壊されて一気に崩れていく。その瓦礫に飲み込まれる味方兵達。


「ヒィーーーー」

「ウワーー」

「助けてくれーー」


ものすごい轟音と地響き、濛々とした煙を上げて建物が倒壊する。辺りは修羅場と化している。

そう、これは罠だったのだ。敵は押されているように見せかけて、徐々に引いていた、そして中隊の大部分が建物に入ったのを見計らい、自分達は逃げ出し、建物ごとこちらの兵を爆薬で吹き飛ばしたのだ。恐るべき戦略。


大尉は柱の下敷きとなり即死。多数の死亡者を出して、残りの兵の大半が負傷した。オーランドとその仲間達は奇跡的に生きていた。だが建物の下敷きとなり足や腕を骨折し多量の出血をしていた。彼らはロブの素早い手当てで一命をとりとめた。ロブは他の隊の救助にも懸命に走り回った。



完全に敵の罠に嵌った。完敗だった。



奴隷達は素早く撤退して自分達の本来の居場所である鉱山へと身を隠した。

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