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軍人王女の冒険譚(Devil's Teardrop)  作者: n.t
出生~少女時代
11/37

伯爵邸

アーネットと伯爵を乗せた馬車は、夕暮れ時、林の中の一本道を進んでいる。道の左手に遠くに見えていた川が、次第に道に近づき合流するように並走し、しばらくして林が抜けたあたりで、ついに道を飲み込むようにして前方を塞ぎ、池へと合流している。


つまり道はここで終点を迎えていた。前方には池が広がっている、林を抜けて、池へ出たことで静寂が訪れ、視覚的にも、聴覚的にも解放感にあふれている。池の中には2階建てのお屋敷がたっていて、そこへアーチ形の石橋が渡してある。ゆっくりとその橋を渡る馬車。近づくとお屋敷だと思っていた建物の中央の門が開く。ちょっとこの建物にしては大きすぎる門だなと思ったが、門の中にさらに道が続いているのを見て、この建物自体が大きな門であることに初めて気づかされる。


「はぇ~~」


と小さな驚きがアーネットの口から洩れてしまう。さっきからアーネットの顔は車窓に張り付いたままだ。大きな門をくぐり抜けると、立派なお城が姿を現す。池の中に聳えるお城だ。城は3階建てで見張り台が高く伸び、窓が多い。比較的明るい城壁が夕日に照らされて黄金色に輝き、多くの窓がキラキラと輝いている。それが池に映る姿と相まい、遠景の黄昏色の雲、池向こうの森の濃い緑と相まって、うっとりとするほどの眺めだ。


城の前には円形の芝地があり、その円にそって石畳の道が引かれている。大勢の客人を招いた時は、馬車がこのロータリーに順を作って並び、城の正面まで進んだ馬車から主人を下す仕組みになっている。今日は客人は一人なので待たされることもない。ゆっくりと正面へ横づけされた馬車は、出迎えた執事によって扉があけられた。


「いらっしゃいませ、アーネット様」


と一礼して、執事が手を差し伸べる。


「えっ?」


行儀作法をしらないアーネットは、その差し伸べられた手をどういう意図なのか理解できない。うろたえる彼女に伯爵が、


「手に捕まって馬車から下りればいいんだよ」


と教えてくれた。「そ、そういうことですか」となぜ自分一人でおりれることを、わざわざ補助されるのだろうかと不思議に思いつつも、手をとってもらい降り立つ。たしかに降りやすいけれど、やはり気恥ずかしい。


城のエントランスで、伯爵の家族と対面する。もちろん執事、メイドもいるので、大勢なのだが、伯爵の家族は奥方と、兄、妹の3人だ。この兄弟は既に成人している。アーネットを見ると皆一様にその姿に驚き


「ようこそ我が城へ、アーネットさん。以前より父からお話しを伺ってました、失礼ながら平民と伺っていましたが、どうしてどうして、まるでどこぞの姫君のような美しさに、見惚れましたよ」


と兄のアロンソが口火をきって挨拶してくる。アロンソからみればさすがにアーネットはまだ子供なので、本心ではないが、それでもその美しに驚いたのは事実で、やはり男として興味をひかれて、つい軽口をたたいてしまう。


妹のフィーリアは、そんな兄の軽口に軽い嫉妬を感じないではないが、さすがに彼女も成人だし、伯爵の娘、そんな狭量な人柄ではない。むしろ可愛い妹を見るように、


「わー、お人形さんみたい。妹にしたい~」

と、アーネットに気軽に抱き着いてみせた。緊張してるアーネットに対する、彼女なりの気の配り方だったのだろう。その事に気が付くアーネットは、さすがにあの伯爵の家族だ、ここには気を張って注意をしなければならない人物などいないと理解するのだった。


もちろん奥様からの、あたたかい歓迎も受けたアーネットは、感極まって


「本当にいつも伯爵にはよくしていただいて、私なんかの為に時間を割いていただける方ではないとわかってるのですが、いつもご厚意に甘えてしまい、今日はご家族の方にまで、こんなに親切にしていただいて、ありがとうございます。


私は無学で、礼儀知らずですが、精一杯この御恩をお返ししていけるよう頑張りますので、どうぞよろしくおねがいします」


と涙ながらに挨拶をするのだった。本来なら貴族なら貴族らしい挨拶があるのだろうが、そんな社交的な挨拶よりも、アーネットの言葉には真心がこめられていた。それが伝わる家族は、アーネットのことを愛らしく思い、


「もー、アーネットちゃんたら、可愛いいんだから~~」


とフィーリアが言うまでもなく、「家族にしたい」と皆が思うのだった。

とはいえ、真実を知る伯爵からしたら、立場は逆なのだがなと思ったりする。アーネットは認知されてないとはいえ王女なのだ。もし王がそれを許せば王女だし、万一にも王位を譲ると言えば、次期女王になることだって可能なのだ。そしてあの能力、この美貌、優しい性格、どれをとっても非の打ちどころがない。その王女からあのような真心ある言葉を賜ったのは、臣下であるこちらの方なのだ。感謝すべきは私かもしれないと思う伯爵だった。


「ねぇねぇ、アンって呼んでもいい?」


とフィーリアが早くも間合いをつめてくる。それに


「ハイ」と笑顔でアーネットが答える。


「じゃー、アン、一緒に来てー、お風呂に入ろ、それに部屋着がないでしょ? 私の子供の時の服をかしてあげるから」


といってアーネットをつれていってしまう。それを見送りつつ、執事が「お夕食は7時でございますよ」と声をかけている。


アーネットが案内された客間は、子供用の客間だった。床は板張りで年代物だがよく磨かれていて赤黒く光を反射している。壁はベージュに塗られていたが、柱や桟には落ち着いたピンク色がつかわれて、大きな窓に掛けられたレースカーテンが美しいドレープを描き、エレガントさを醸し出している。さらに天蓋つきのベッドは純白でフリフリがたくさんついていて、金の飾り細工とともに、お姫様が眠っていそうだ。そんなベットに腰掛けてアーネットは


「これは夢を見ているのではないか」


と思うのだった。

翌日には帰ると思っていたアーネットは、


「そんな、2~3日は泊っていって、なんならここに引っ越してきてもいいのよ?」


と家族にいわれて、「いえいえ、そんな」と遠慮するのだが、伯爵に2~3日はゆっくりしていけと言われて、ご厚意にあまえることにするのだった。だがそう話している伯爵は翌朝には仕事で帝都に戻っていったと聞かされて、「ああ、しまった」と自分の甘さを反省するのだった。




2日目に、兄のアロンソに池でボートに乗せてもらった、ボートは初体験だ。アーネットは、毎日起きる素晴らしい出来事にすっかり夢見心地だ。このボートの周遊は城から直接、ボートに乗れる船着き場があって、そこから乗り込み、船で城を半周すると森へと続く水路が見えてくる、そこを伝って森の中を進んでいくと、植物が生い茂っていたり、遺跡のトンネルがあったり、水鳥達が群れをつくっていたり。なにより、水面を揺蕩う感覚に、すっかり魅了された。そんな素敵なイベントの帰り道、馬の嘶きを遠くに聞こえたアーネットは、


「馬も飼ってらっしゃるんですか?」


とアロンソに尋ねる。「もちろんだよ」とアロンソは答えた。貴族にとって馬を飼うことは必須といえる。名ばかりの伯爵は別だが、本来爵位をもつものは戦があれば王を守り、領地を守るために、自ら兵を率いて戦わねばならない。その時の為に、馬は支配者の権威であり、実用的な武具の一つでもあった。


「見てきてもいいですか?」


とアーネットは興味深々にたずねる。もちろん構わないけど、うかつに馬に近づくと危険だから、俺も一緒にいこうと、アロンソが連れていってくれた。


初めて厩舎を覗くアーネットは、マーシャル(馬の世話をする人)にアロンソが彼女に馬を見せてやって欲しいとたのんでるを横目に、中へと入っていってしまう。

厩舎の中は天井が高くほの暗いのだが、窓や天窓から光が帯状に差し込み、それに照らし出された馬のシルエットが浮かび上がり、それを見たアーネットは「うわー」といって興奮してしまう。街中を走る馬車を見ても思うのだが、アーネットは馬の姿が好きだ。厩舎は食事の時間だったらしく多くの馬が飼い葉を食べていた。


そんな彼女の目に子馬が目に入ってきてしまう。子馬は寝そべって上半身だけを起こしてる。それを母馬が首を折って、後ろから毛づくろいをするように舐めている。


「可愛い~」


と思わず近寄ってしまうアーネットに、馬の方が警戒して耳をピーンと張って彼女の方へ視線を向ける。そんな子馬と目を合わせるアーネットは密かに何か言葉を呟いている。


「おい、アーネット勝手に中に入ると危ないぞ」


とアロンソとマーシャルがやってくる。でも子馬とアーネットの近さを見て、よく子馬が驚かないなと不思議に思うのだが、その時、厩舎の外で、


「ヒ、ヒーーーーン」


と嘶く声が聞こえる。あわててアーネットが振り返る。


「ああ、またあいつか」


とマーシャルが小声でため息をもらし、「ちょっと席を外します」とアロンソに軽く会釈して厩舎の外へと走っていった。


「この厩舎一番の暴れ馬のお帰りだ」


とアロンソが説明してくれる。人になつかない馬というのは程度の差の問題ではあるが、まったく馬の背に乗せてくれないのでは、人間側からすると飼っている意味がない。この日はそれでも無理やり3人がかりで抑えつけて、騎乗したらしいのだが、背に乗るまでは散々威嚇し嫌がっていたのに、背に乗ってしまうと抵抗もなくなり、ようやくこの暴れ馬も観念したかと思ったら、今度はまったく動かない。手綱を引こうが、股を閉めようが、うんともすんともしない。


やれやれと、騎手がやれやれと気を緩めた瞬間、いきなり馬が全力で走り始め、あわてて手綱を引こうとするが、体重が後ろにいっていて、なかなか力が入らず、ようやく体制を整えて、思い切り手綱を引こうとした瞬間に、今度は馬が急停止するから、騎手は踏ん張ることもできず、馬の上から前転して転がり落とされた。幸いにも草の深いところだったので、軽く尻を撃つ程度で済んだが、落ちどころが悪るければ大事故になるところだった。馬の方はというと、してやったりといった雰囲気でぶるるっと鼻をならせて厩舎へ戻ってきたのだという。


「それで、あの嘶きか」


とアロンソも事の一部始終を聞いて呆れ顔で暴れ馬を眺める。


「こいつはプライドだけは高いじゃじゃ馬だな」


と、苦々しく睨みつけるのだった。そんな暴れ馬の目をじっと見つめていたアーネットが、そっと近づと。周囲の者が慌ててアーネットを「危ないよ」と静止するのだが、彼女の手が馬の脇腹に触れても、馬は嫌なそぶりをみせない。


「平気」


とだけ、アーネットは周囲にいうと、馬の体をさする。馬に触るなど彼女にとっても初体験の筈だが、彼女には確信めいたものを感じている。あれだけ人の手を嫌がっていた暴れ馬が、ピタリと動きを止めてまったく動かない。それどころか目を細めて気持ちよさげに見える。


「いいえ、安心しちゃーいけませんよ、さっきだって一瞬大人しくなったように見せかけて、次の瞬間には暴れだしたんですから。この馬は、そういうずる賢いヤツなんです」


と、マーシャルの一人が憎々し気に暴れ馬を指さして注意を促す。だがアーネットはそんな注意を受け流して、馬の目をじっと見ながら、正面に立ちついには馬の鼻に頬をつけてさすってしまう。その大胆過ぎるスキンシップに周囲は圧倒される。


「い、いやー、それは・・・」


と、そんなことは、熟練したマーシャルだってなかなかできるものではない。長年慣れ親しんだ馬となら可能かもしれないが、ついさっきまで暴れていた、しかも今合ったばかりの馬をそこまで信用することなどできるもんじゃない。第一馬の方がそんなに簡単に人を信用する筈が・・・と思うのだが


「ヒーン」と小さく高くいななき、馬の方からもアーネットに鼻を押し付けている。尻尾も振るのも明らかな好意の現れだ。もう兄もマーシャルも言葉を失ってその光景を見つめるだけだった。


ふと、アーネットがマーシャルを見返して、


「馬の鞍を外してもらえませんか?」


と言ってくる。外してどうするんだ?とは聞きたいところだが、この驚きの流れで、今は彼女になにか質問する気になれなかったマーシャルは、そっと近づき、馬から鞍を外した。この時点で彼の今までの調教師として経験や自信が消し飛んでいる。


「ありがとう」


とアーネットが彼に感謝の言葉を返す。彼女が再び馬の背を撫でると、なんと馬が自ら後ろ脚を折ってしゃがむではないか。それはまるで彼女に上に乗れと導いているがごとくに見えた。そしてそれに何の恐れも感じずに、馬の背に体を預けるアーネット。そんな手綱も握らず、鞍もなく、まだ10歳の少女が馬に乗るなんて、このまま馬が立ち上がったら間違いなく彼女は振り落とされる。そう誰でもが思うはずだが、なぜだか不思議とそんな危険な感じが皆の目にはしないのだ。


それは逞しい、お父さんがまるで、娘を肩車をするように、お互いの心が通じ合ってるように見えたからだ。彼女を背中に乗せた馬がゆっくりと立ち上がり、そっと走りだす馬。彼女は馬の背にしがみついてるだけだ。その状態で無邪気に笑うアーネットの声が、周りに響く。


「アハハハ、ワーー、キャハハハ」


御しているのではない、馬が自ら彼女をのせて走りたがっているかのような光景に、誰もが唖然とさせられた。彼女はずっと馬の背に抱き着いて笑っていた。馬は軽やかに走り、馬場を1周すると、また厩舎にもどってきて、再び腰を追って彼女を下すようなしぐさをみせた。軽やかに馬から降りるアーネットは、馬にお礼をするように、馬の頬にキスをした。



翌日、マーシャルは戻って来た伯爵に退職を申しでてきた。伯爵はあわてて、昨日のことを気にするのは辞めようと慰める。私がもしマーシャルであったとしても、いや世の中のどんなマーシャルであったとしても昨日のような光景を目にしたら自信を失うだろう。決して自身を責めてはいけない。昨日のことは奇跡に近い、あの娘は普通ではないのだ。あれは忘れよう、となだめるのだった。


少女時代の話をつづっていたら、どんどんと話が思いついてしまい、なかなか戦記ものに移行できないので、次話で無理やり少女篇を一旦打ち切って、次の次から軍人時代へと突入させます。ただ書いていて楽しいので、少女篇は将来的に割り込みで話を追加するかもしれません。あしからず。。。

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