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軍人王女の冒険譚(Devil's Teardrop)  作者: n.t
出生~少女時代
12/37

ジプシー

一週間の伯爵領への旅行が終わり、ホワイトダウンズ家にアーネットが戻ってきた。その声を聞きつけて、義兄弟達が飛んでくる。待ちわびてたのだ。


「うわー、アンどうしたんだよその格好は、お姫様みたいじゃねぇか?」


といつも悪口しか言わない義兄が、彼女のドレス姿に見とれてしまい、つい本心が漏れてしまう。慌てて「しまった」と横を向く。


「本当に、おねーちゃん綺麗。シンデレラみたい!」と義弟が彼女のスカートを引っ張ってくる。それをアーネットは気恥ずかし気に笑いながら


「てへへ、ごめんね。服がこれしかなくなっちゃって・・・」


と事情を説明した。本当は元の服に着替えたかったのだが、フィーリアが自分の子供時代の服を毎日着せてくれたので、元の服がどこかにいってしまい、そのまま帰ってきたため、華やかなドレスしかなかったという訳だ。


この姿には養父母も「どうしたの?」と驚き、アーネットは伯爵が身分を隠してることもあり、「ウィルさんの、知り合いの方に頂いて」と咄嗟に嘘をつくしかなかった。


それを見ていた養母が、もったいないから、週末のお祭りに、アンのそのドレス姿をお披露目にいきましょうよ。と提案するのだった。以前のアーネットなら遠慮していただろうが、伯爵家のバラ色の生活に馴染んでしまったせいで、その申し出に「うん」と答えてしまうのだった。



週末のお祭りは五月祭といって、豊穣を祈るお祭りで、農作物を育てる精霊を乙女が扮して盛り上げる。野山で摘んできたサンザシが会場のあちこちに飾られ、黒いシルクハットに白いシャツとズボンの男達がモリス・ダンスと呼ばれる踊りを披露する。広場に露店が立ち並び、紅白縞のテントが張られて日曜の朝から人々が集まってきていた。大道芸人も思い思いのパフォーマンスで祭りを盛り上げている。


そんな会場についたホワイトダウンズ家一行は、アーネットのお嬢様姿に合わせて皆ドレスアップしていた。平民とはいえ、さすがに資産家、それなりにみんなサマになっている。しかしやはりアーネットの美しさは特別で、この祭りの人だかりの中にあっても際立っている。


伯爵の招きで行ったカンタベリーの雰囲気も好きだけど、やはり帝都の賑やかさはそれだけで、心躍る。(この人込みにさえ、飲まれなければだけれど・・・)と思っているうちに、家族とはぐれてしまうアーネット。ふと、広場の入口で何かの呼び込みをしてるような、アーネットの同じくらいの少女が歌を歌い出すのが視界に入ってきた。


ジプシー?

最初は喧騒で聞こえないが、その歌声に周囲の人々の足がとまり、会話が途切れ、皆が注目しだす。彼女の歌は天使の歌声のように、広場に広がっていく。アーネットも、その歌声を聞いて身が震える思いがした。激しく心をうつ何かがその歌声に感じられて、引き寄せられるように、そちらに近づいていく。


  ♪(歌詞)

  夜の闇が続いてる、私は一人あなたを待つ

  闇は永久につづく、私はただ祈るだけ

  あなたは一人戦ってるのに、私は待つことしかできない

  私にできることはないの? もう待つだけは辛すぎるの


  もしあなたを失ったら、私は砕け散ってしまうだろう

  そしたら、その破片で二人の道を描きましょう

  もう誰も、道を失ってしまわないように・・・・


彼女の歌が佳境にはいってきて、皆の注目を集め、人々が周りを取り囲みはじめる、アーネットは人垣を掻き分け近寄っていくうちに、その輪の中心に出てしまう。それは彼女の真正面だった。彼女と目があってしまう。彼女は歌を歌いながら、アーネットを見つめ、やがて進み出てアーネットに右手をゆっくりと伸ばしてくる。アーネットがその手を取ると自分に引き寄せ、アーネットと輪の中心に戻ると、今まで引いていた楽器を置いて、アーネットの前で片足を跪いて、まるで歌をアーネットに奉じているように歌い上げる。


周囲は、群衆の中に現れたアーネットを不思議な目つきで見たが、その美しさに歌と同様に引きつけられ、歌詞の女性をアーネットに映して感じられて、より一層、二人のショーに引きつけられるのだった。


このショーは盛況で、たくさんのお捻りが投げ込まれた。拍手も凄い、その勢いで彼女はアーネットを近くにおいてもう2曲ほど披露した。すっかり歌に魅了されたアーネットは、


「凄いよ~、あなたの歌、心にぐっと響きます」


と褒めちぎると、彼女はあまり言葉が自由でないのか、片言の言葉で、


「ううん、あなたいたから、共鳴できた。感謝」


と、ちょっと意味が不明なことを返してきた。ところが、そんな微笑み合う二人と、それを取り囲む群衆に無粋にも割り込んでくる集団がいた。警察だ。


「ヤバイ」


といって彼女は素早く逃げ出してしまう。まるでネズミのように逃げ足が速い。

何が何なのかわからない間に、アーネットだけが取り残されて、警察に捕まってしまった。


「ええっ!!、私は何もしていません」


と、訴えるのだが、署まで一緒に来てもらおう。と連れていかれてしまう。もちろん聴衆は警察に「ハイ、散った散った、見世物じゃないよ」と追い払われる。

「ジプシーの見世物だろうが」とせっかくの見物を中断させられて、聴衆は口々に文句をいいながら去っていった。


警察の尋問のため、署に連れていかれたアーネットはそこで、ジプシーのあの女の歌は反戦運動の疑いが濃く、当局が警戒してることを聞かされる。


「あの歌のどこが、戦争に反対してるというんですか?」


と問うアーネットに、歌詞に戦争を辞めよう、戦いに参加しないようにといった意味合いの文言があるだろ、あれは一見普通の歌に見せて、人々の心に戦いを避けさせようという意図がみられる、と説明される。


「そんなことはありません。あれは愛する人を戦争に送り出した人々の、残された者の切なる願いです。それは戦争を否定するものではありません、ただ愛する人を想う気持ちです」


とアーネットが弁護する。


「それが不敬だと言うんだ。帝国臣民は神様や王様の為にその身を犠牲にするのだ、愛する者の為など、軟弱なことを言うヤツは非国民の誹りを免れんところだ。

お前は、あのジプシーの一味だろう。そんな貴族みたいな服を着ているが、中身は異端者の考え方そのものだ、そんな態度だと一生、牢屋いきだぞ」


と、これまた憲兵なみの犬発言をしてくる。そんな脅しには一歩も引く気はないアーネットも気が強い。アーネットにはリアリズムの精神が息づいている。神の教えや、規律に絶対服従のこの時代にあっては、考え方が異端なのだ。そのアーネットの反抗的な態度に、ますますアーネットへの尋問が厳しくなっていく。


「では、あなたは神や王が死ねといえば、何の理由もなく死ねるのですか?

愛する妻や家族がいるから、それを守りたいと思うからこそ、命を懸けて戦えるのではないのですか?」


とアーネットは、警官に売り言葉に買い言葉で言い返す。この正論には警官も暫し口ごもる。アーネットの言葉にわずかだが妻と子供の顔が浮かんでしまったからだ。だが被りを振ってそんな考えを頭から追い出し、


「私は、神様や王様の為になら喜んで死ねる、間違っても家族のためではないわ」


と、アーネットを睨みつけながら言うのだった。


そんな署に慌てて、ホワイトダウンズ夫妻が駆けつける。まさか祭りではぐれたアーネットが警察に捕まっているとは、夢にも思わず、会場にいた人に


「あの綺麗なお嬢さん、警察につれていかれましたよ」


と親切にも教えてくれた人がいて、ようやく事態に気づくことができた。

すぐに警官の勘違いだろうと思ったのだが、どうやら事態が深刻になっているようで、どうしたものかとあたふたとしている。

そこへウィルが、いつものようにフラッと姿を見せる。(


「おー、なんでもアーネットが大変なことになってるんだってな~」


と、他人事にように、でも絶妙なタイミングで表れるウィル。


「ああ、ウィルさん!、どうしてこんなところに都合よく・・・、いやそれより、そうなんですよ、私がお祭りにいこうと言ったばかりに、こんな面倒に巻き込まれてしまって、どうしたらいいやら・・・」


と、いまにも泣き出しそうな養母とその家族を見つめた、ウィルは、


「まー、ここは俺ににまかせてくれ」


というと、署の中にズンズンとはいっていってしまう。さっそく警官に「お前は何者だ?」と止められるが、自慢の腕力で、「まぁまぁ話は奥で・・・」といいつつ、3~4人の警官を強引に、力で押し入ってしまうのだった。一般市民が見えなくなった署内では、ウィルに関節技をかけられて、その場にへたり込む警官が続出している。そして署長室の扉をノックするウィル


「なんだい、今忙しいんだ、後にしてくれ」


と、署長が部屋から怒鳴るが、それを無視して入ってくるウィルの顔をみて驚く署長。


「ウィルソン伯爵!、どうしてこちらに」といって、椅子から飛びあがって驚く。


「いや、たいしたことじゃない、ちょっと通りがかりに小耳に挟んだんだが、今ここで尋問を受けてる少女なんだが、その子、事情があって私が面倒をみてる子なんだ、見逃してやってくれ」


と、言って「連れてくぞ」と署長の返事も聞かずに部屋からでていってしまう。残された署長は「え? ちょっと」といって急いで後を追って部屋を出るのだが、廊下に横たわる部下達の悶絶する姿をみて、「やれやれ」と抵抗しても無駄なことを悟り「仕方ない」とあきらめるのだった。相変わらず上の者には服従してしまう署長であった。


こうして、この日は何事もなく、というか何事はあったのだが、伯爵の権力で一見はもみ消された。

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