訓練 その1
「ふわ~~ぁああ~」
と眠い目をこすりながら、翌朝の6時、17分隊の10名は全員、白のシャツ姿で丘の上に集合した。結局、昨日は夜遅くまで作業したせいで、寝不足気味の者もいる。個人個人のスキルは上等だが、団結力は最低な集団だ、「宿舎の設営など、俺の仕事ではない」といった面々なのだ。作業がはかどる筈もない。
「あ~、だりぃー、訓練なんてクソの役にも立たねぇだろ」
と口の悪いオーランドが口火を切って愚痴る。それに続いて気乗りしない連中が口々に文句をいいだす。
「大体、実戦経験もないお姫さまが、俺たち熟練兵に教えることがあるかって言うんだよ、笑っちまうぜ」
「っていうか集合時刻に、遅刻してくるってのを直すのが、先なんじゃないんですかね。ねー軍曹、そう思いませんか?」
と言って軍曹に、お姫様の味方ばかりしてないで、軍曹からも注意したらどうですか、的な顔で笑う部下の前に、ノシと立った軍曹は、その言った者を睨みながら、目で合図するのだった。「あっちを見ろ」と
その視線の先は森の入口を指していて、そこからアーネット少尉がでてくる、馬を引いていた。すでに隊員が来る前からここにいたことがわかった。当然今、隊員達が大声で話していた内容も聞かれたことに気づく。面々は少々バツの悪い顔をした。
そんな話など聞こえなかったように、隊員達の前に立ったアーネットは、いきなり本題に入る。
「おはよう。さっそく今から訓練をおこなう。訓練の内容は『かくれんぼ』だ」
と告げられた言葉に、隊員から思わず失笑がもれる。だがアーネットはかまわず話を続ける
「鬼は私以外全員だ、今から私が森の中へ隠れる。それをお前達が2班に分かれて、どちらが先に私を捕らえるかを競う紅白戦だ。制限時間は1時間。捕らえた班には夕飯にワインをご馳走しよう。負けた班は、1時間の全力疾走だ。なお、どちらも捕らえられなかった場合は、全員で走ってもらう、しかも2時間だ。くれぐれも力を抜くことのないように」
と、淀みなくアーネットが話をするが、既に"かくれんぼ"と聞いて気の抜けた隊員は話を半分しか聞いていない。そんな隊員に
「あ、最後に念のために言っておくが、これは訓練だが、この場は戦場だと思え、内容は"かくれんぼ"だが、敵を追って森へ来たと思って行動するように、いいかここは戦場だ」
と言い放った。
「戦場に行ったこともない、お姫様が、俺たち本場の兵士に、"戦場だと思え"とは、笑っちまうな」
と、兵の誰もが思ったことだろう。だが、さすがにそれを声に出して言うものはいない。アーネット少尉の説明が終わると、軍曹が手早く兵を二つに分ける。もちろん戦力が均等になるようにだ。
「"かくれんぼ"とは、随分と平和的な訓練ですな」
「お姫様は、お馬でひらひらとお逃げなさるんですね、さぞ愉快でしょうね」
「"かくれんぼ"というより、軍隊ごっこだな、これは」
と、小声で嫌味をいい合う。
「お前もそう思うだろ?」
と一人だけ無口な男にオーランドがヘッドロックをしてくる。無口で物静かな男を目ざとく見つけて自分の配下にするつもりだったが、その無口な男は、
「どうでしょうかね」
というと、あっさりとオーランドの技をすり抜けて先へいってしまう。無口な男は名をグローといって、誰とも話さず、手は動かすが、必要以外のことをしない。今も顔を布で隠している。それがちょっと気弱そうに見えるのだが、同時に不気味にも感じられた。「なんだよあいつはよー」と獲物を逃がしたオーランドがぼやくのだった。
この森はそんなに広くはない、せいぜい1km四方程度の大きさだ、だが高低差や見通しが悪く通り抜けに不自由な藪があったり、湧き水があったり、廃屋のような建物も点在しているので、馬で走破するのも技術を要するが、探す方も手間取る。
「では、私が森に入る、しばらくしたら銃を撃つので、それが開始の合図だ。現在6時15分、終了は7時15分だ、その時も銃で合図する。もちろん私が捕まればそれ以前に合図する」
そういうとアーネットは森へ消えていった。
2~3分後に銃の音がして、隊員たちはおのおの森へはいっていく。
「姫様、銃がする音が聞こえたら居場所がバレバレですよ、これじゃ全員同じところに向かうから、紅白戦にならないじゃないですか」
と誰かが歩きながらツッコミを入れる。だが、実際に音のした所にいってみると、馬の姿も声も、足跡さえ発見できない。
「もっと奥にいったんだろうか」
「そう見せかけてのブラフか」
では、ここからが紅白戦だな、軍曹がいる班はそこから西へ向かうことにした、仮にA班としておこう。別の班は少尉はさらに進んだと推測し、そのまま直進をした、仮にこちらをB班とする。
やや横長の長方形を想像すれば、この森のだいたいの外観に相当する。その中央、やや右手前の位置で、アーネットの最初の銃声があり、今両班がそこにいる。A班はそこから左側へ進んだ。一方のB班は奥へ進んだことになる。森の入口は四角形の中央下側にあたる。
A班、B班ともにまずは馬の足跡を探した。そして馬の発する音を聞き漏らすまいと耳をそばだてた。B班は直進して森の端まで来たが、まったく痕跡は認められなった。そのまま引き返しても仕方がないので、そこから西へと向かった。
軍曹のいるA班は山岳での避難者探索時のように、5人が等間隔で距離をとり網状になって、西(左側)へ移動していった。戦場ならこんなことはしないが、目的が鬼ごっこなら一人一人がばらけても危険はないのだからこちらの方が理にかなっている。
最初に銃声があった中央右位置から森の入口、つまり下側に向かって、このローラー作戦を行う、軍曹はそう計画した。あの強気な姫様の気性からして、何の策もない訳がない。必ずこちらの裏をかいてくるハズだ。ということは最初の発砲はわざと皆をそこへ誘いこむ罠だ。普通なら入口から俺たちが入ってくるのだから、奥へ逃げると推測するだろう。だが、裏をかくなら、回り込んで、俺たちが来た入口付近に隠れるだろう。
だから、中央から徐々に入口に向かって、この網を移動させていけば見つけることができる。軍曹はこの時代にあって、なかなかの切れ者と思われる。軍曹と言ったら現場たたき上げの脳筋が普通だが、流石にベテラン兵のまとめ役に選ばれたことはあるといっていいだろう。
一方のB班をリードしたのはヤザイと呼ばれる若者だった。彼は野原を駆け回って狩猟生活をする村の出身だったので、狩りの経験から、追い込み猟の要領で獲物を誘導する方法を使った。
足の速そうな2人を左右に大きく離れて平行に走らせ、さらにその内側をまた別の二人が時間差をつけて走る。自らの足音を大きく鳴らすことで、相手に自分の存在を伝え、それを避けようとする心理をつかって徐々に範囲を絞っていき、獲物を取り囲む。本来はもっと大人数で行うものだが、今回の森は小さいし、とりあえづ姫の姿を見つけるのが先決なので、この方法を選択した。
だがA班、B班共にアーネットの姿はおろか痕跡さえ見つけることはできなかった。
途中A班とB班は出会ったが、お互いが何も見つけられていないことを察すると、お互いが相手のやり方がマズいからだろうと理解し、無言で探す場所を交代するように、今度はA班が森の奥を、B班が森の手前を探索するのだった。
ここで唯一B班に属するグローと呼ばれる男はあることに気づく。それを見止めたヤザイが「どうした、何かみつけたのか?」と聞いたがグローは「なんでもない」と否定して、その俊足を生かして森へと消えていった。
その後何の進展もないまま、1時間はあっという間に経ってしまい、銃声が森に響いた、終了の合図である。両班共にアーネットを見つけることはできなかった。
「やっぱり人の足で馬に追いつくのはムリだわ」
「姫様は森の外へ逃げてたんじゃないのか、後で戻ってきてもわかんねぇしな」
「さてさて、どんなドヤ顔をみせられるか、たまったもんじゃねーな」
と、見つけられなかった言い訳を口々にしながら、隊員がのそのそと森の入口へと戻ってくると、そこにはボロ布に身を包み、細い棒をもったアーネットが立っていた。あれだけまぶしかった銀髪が泥水にまみれてこげ茶色になっている。顔も煤で真っ黒になっている。言い方が悪いが、その姿は街をうろつく物乞いのようだった。
皆、呆然とした顔で立ちすくんだ。
重大な間違いに気付きました(汗)「鬼ごっこ」じゃないですよね、「かくれんぽ」ですよね。
こんな致命的なミスをするなんて。(2017/11/27 修正)