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軍人王女の冒険譚(Devil's Teardrop)  作者: n.t
出生~少女時代
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お洒落

アーネットの剣術や学問の吸収はすさまじく、それは教えている伯爵や、学者にとっては驚愕するところなのだが、この頃の世間一般に通用する教養ではないため、周囲の彼女への評価は地味な印象のままだ。彼女特有の気遣いは一周回ってごく自然に振舞うところに落ち着くので、相手が驚くようなことを思いついとしても、彼女は最終的にそれをせず、平静を装うだけで済ましてしまうのだ。


だが彼女にとっては、目立たず平穏な一生を送ることこそ幸せなのかもしれない。伯爵はそう思うと彼女の境遇に残念さを覚えずにいられない。


彼女が10歳を迎える頃、伯爵は彼女を自分の領地へと招いた。帝都では色々と人目が気になる。自分の領地内なら彼女に好きなようにさせてやることもできる、という粋な計らいのつもりだった。


伯爵の領地は帝都から南東部に当たる地で、それは帝国から東部列強の侵攻を受けた時に最後の防波堤となる地であり、王からの絶対的な信頼をおく伯爵にふさわしい領地であった。だが一方でその国境を接する敵国フランスとは敵対関係にありながらも交易はさかんで、ヨーロッパ随一の文化を誇るフランスからの通り道となった伯爵の領地は帝都よりも、規模は小さいながらも文化の香りがただよう街を有していた。


そんな街、カンタベリーへ、アーネットを招いた伯爵は「ようこそ我が領地へ」といって街を案内してくれた。帝都は大きな建物が多く、その分人も多くゴミゴミしているが、この街は小振りだが、緑あふれ美しく、川辺に人が集い、メインストリートは瀟洒な建物が並んでいて「美しい」と感じられた。そんな通りを二人で歩きつつ、彼女はエレガントな服が飾ってあるショップウィンドウが珍しく見入ってしまう。それを見た伯爵が


「おや、気になる服でもあるなら、買ってあげよう」


といって店に入ってしまった。


「いえ、そうじゃなくて、この大きなショップウィンドウが珍しかったもので」


と慌ててモノ欲しそうにしていた自分を否定して、伯爵をとめようとするのだが、もう店の中にはいっていってしまっている。あわあわとしていると


「おい、早くこいよ~」


と中から呼ぶ伯爵の声に、「ううっ」と戸惑いながらも扉をあけて中に入っていく


「いらっしゃませ~、あら可愛らしいお嬢さんじゃありませんか」


と女店員がアーネットを向かい入れる。もちろん店員は伯爵のことを知っている。領主なのだ、平身低頭して迎い入れるところであるが、気さくな伯爵は領地内をよく訪れ、この街を訪れた際も「"領主様"といった堅苦しい呼び方は辞めてくれ」と言っているので、ごく一般の紳士として扱われている。


「だろ? 娘にしたいぐらいなのだが、そうもいかない理由があってな。普段は地味な生活をさせている。今日ぐらいはお洒落をさせてやりたいと思って、ここに連れて来たんだ。彼女に似合いそうな服がないか、見繕ってくれないか?」


と、伯爵は女店員にアーネットの衣装選びを依頼してきた。それを聞いて女店員の眼鏡がきら~んと光る。


「お任せくださいませ」


と、女店員のモード魂に火がともってしまう。


「えー、いえ伯爵様、そんな私は服装なんて・・・」


と、アーネットが慌てて辞退するも、もう女店員の暴走は止められない。もの凄い勢いで試着部屋へ連れていかれると、別の店員が彼女の服を脱がしながら、化粧も必要ですわね、といって下着のまま鏡の前に座らせると、髪にブラシをかけ、顔や肌に白粉をはたいてきた、それに思わず咳き込むアーネット。


次々にモードの最先端フランスから持ち込まれた服装をあてがわれる。


「いかがですかー? お気に入りのものはございますか?」


と女店員が勧めてくるが、正直アーネットはよくわからない。


「この際です、全部着てみましょう!」


と元気よく女店員が決断すると、それからアーネットによるミニファッションショーが開幕となった。試着部屋が開く度に、違う衣装を来たアーネットがでてきて、伯爵に見せていく、そして店に来ていた他の客までもが、それを見て「あら可愛いわね」と立ち話を始めてしまうのだった。


フリフリの衣装だったり、真っ白なウェディングドレスだったり、チャイニーズだったりと、目まぐるしく変わっていく。アーネット自身も慌ただしくも鏡の前で変わっていく自信の姿を見て、えもいわれぬ快感を感じてしまうのだった。


「どれを着ても、アーネットは似合うな」


と、溺愛する娘を褒めちぎるバカ親のような感想を漏らしてしまう伯爵だったが、それは一緒にみている他の客も認めるところであり、彼女の美しさは、普段の地味さもあって、一層引き立って見える。


「だが、アーネットの大きな青い瞳と真っ白な銀髪を引き立てるには、暗めの服の方が彼女にはより似合うと思うな」


と、さんざん悩んだあげく、伯爵はそう言ってみた。これは伯爵も自分自身の好みとしかいいようがない。


「そうですか? 私もよくわからないのです。伯爵がそういわれるなら、私もそう思うことにします」


とアーネットはいって、色は全身濃紺だが、アクセントに胸とスカートの裾に白いフチで変化をもたせ、腰の後ろで大きな同色のリボンで結んである一見シンプルだが、よくみると、模様や刺繍が施された品のいいドレスをお気に入りに選んだ。彼女にとっては伯爵や皆がそれを見て、いいといってくれることが何より嬉しかった。


「お買い上げありがとうございました」


女店員も、思い存分アーネットを着せ替え人形にして楽しめ、お気に入りの一品を選定できたことに大満足して、二人を送り出した。店から出たアーネットはたちまち、通りの人々の視線を奪うことになる。


「なんだか、気恥ずかしいです」


と下を俯いて照れるアーネットに、伯爵は、


「それは君が持って生まれた価値なんだから、臆することはない。隠すのではなく、人から注目される存在ということを受け入れるべきだ。そして人の模範となるべく注目されても、それに恥じぬよう自分を磨いていくことだ」


と伯爵は貴族らしく精神の姿勢を説くのだった。


「どうだ、仕上げにアクセサリーも見ていかないか」


と、ちょうど宝石商の建物に通りがかり、アーネットのシンプルな服には大き目のアクセサリーが映えるだろうと思い、提案する。


だが、それには即座に彼女は首を振って


「いいえ、それはいいです。私には何にも代えられない最高のアクセサリーがありますから」


といって胸からペンダントを取り出してみせた。

それはたしかに、濃紺の服の上で映えて見えた。魔結晶の輝きがなおさら彼女の美しさを引き立てているかのようだった。


いや本当に輝いている。魔結晶から放たれる光が彼女の胸部を照らし、彼女の顔をも照らし、それに呼応して彼女の銀髪が美しくたなびく。それは彼女の心の喜びをあらわすかのように、淡い青白い光が魔結晶から溢れていた。


「女神か」


そう思ってしまうのもムリもない光景に、伯爵は焦ってアーネットにペンダントをしまうように言い、馬車を呼びつけ乗り込むと、自宅まで走らせた。


「ふぅ~~う、なんだ今の輝きは・・・・」


と汗をぬぐいつつ、伯爵はアーネットを見つめる。彼女は今おきたことに、まったく気づいていないようで、平然としている。


アーネットの美しさは親譲りといってよい。と伯爵は思う。なぜなら王の子である3姉妹はいずれおとらぬ美人揃いだからだ。問題は3人とも女子ということなのだが、それは置いておくとして。


長女のエリザベーテは金髪で目鼻立ちもハッキリとした派手な印象だが、長女ということもあり、しっかりとした意識をもっている。その意識が善なのか悪なのかわからないところが不気味であり、凄みとなって現れているのだが、彼女は外見の美だけにとらわれず、他の姉妹への見本にならねばという思いがあり、一歩引いてお姉さん的な佇まいをしている。だがたぶん、その枷を外せば彼女は絶世の美女だろう。


問題は2番目のペルレシアだ。自由奔放、バカなくせにプライドが高く、言動もその場の思い付きで話すから辻褄があわない。外見にしか興味がなく、ドレスだけで部屋を何個つぶしたことか。美白の為に白粉をぬりたくり、血を抜いてまで皮膚の白さを求める姿勢は病的であり、滑稽でもある。あの素質はきっと母親の影響だろう。あ、言い忘れたが、3姉妹ともに母親は別の妃だ。白痴美というのがあるのなら、彼女のことだろう。表情にも言動にも全くの好感を覚えないが、時折見せる彼女の表情には吸い込まれるような美しさがあった。


3番目のカミリナはペルレシアの横暴に逆らい、競うように美の追求に走っているが、背も低く、そばかす顔で目鼻立ちは美しいのだが、漂う品格は二人の姉にかなわない、ただ表情は二人より豊かなので、それが3姉妹の中にあっては一番の魅力になっている。だが、やはりペルレシアの悪影響を受けてしまって、性格が曲がりかけているせいだろう。それが全体の印象にもあらわれていた。


こう思うと、アーネットの母親はどんな人だったのだろうかと、伯爵は思うのだった。実は伯爵はアーネットの母親のことを知っている。知っていると言っても実際にあったわけではない、王から彼女の話を聞いたことがある。という程度だ。その時はまさかその娘をこうして面倒を見ることになるとは、夢にも思わなかったのだが。今こうなると知っていれば、あの時、王の後をつけてでも覗き見たものを、と昔を思い出す伯爵だった。

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