チーズケーキ
「いや、別にケーキはいらないから」と母に言う私。
タダとタダ弟、タダ母から逃げるように家に帰り、パートから帰って来た母が、「ケーキの予約の控えの紙を出して」、と言うのでそう答えた。
実際ケーキなんていらないし。
体育祭の練習を終えての放課後、3日後の自分の誕生日のケーキの予約をしに、一緒に帰る事になったタダと、小学区内にある、中学の同級生だったニシモトの家がやっているケーキ屋に寄ったら、そのニシモトがちょうどそこで手伝い兼バイトをしていて、私が小学低学年からずっと片思いをしていたヒロちゃんが、ヒロちゃんの彼女になったユキちゃんの誕生日プレゼントにケーキを予約しに来たと言ったのだ。
そのユキちゃんの誕生日がまさかの私と同じ9月16日。
は~~~と部屋でため息をつく私。誰も部屋にいないのにわざとらしいくらいの大きなため息を、私はいったい誰に向けて吐き出しているんだろう。
ヒロちゃんには中学の時に2回振られていて、そしてヒロちゃんとユキちゃん、タダと私で行った花火大会でホントの本気で振られた。
タダと言うのは多田和泉。私がずっと片思いをしてたいヒロちゃん、伊東裕人の親友で…ってもうそんな事はどうでもいい!
『肩掴ませて』ってタダに言われた。
完全に振られた今でも、ユキちゃんにケーキを買いに来たと聞いてショックを受けている私に、タダは『肩掴ませて』って言ったのだ。
体育祭で二人三脚のペアになったオオガキ君に、私が肩を掴まれていたのが嫌だったからって。前にタダに好きだと言われて、でもその気持ちを信じられない私に何で疑うのかとも言った…
なんでユキちゃん、私と同じ誕生日かな!
ここ3、4年で一番驚いた。驚いたし、ヒロちゃんがケーキ買いに来たって聞いて、一瞬でも自分にかなって思った自分が本気で切ないわ。
…振られたけれどヒロちゃんは花火大会で二人きりになった時に、私がヒロちゃんをずっと好きでいた事を『ありがとう』ってちゃんと言ってくれたのだ。ヒロちゃんが好きなユキちゃんはとても良い子で、ヒロちゃんがユキちゃんを大事に思っている事もちゃんと納得出来たのに。
こんなぐじぐじした、ずっと好きでいたヒロちゃんにも全然対象外に見られていた残念な私を、そばで見てたわけじゃんタダは。おかしいよね、私のどこが好きなわけ?
中学の時、私がヒロちゃんに貧乳を理由に振られた1回目の時にもそばにいて笑っていたけれど、それは私が振られて嬉しかったからだって言った…
おかしいよねタダ。
おかしいアイツ…
って思うのに、私の胸の辺りからモゾモゾっとした感じがあっという間に上がって来て、部屋に一人なのに顔がちょっと赤くなる。今度はさっきより幾分か弱い感じのため息をついてしまう。はぁ~~~。
どうなんだろ…私、ヒロちゃんの事がまだ好きだよね…だって長かったもん好きだった期間。私を最後振る時のヒロちゃん、すごくカッコ良かったもん…まだ思うもん私がヒロちゃんにケーキ買って欲しかったって。なんでユキちゃんと同じ誕生日なんだろって…ヒロちゃんめ…ボーズのくせにケーキとか予約しやがって私の誕生日なんて絶対覚えてないよ。
「なんで急にいらないとかいいだすのよぉ~~?」
ケーキなんかいらいないと言った私に、母は少しからかい気味で聞いて来たのだ。「やっぱ自分で予約に行くの寂しくなった?じゃあ明日お母さんが仕事の帰りに寄ってくるわポンムベール」
「いいって!ちょっと最近太ってきてたからいらないの」
「は?太ってないし貧乳のままじゃん。クリームたっぷりのケーキ、たらふく食べなさいよ」
「うるさい」
そうだよ私は貧乳だよ!
いやほんとに。タダは私のどこがいいわけ?
自分の部屋の机の上にそのままになっていた、タダが私のカバンに入れていたシャーペンを手に取る。銀色の細身のシャーペンだ。タダが使いそうな感じかも。
先週、タダがシャーペンを忘れて私から借りてって、返してくれたかと思っていたらカバンにこのシャーペンが入っていた。間違えて返したのかと思っていたのに、わざとだったのだ。授業中も私のシャーペン使ってたって、返さないって言ってた…人に見られてないのかな黄色い黒猫の絵がついたシャーペン、使ってて恥ずかしくないのかな…
そのタダの様子を想像して、なんで私はまたぽっと赤くなってんだろ一人で。ヒロちゃんの事にもまだ傷付きながら、それでもタダの事をこんなに意識して来てるって…
そこへタイミング良くタダからラインが来て、「ぎゃ~~」とスマホに叫ぶ私。
「また逃げたし」って。
わ~~~と思いながら「逃げてない」と返す。
いや逃げたけどね。
別れ際に会ったタダ母とカズミ君に薦められるまま、一緒に家に上がり込んでお茶とか絶対無理だったし、タダと二人であのまま家の前に残ってあの話の続きをするのも無理に決まっていた。
あの話の続き…タダが私の事を好きだって言ってくれた事を疑っているから『もう一度言おうか』って言われたその続き…
思い出してまた、わ~~~、となりかけて、そこへまたピロン、とラインの通知が鳴ったのでドキッとする。『いや逃げたって』と言うタダの返信を予想したが、タダからのラインは「ケーキつくってやろうか」だった。
ケーキ!タダがケーキ?買うじゃなくて作るの?ケーキ作れるの?私なんかクッキーも作れないのに。ていいうか!私の誕生日のためにケーキ作ってくれようとしてんの!?
わわわわわ、と思う。上半身がまたふぁ~~と熱くなってきた。花火大会で私を一瞬抱きしめて来た後も、好きだって言ってくれた後も、ずっとその前と同じように普通に接して来てたくせに。
え、どうするの?返信どうするの?そんなのもらってどうするの?どんな顔でもらうの?逃げ帰ってきたのに?ていうか、ヒロちゃんがユキちゃんにケーキ予約したって聞いてしょぼくれてた私を可哀そうだとやっぱ思ってんでしょタダ。でも食べたいか食べたくないかって言ったら食べたいかも。けどそんなのタダからもらった後、私はいったいどうするの…
既読付けちゃったのに私返信どうするの!
あたふたしてるうちににまたラインが来た。
「前カズミにチーズケーキ作ってやったことがあってそれでよかったらな
クリームとか飾りとかついたのは無理
オレからの誕生日プレゼントって事で
でもヒロトのまねってわけじゃねえからな
なんか物とかだとたいしたもの買えそうにないから」
なんかすごいかも…
なんか…すごく恥ずかしい!
タダが私を好き…タダが私を好き…私の誕生日のプレゼントにチーズケーキ焼いてくれるくらい私の事が好き…
女子力あるな…
ほんとにどうしようまた既読付けちゃったのに…
…これは…『いる』って言うのも『いらない』て言うのもどっちも言えない。でも『いる』か『いらない』かでいうとそりゃ『いる』って言うべきとこじゃないの?だってせっかく作ってくれるって言ってるのに。でももらう時の事とかその後の事とかどうしたらいいかわからないから、できたらもらわない方向で行きたい…
そっか!お母さんが予約してくれてたって言おう。だから遠慮しとくって、ありがとうって。
けれどやっとそう送ろうと決めたのにタダからまた先にラインが来た。わ~~~~~…
「カズミが一緒に作って渡したいって言ってるから
もうケーキは予約すんなよ絶対
ニシモトにはオレからイイ感じで言っとく」
あ…、もうこれ『ありがとう』以外なに言うの?
でも素直にすんなり受け入れられない私は送ってしまうのだ。
「私のことやっぱかわいそうだとか思ってるから?」