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軍人王女の冒険譚(Devil's Teardrop)  作者: n.t
出生~少女時代
13/37

急転

アーネットの才能はもはや早熟という範疇を越えて天才の輝きを見せ始めていた。だが、そのことが彼女の存在を浮かび上がらせ、彼女をもっとも苦しめる王家の血の争いへと巻き込むことになる。


伯爵はアーネットと合う時にウィルという船員に身を隠していたが、どうしてもその体格の良さと、精悍でありながらも落ち着いた壮年の迫力は、変装しても目立ってしまったらしく、街で伯爵を見かけたと噂されるようになる、しかも彼の足しげく通う場所が社交場ではなく、ごく一般の平民の屋敷であることがわかり、彼の目的が、婦人目当てではなく、年端もいかない少女であり、彼が直々に武術の指南までしているということまで知れるにいたって、詮索好きのゴシップ愛好家達によって、その子は「王の隠し子ではないか」という疑惑に辿りつくのだった。


伯爵ほどの人物が目を掛ける庶民の子。しかもあの王様と親しい間柄ということからの推測で、飛躍してはいるが、噂というのは面白ければよいのである。ただ今回の場合は、それが的中していたということだ。


そして噂が単なる噂ですまなかったのは、現在の王の子が全て女子だったからだ。男子がいればよっぽどでない限り長男が後を継ぐことになる。だが女子だけだとどうなるかは王の一存で決まることになる。隠し子自体は珍しいことではなかった、だが、王の親友とはいえ、国の重鎮ウィリアム候がその子の監視役となれば、王がその子にどれだけ関心をしめしているかは誰が考えても相当であると思わざるを得なかった、実際には伯爵自身がアーネットに興味を持ってしまったことが大半だったのだが、それが結果として悪い方に転んでしまう。


王女の母親というのは、いつの時代もそうだが、勢力闘争に鼻がきく。それら関係者にとってこの話は重大な関心事としてとらえられたのだ。事の詳細を母である王女達が王に直接聞けば問題になることはなかっただろうが、この王はどこであろうと自分のプライベートや真意を話すことはしない。そんな世間話をすることを憚れる雰囲気をもつ存在だった。そうでなくては100年戦争を終結させ、この帝国をここまで大きくすることなどできなかっただろう。


そしてもう一ついえば、王とその妻である王女達の間に愛情というものがなかったのが原因だろう。政略結婚以外の何物でもない、だが、そうした事情が不安を呼び、不満へとかわり、敵意となってアーネットに降りかかっていった。



不安の芽は確実に摘み取る、王家の争いは醜く苛烈だ、何の前触れもなく、アーネットの住む家は真夜中に炎につつまれた。放火だ。

だが帝都の家は石造りの家が多い、そう簡単に焼け落ちたりしない、だが狙いは家の倒壊ではなく、少女の殺害にある、油ビンと油を浸し火をつけられた布が家内に投げ込まれ、多くの煙を立ち昇らせた。炎は容赦なく酸素を奪っていく。


壁は石造りのため燃えないが、内部は煙で視界を遮られ逃げられず、一酸化中毒で意識を失い最後はゆっくりと燃え広がった炎に焼かれる。アーネットは2階の部屋で眠っていた。息苦しさを覚えて目を開けた時にはすでに部屋の中は煙が侵入し夜であることもあって逃げることもままならない、煙を吸い込みせき込む、目が染みる。そのうち意識も次第にボヤけてきた時に、


窓を蹴破って侵入してくる人影があった、あれはそう、アーネットが奴隷として売られた時に現れた黒装束の一団だった。男達はアーネットを抱き上げると、軽やかに入ってきた2階から鳥のように滑降し、近くに止めてあった馬にまたがり、立ち去った。アーネットはあまりの出来事に気が動転しており、また一酸化炭素中毒のため朦朧として逃走中に気を失ってしまった。


アーネットが目覚めたのは次の日、伯爵邸のベッドだった。近くには医者もおり、おそらくここに運びこまれてからずっと、つきっきりで看病してくれていたのだろう。珍しく伯爵の顔に狼狽とやつれが見える。{ここで一つ説明しておくと、貴族は自分の領地のほかに、帝都にも自分の屋敷をもっている。前者をカントリー・ハウスと呼び、後者をタウンハウスと呼ぶ。以前アーネットがもてなされたのがカントリーハウスであり、いま、急遽運び込まれたのが、タウンハウスだ}


大丈夫かとアーネットの手を握ってくれた大きな手は、いつもの安心感を与えてくれた。ようやく心が落ち着いた彼女は、初めて自分に起きた事柄を整理しようとした。


「家の方は? 火事でホワイトダウンズ家の家族はどうなったのでしょう?」


そう問う彼女に、伯爵は無言で首を振った。それは全員が焼け死んだことを意味していた。「うそ、そんな」彼女の眼には自然と涙が溢れた。どん底のアーネットが立ち直ることが事ができたのも、こうして一人前の人間になれたのも、あの家で過ごすことができた5年間があったからなのだ。


たしかに義兄はちょっと難があったかもしれない。養父母も自分に気遣いすぎて、ぎこちない家族であったかもしれない。でもそれらも自分を気遣ってのことであり、アーネットにとっては大切な第二の家族なのだ。義弟のあの可愛らしい顔が記憶をよぎると、亡くなってしまったなんて、考えられない。そんな恐ろしいことがあるはずがない。夢なら冷めて、そう叫びたい心境だった。涙が際限なく溢れた、


「どうして、どうして・・・」


枕を叩いて泣き続けて、ようやくその嗚咽が収まりかけると、次にやって来たのはもっと恐ろしい予感だった。


「どうして、あんなことがあったのか伯爵はわかりますか?」


アーネットは遠回しにきいてみた、彼女は直観でことのいきさつを理解しかけていた。だが、それを直接聞くのは怖かったのだ。


伯爵は「ただの火事だ」とだけ答えた。


彼女はそれを聞いて、ぐっと唇を噛んだ。彼女からしたら「ただの」という不用意にもらした伯爵の言葉で十分に察することができた。家族や使用人が全員死んだのだ、「ただの」わけがない、それだけで十分に大事なのに、それを「ただの」という意味は、もっと深い訳があることを暗示しているとしか聞こえなかった。そしてアーネットは自分の為に家族が死んだことも、自分が命を狙われていることも知ったのだった。


「私が、浮かれて祭りであんな格好をしなければ、私がもっと慎重に行動していれば、私のせい、みんな私の為に死んだんですね」


と、今にも狂い出しそうな勢いで、自分への後悔を口にする。


「いや、違う。そうじゃない。君は何も悪くない」


即座に伯爵が否定する。アーネットは幼少期に植え付けられた数々の苦難から、それらを忘れてようやく人並みの幸せをつかんだことを、身分不相応な幸せを手に入れた罰と捉えて自分の責任を感じているのだった。


「いや、違う、断じて君の性ではない、自分を責めてはいけない」


伯爵は、強く否定した。ようやく彼女の呪縛をといて、ここまで普通になれたのだ。また彼女が心を閉ざしてしまえば、今までの苦労が水の泡になってしまう。なにより、彼女にとって、それでは今後に生きていく価値のない人生になってしまう。それだけはなんとしても、伯爵は止めたかった。


だが、今は何もしてやれない。彼女に真の敵を教えることもできない。復讐に満ちた人生もまた、不幸な人生なのだ。ただ彼女が泣き止むまで、一緒にいてやることしかできなかった。




彼女が心の平穏を取り戻すまで1か月。取り戻したといっても心が晴れるわけではない。ようやく積み上げた家族の喪失という大穴を塞ぐことなど誰にもできない。だが、帝都で大胆にも王の子ということを知っていて、それを殺そうとした者がいるのだ。事態は急を要した。その解決策がアーネットが望まないことも、理解できた。伯爵もそれはどうかと思ったが、他の妙案が見当たらない。他の王族は泡を食ったように驚き、国民も前例のない事態に大騒ぎとなった。


そんな判断を王はした。


アーネットは宮廷に招き入れられることになった。王位継承権のない第四王女という、変わった肩書の王女が序列に加えられた。王は直接、他の3人の王女に言明した、アーネットは私の子供だ、だが認知はしない。王位継承権はこの子にはない。だが4人ともに私の愛する娘であることに変わりはない。どうか仲良くしてやって欲しい。と懇願とも威圧ともとれる口調で言うのだった。


つまり、王としてはこれ以上アーネットに危険が及ぶのをさけたかった、自分の目の届くところにいるなら、自分が守ってやれる。と同時に他の3人にはアーネットには継承権がないことをハッキリとさせることで、無用の争いを避けるようさせる狙いがあったのだろう。


だが、アーネットにとっては、この選択は最悪というものでしかなかった、確かに身の安全という意味では、これ以上のモノはないのだろうが、養夫婦家族を殺した犯人がこの姉妹3人の中にいるのである。直接手を下したわけではもちろんない、たぶん母親の親族が、闇の組織の力を使って殺したのかもしれない。だがいずれにしても家族殺しの元凶がこの中にいるのだ。そう思っただけで気が穏やかではない。


自分を殺そうとする企みは王の元では起きないかもしれない。すくなくとも世界中のどこよりも安全なのかもしれない。だがその犯人と常に隣合わして、顔にはおくびも出さずに付き合わなければならないことは、苦痛以外の何物でもなかった。


加えて、3姉妹との微妙な関係。平民の礼儀知らずが王族に並ぶことからくる冷遇。ハッキリいえばいじめは陰湿で、時に子供っぽく時に狡猾にアーネットを苦しめた。

国民も、そんなアーネットを物笑いの種にした。王女らしからぬ行儀やしぐさ、品のなさがいちいちやり玉にあげられて騒がれた。ゴシップ好きには事欠かない話題であり、後ろで3姉妹がデマを流していることも容易に想像できた。


そんなイタズラや、興味もない礼儀仕草を強要される毎日に飽き飽きしていたアーネットは、伯爵を訪れ


「私は14歳になったら軍に志願し、軍人として生きようと思っている」


と宣言してしまう。あっけにとられる伯爵は、


「いやいや、アーネットの気持ちはわからんでもないが、軍とて、そんなに甘いものではないのだぞ」


と再考を促すのだった。確かに彼女の聡明さは伯爵が一番よく知っている。宗教儀式や礼儀作法はアーネットには無駄に思えて、それらが苦痛に感じられたのだろう。それらももちろんわかる。3姉妹との対立も、見ていて痛々しかった。だが、それでも戦場とは、命を懸けた場所なのだ、鳥を打ち落としただけで、涙を流すこの純真な少女が生きていける場所ではない。


そう諭すのだが、アーネットはホワイトダウンズ家の一件から、性格が変わってきてしまっている。少年期から青年期へ移行する段階とも重なり、その変化は一概に外側からは図れないが、少女時代のような時折みせる天使のような輝きは彼女からなくなってしまった。あのようなことが続けば無理もない。だれでも心がすさんでいくだろう。それを守れなかった伯爵は自分の力のなさを嘆くのだが、


だからこそ、最後の願いが、軍への志願を思いとどまらせることだった。

戦場は地獄だ。いつ死んでもおかしくない世界なのだ。もしアーネットが戦死などしたら、それは我が子の死を見るのと同じくらい辛いだろう。そんなものなど見たくない。絶対にやめさせねば、と思い最後の手段として、伯爵は王にアーネットの士官への申し出を思いとどまるように言って欲しいと言うのが、それを聞いた王はあっさりと、


「そうアーネットが望むのならそうしてやるがよい」


と、一言で即決してしまうのだった。


「王は、自分の子が戦地で死んでも平気なのですか?」


と伯爵は王を責める。こんなことは伯爵と王の仲でもない。本来なら王を責めるなど臣下が許されることではないのだが、この二人の関係もまた特別なのだ。その問いに王は


「これも、定めなのだ」と謎めいた答えをするのだった。


果たしてアーネットは、女性少尉として、若干14歳にして軍に所属することになる。

なんとか、少女時代を終わらせました。次回から軍隊篇が始まります。

でも、本当は宮廷篇も書かないとと思ってるんですよね。3姉妹との攻防で

いやらしい人間観関係をかかないといけないので、避けたいところですが

後々考えると、ここも数話は書かないとと思ってるので、いずれ割り込みで投稿します。

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